第4話 秀一③
結局、学校を出たのは夕刻だった。
辺りはすでに薄暗い。
校舎から
豪奢な家々が立ち並ぶ住宅街を全速力で駆け抜け、その中でもひときわ目を引く大きな家の門をくぐった。
自転車を停めていると、黄色と紺のラガーシャツを着た大柄な男が駆け寄ってくる。
「秀ちゃん! 遅かったね!」
光子の夫、
「
見つかった
正思は肩をすくめて笑った。
「しかも智和さん、色っぽい美人と一緒だったよ!
もしかして、秀ちゃんに新しいお母さんができるんじゃないの?」
聞けば、父親はその美女の運転する車でやって来たらしい。
「あの二人、絶対デキてるよ! 僕はこういうのに鼻がきくんだ」
父に付き合っている女性がいるとは思えない。
首をかしげながら、秀一はテニスバッグを担いで家の中へと入った。
「ねえねえ、首吊り神社って知ってる?
一輝くんのスマホ、そこの賽銭箱の上に置かれてたんだって」
正思は後ろを歩きながら、さらに話を続ける。
「しかも、ご丁寧にハンカチの上に載せられてたらしいよ。
なんかミステリーだよね!
お兄さんが亡くなった時も、不自然な点があるしさ」
「……ただの熱中症ですよ」
「でもさ、智和さんから聞いてる?
あの温室、外から鍵がかかっていたって噂があるんだって!」
正思の話を聞き流しながら、秀一はリビングの扉を開けた。
九我家のリビングは、光子の趣味でピンクと白で統一されている。
その可愛らしい部屋には不釣り合いな男が、ピンクのバラ模様のソファーに腰掛け、長い脚を投げ出していた。
「遅かったな」
彫りの深い引き締まった顔立ち。
眼窩の窪みと高い鼻筋が影を作り、どこか憂いを帯びた表情の
「……コート整備のあと……担任から呼ばれた……」
秀一はテニスバッグを肩から下ろし、小声で答えた。
「期末の結果、どうだった?」
その問いに、言葉が詰まる。
子供の頃から勉強を見てもらい、中学受験はこの男のおかげで合格できたようなものだ。
芳しくない成績を伝えるのはつらかった。
俯いたまま動けない秀一の肩を、正思が優しく叩く。
「いいじゃないの、高校留年ぐらいしたって。ゆっくり大人になればいいんだから」
正思は大股で部屋に入り、正語の隣に無理やり巨体を捩じ込んで腰を下ろした。
「それより、正語くん! 秀ちゃんと二人でみずほに行って、この謎を解いてきなよ!」
正思の重みでソファーのスプリングが大きく音を立てた。
正語は迷惑そうな顔をして、端に寄る。
奇跡的に中学受験に合格したとき、正思は秀一をからかった。
『創立者一族の身内だってことは内緒にしておいた方がいいよ。裏口入学を疑われて、イジメに遭うかもしれないから』
この冗談を秀一は真に受けた。
泣きながら正語に、「従兄弟だと言わないでくれ」と頼んだ。
その秘密は今でも続いている。
「秀ちゃん、こっち来て座りなよ。アイスでも持ってこようか?」と正思。
「
そのとき、スリッパの音を立てて光子がやってきた。
「今、智和さんから連絡があったの」
光子は一人掛けの椅子に腰掛け、正語に体を向けて言う。
「……一輝くんのスマホ、どこにもないんですって。
また誰かが持ち去ったらしいのよ……」
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