第12話 スライムの王 その3

 狭く暗い、迷路のような通路を歩くレジスタンスの人の後に続く。この人に案内され、ひとつの部屋にたどり着いた。

 そこはやはり塹壕のような洞穴で、窓はなかったけど、少し広めの造りになっていた。


 火に照らされた室内に、見知った顔をみつける。


「……あっ! アイナさん!」


「ユイちゃん! 無事でよかった……!」


 思わず駆け寄り、抱き締める。アイナさんも受け止めてくれた。


「久しぶりだな」


「コージも元気そうでよかったわ」


 対して晃示さんは大人な会話をしていた。思わず飛び付いてしまったことに、顔が赤くなる。

 しかも他にも人がいるっていうのに……。


「よく来てくれた……ユイさん。コウジさん」


 何人か知らない人の中の、優しげな雰囲気の男の人が声をかけてきた。長い茶色の髪のおっとりした感じの人で、一目見た印象は保育園の園長さん、だった。


「あなたは……?」


「カラニ・ル・ウルという。レジスタンスのリーダーをやらせてもらっているよ……すこし荷が勝ちすぎているけどね」


 カラニさんは少し笑って言った。


「よく言うわ。レジスタンスがここ二十年スライムと戦えてるのは彼のおかげなの。かなりのやり手よ」


「そ、そうなんですか?」


 人は見かけによらないというか……こんな蚊も殺せなさそうな顔をした人が、あんなスライムと戦ってる人だなんて。


「今日は二人にお願い……というかお話しがあって来てもらった」


 カラニさんはあたしにテーブルに着くように促し、自分も座った。


「話し合いの場を設ける前に四天王のカイルスが襲ってきてしまったのでね……すこし手荒な真似になってしまったことを謝罪したい」


「そ、そうだ……! あの四天王は!?」


「今のところ捲けたようだ。地上で部下が時間稼ぎをしてくれてね……ここが見つかることはないだろう……フフ、山ごとふっ飛ばされなければの話だけどね」


「リーダー! めったなことを言わないでくださいよー」


 仲間のツッコミに、カラニさんは冗談だよ、と笑っていた。とても和気あいあいとしていて、雰囲気がいい。


「そ、そうですか……ありがとうございます」


「どうやら貸しを作ってしまったみたいだな」


「貸しだと思うなら、これからの僕の提案……前向きに検討してくれると助かるよ」


「やれやれ、ちゃっかりしてるな」


 晃示さんが少し呆れたような声で言った。こういうしたたかなところがあるからこそ、なんだろうか。


「単刀直入に言うと……僕たちレジスタンスに協力してほしい」


「協力って……」


「もちろん、スライムを倒すために一緒に戦ってほしいってことさ」


 その提案は、願ってもないものだった。アイナさんの知り合いみたいだし、仲間が増えるのはありがたいことだった。


「それはもちろん……ていうかありがたい話なんですけど……」


「レジスタンスとはなんの組織だ?」


「晃示さん?」


 あたしの答えを遮るように、晃示さんが声を上げた。晃示さんは……あまり信用していない……? のかな?


「政府の部隊とはまた違うみたいだが……別の国の人間か?」


「いや、僕もレジスタンスの人間もみんなマナ人だよ」


「ならなぜわざわざ組織を分けているんだ? 今、政府の編成している斥候とも違うんだろう?」


「ああ、その通りだよ。政府と袂を分かっている理由は……政府のやり方が気に食わないからだよ」


 カラニさんの眼差しが険しくなったのを、あたしは見逃さなかった。


「酷いと思わないかい? いつの時代も負担は勇者一人に背負わせている……。

 今まではこの世界の人間が選ばれていた……というより、無理矢理選出していたのだよ」


「どういうことだ?」


「なぜか聖剣を使えたのはいつの時代も女性だった」


「!」


 あたしと晃示さんは、同時に息を飲む。歴代の勇者はみんな、女の人……。


「だから、選ばれた女性に訓練を課し、勇者として育て、スライムの襲来に備えていたのだ。ちょうどユイさん……あなたくらいの少女が多く選ばれた……」


「ほ、本当ですか……? ひどい……」


「一人だけだったり、何人も同時に選出されたり……スライムが起きる前に選出されることもあれば、戦っている最中だったりと様々だが、女性は選ばれ続けた……僕の妻も……」


「あ、その、奥さんは……?」


 カラニさんは首を振った。今、聖剣が使える人間はあたししかいないなら、当然と言えば当然のことだった。


「僕は決めたんだよ。こんなことは間違っている。未来ある若い女性に、全てを背負わせるのは間違っている。だから……こんなことはもう、終わらそうとね」


「終わらせる、って……」


「政府は腰抜けだ。聖剣を持ちながらスライムには勝てないと、最初から諦めている。スライムが一体、味方になったから重い腰を上げたようだが……」


 晃示さんが現れるまでは、人間は防戦一方だったって確かに聞いた。今探しているクィーンの居場所もわからず、ただ堪え忍ぶだけだって。


「僕はもう、ここで決めようと思っている。今もスライムによる被害が出ているのだから、眠りにつくのを待つことなどできない。

 ユイさん、コウジさん。そして僕たちの力を合わせればできる!」


「カラニさん! あたし……一緒に戦いたいです!」


 あたしは猛烈に感動していた。王様にかけてほしかったのは、こういう言葉だ。こういう人と一緒に戦って、平和を掴みたい。


「こんなの間違ってる……その気持ち、痛いほどわかります! あたしも同じ気持ちです! だからあたしも一緒に戦います!」


「ユイさん……! ありがとう。何より嬉しい言葉だよ」


「晃示さんも! そうですよね?」


 黙って話を聞いていた晃示さんにも、顔を向ける。だけど、晃示さんはあまり浮かない雰囲気で押し黙っていた。


「晃示さん?」


「……そうだな。仲間は多い方がいい」


「……ですよね!」


 少し反応が悪いけど……決して悪い提案ではないはずだ。


「では、よろしく頼むよ」


 カラニさんと熱く握手を交わす。こんなに熱い気持ちになるのは初めてだった。


「あ! でも、斥候のみなさんはどうしましょう……」


「ユイさんは今まで通り、遊撃を任せたい。あくまでユイさんは政府とレジスタンス……その両方の情報を受けていればいい」


「えっと、なんかコウモリみたいですね」


「はは、両者のいいとこどりさ。政府はレジスタンスに協力しない。逆もまたしかりだ。でも、ユイさんは両方の支援を受ける。簡単なことさ」


「な、なるほど」


 ちょっとどっち付かずで良くないような気もするけど……でも、これが一番みんなのためになると思う。


「私も同じような立場だし……まー私の場合は政府の研究者だから、レジスタンスに協力してるのバレたらタダじゃすまないだろうけど」


 アイナさんが苦笑いをする。


「ええっ!? 大丈夫なんですか?」


「うまくやれば大丈夫!」


 でもアイナさんは上手くやると言わんばかりに笑っていた。世渡り上手そうだし、アイナさんならなんとかなるような気もするけど。


「戻りやしたぜ」


 そこに、また知らない男の人が顔を出した。服はボロボロで、傷だらけだ。


「お疲れ様、モアナ。ちょうどいいタイミングだ。ユイさんとコウジさんに協力してもらえることになったよ」


「そりゃ朗報でさ」


 モアナさんと呼ばれた男の人は、薄く笑った。


「でもこっちは悲報を聞かせにゃなりやせん」


「この人は……?」


 モアナさんはカラニさんに話しかけていたので、あたしはこそっとアイナさんに尋ねる。


「モアナ・ザボ。レジスタンスの戦術長よ。戦闘能力はレジスタンスイチね」


「部下は全滅……全員あのくそ野郎に殺されやした」


「……そうか……」


 あたしはモアナさんの言葉を聞いて息を飲む。カラニさんも、辛そうな顔をしていた。


「そして、もう一つ。あの野郎……もう生身の部分も人間じゃねェらしいですぜ」


 さらに追い討ちのように発せられた言葉で、室内がざわつきだす。


「どういうことですか?」


 再びアイナさんに尋ねる。


「四天王は……人間なのよ」


 それに対する返答は……ある意味予想通りのものだった。


「人間がスライムを装備している……それが四天王なの」


「だから逆に言や、その露出してる人間部分を狙えばワンチャン……あったハズ、なんですがね」


 どうにもスライムだとは思えなかった、ジュスタくん。……それに、カイルス……。やっぱり……人間。だとしたら、なんでこんな酷いことができるのだろう。

 あたしは俯いて、ぎゅっと拳を握った。


 そんなあたしにモアナさんが声をかけてきた。


「おっと、紹介がおくれやした。俺はモアナ・ザボ。よろしく頼みますぜ」


「あっ……あたしは小鳥遊優衣です。よろしくお願いします」


「晃示だ。よろしくな」


「フン……スライムなんかとよろしくしたくはねェですけどね」


 続いて晃示さんも自己紹介をするが、モアナさんは不信感を隠しもしていない。


 それを見てカラニさんが咎めていた。


「申し訳ない。しかし、どうしてもスライムに敵愾心を抱くものはレジスタンスにも多い……申し訳ないがあまり接触を図らないでいただきたい」


「わかってる」


 晃示さんはあんまり……気にしていないみたいだ。当然みたいな反応……さみしいけど、そうだよね、これが当然なんだよね。


「さて……この後はどうする気だ? カイルスがまだこの辺をうろついているから、迂闊なことはできないだろう」


 晃示さんは次の動きについて話を始めた。それであたしははっとする。そうだ、まだあの四天王が近くにいるんだ。


「そうだね。この隠れ家は放棄しよう。さっきも言ったように、しびれを切らした四天王がこの山ごと吹っ飛ばさないとも限らない。

 できるだけ町から離れた出口から脱出しよう。みんなも、引き上げる準備だ」


「了解です! 伝令、回します」


 カラニさんの号令で、レジスタンスの人たちが手際よく作業を開始する。あわただしくなってきた中で、カラニさんがあたしたちを導いてくれる。


「こっちだ。行こうか」


「ま、待ってください! 町の人は……」


 だけど、まだ町には人がいた。逃げ遅れた人だっているはずだ。


「見捨てたくはない……ってことだね?」


 カラニさんの言葉に、あたしは頷く。助けられる命は助けたい。カラニさんは笑った。


「もちろんさ。そのための作戦を、これから伝えようと思ってね」


 すでにカラニさんは四天王を倒す作戦を考えてくれていた……!? すごく頼もしい。


「ダメだ」


 だが、カラニさんが何か言う前に、晃示さんが止めてしまった。あたしはびっくりしてしまう。カラニさんも同じだったようで、驚きの表情をしている。


「こ、晃示さん!?」


「どうしてだい?」


「どんな作戦だろうと、とどめは優衣が刺さなくてはならない。スライムを倒せるのは聖剣だけだからな。確実に仕留められるかもわからないのに、オオトリなんて危険を、優衣にさせるわけにはいかない」


 晃示さんは……あたしの身を心配してくれているみたいだ。でも……


「一番危険な囮は我々でやる。ユイさんは必要最低限のとどめだけしてくれればいのだ」


「優衣をカイルスと戦わせるのは早すぎる……やつは……強い。どんな作戦だろうと間違いなく返り討ちだ。断言しよう」


「これだけの戦力があるのに、ずいぶん逃げ腰だ。危険は避けては通れないし、ユイさんも承知の上だろう?」


「勇者とスライムを手に入れて気が大きくなっているみたいだな。しかし、このまま戦わせるっていうなら……結局、政府と同じじゃないのか?」


「……」


「やめてください!」


 ふたりの言い合いに、思わず叫んでしまった。せっかく仲間になったのに、喧嘩なんてあんまりだ。


 それに、あたしの心は決まっている。


「あたしはやりますよ……晃示さん」


「おまえ……っ」


「だって見捨てられません! 今だってあの四天王にみんなが殺されてるかもしれないのに……そんなの一番嫌です! 晃示さんですよ……? 今、自分が一番怖いことを想像しろって言ってくれたの」


 晃示さんがあたしに教えてくれた大切なことだ。


「やります。どんなに危険でも構わない……スライムたちに、一泡吹かせられるなら!」


 だから戦う。逃げたくない。あたしは思いの丈を晃示さんにぶつける。


 晃示さんはしばらく黙ってこっちを見ていたが、やがてため息をついて、


「……ハァ。君は思ったより、子供じゃなかったんだな」


 晃示さんは、あたしを尊重してくれた。


「それに」


 それに……


「ん?」


「晃示さんだったら、どんな状況でもあたしを守ってくれるって信じてますから!」


「まったく……」


 今は何より晃示さんを信じている。ずっと寄り添ってくれて、側にいてくれた晃示さんを。


 晃示さんは、少し呆れたように笑った。


「それで? 作戦ってのは? 俺ももちろんやりやすぜ」


 モアナさんの声に振り向くと、彼はすごく獰猛な顔をしていた。すごく……好戦的なのかもしれない。


「ああ、君は連続戦闘になるが……これが成功すればやつらスライムに一泡吹かせてやれるはずさ」


「いいねえ、人間様の恐ろしさ……教えてやろうじゃねェですか」


 カラニさんの作戦説明が始まった。

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転生したらバブるスライムだった o2ooo @o2ooo_kkym

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