第11話 スライムの王 その2
マカニの町は、マナ王都ほどではないにしろ、活発な都市のひとつだ。背の高いビルこそないが、川の下流部に栄えた河港都市で、歴史のある建物も散見される。
緑と青と、茶色の調和が美しい都市である。
だが、そんな栄えた町も、今はその活気を失っていた。
その静寂の中心に立っているのはこの男、カイルスだ。
「……やつは完全に圧し潰した……潰した……ポーン・スライムでは……ないのか……?」
カイルスの腕にはしっかりと手応えがあった。脆弱なポーンなど、腕のひと振りで圧し潰したはずだった。
カイルスとてスライムを倒した経験はない。だが、自分の攻撃を受けて、格下のポーンが生きていられるなど考えられなかった。
「いや、今はやつらを追う。絶対に逃がさんぞ」
奇妙な感覚だったが、生きていたのは事実。カイルスはすぐに思考を切り替える。勇者と裏切り者は森へと向かって行った。すぐに追いかければ簡単に追い付く。
カイルスがふたりの追跡を開始しようとした時だった。
「一斉射!」
瓦礫と化した建物から、物体が四方八方からカイルスに降り注ぐ。それは世界中で一線級の活躍をしている武器、銃からの攻撃だった。
無数の鋼鉄の強度の塊が、音速でカイルスに迫る。
しかし鉄の雨と形容できるような攻撃は、ガントレットで防がれた。
「へえ、包囲状態から防ぎやがるかよ」
ふらりと、ひとりの男がカイルスの前に踊り出る。細身長身の男で、仮面で顔の右半分を覆っている。
彼の名はモアナ・ザボ。
「いやね……少しばかり、相手をしてもらいやしょうか。四天王、カイルス・クロア殿」
「なんのつもりで我が眼前に姿を晒したかわからんが……人間如きが相手になるかァ!!」
カイルスは地面を殴り、その衝撃で周囲を攻撃した。辺り一面の瓦礫を消し飛ばし、周囲を更地にする一撃。
この一撃で建物に潜む敵もモアナも消し飛んだ……かのように見えたが。
「そいつぁ……俺をブッ殺してから言ってもらいたいもんですね」
「――!?」
モアナの投擲したダガーがカイルスに刺さり、爆発する。さらに付かず離れずの距離で周りを囲んでいる兵隊たちも、起爆ダガーの投擲を開始した。
「いやね……俺は嬉しんでさ。こんな復讐の機会を恵んでもらってね……」
「復讐だと……?」
カイルスはダガーから身を守りつつも、モアナを攻撃しようと動く。が、彼はカイルスから付かず離れずの距離感を保つ。
「俺のツラの皮ァ……吹き飛ばしておいてお忘れかい? それに部下も散々死神のお世話にしてくれやしたしね」
男は屈辱を思い出し、仮面をなぞる。心身共にスライムに癒えない傷を負わせられた人間は多い。彼もそのひとりだ。
「今度は貴様の番でさァ」
「フン。覚えがないな。いちいち構っていられるか」
カイルスはガントレットを巨大化。再び地面を殴りつけ、範囲攻撃をした。周囲をとてつもない爆発が襲い、兵隊たちが次々に巻き込まれていく。
「こんな攻撃で消し飛ぶ木っ端など」
「でしょうねェ……!」
「貴様は……少しはやるようだが」
圧倒的なカイルスの面攻撃を前に、モアナも一歩も引く気はない。周囲に潜んだ兵隊たちの支援を受けつつ、カイルスへと攻撃を続ける。
モアナは近付いたかと思いきや離れて投擲。カイルスが距離を詰めようとすれば、周囲からの爆撃に紛れて距離を取る。まるでカイルスを、木偶の坊だとでも言わんばかりの軽快な攻撃を続ける。
それは舞踊のようだった。
「俺ァ知ってるんですぜ? 四天王は生身の人間だ……」
激しい戦闘の中、不思議とよく通る声でモアナが言った。
「だから貴様はスライムじゃない生身の部分をかばいながら戦わなきゃならねェ……笑えるよなァ! 四天王なんて謳い文句のくせに! 雑魚のスライムより弱いんですぜ!?」
「吹けば飛ぶような貴様らに雑魚扱いか……笑止」
モアナはカイルスの本体……つまり生身部分にダメージを与えるために爆破による攻撃を狙っていたのだ。しかしそんなことはカイルスも百も承知。全て完璧に防いでいた。
「そうやって見下してるからよ――足元を掬われるんですぜ」
戦闘中の何気ない一言。一瞬、カイルスの注意は下に向いた。が、
「いや……頭を割られるんだ」
「ッ!?」
ブラフか! とカイルスが足を止め、頭上に注意を割いた……ところだった。
「――と、見せかけてやっぱり足だ」
カイルスの足元が大爆発を起こす。そう、これまでモアナは、今カイルスが立っている場所に誘導するように戦っていたのだ。
そこは地雷原。
あらかじめ用意されていた対スライム用の罠へと、カイルスを連れてくるために、危険を冒して姿を晒したのだった。
「レベル4装甲を搭載したヨンパチ戦車ですらフッ飛ばして中の人間ブッ殺せる、最新式の対戦車地雷でさ……さすがにこれを生身で食らって生きてられるなんて考えられやしねぇが」
本来は人間同士の戦いで用いる兵器だったが、今では対スライム用の罠だ。
自慢の逸品をご馳走してやったモアナは勝利を確信していた。
が、すぐにその表情が歪むことになる。
「勘違いをしているようだな……人間」
「な……なに……!?」
粉塵が晴れた爆心地には、カイルスが変わらぬ姿で立っていた。
「む……無傷……だと」
「情報が古すぎる」
再びカイルスからの強烈な一撃。モアナは間一髪かわすが、巻き込まれた兵隊たちは次々に死んでいく。
「どけ。雑魚に構う暇など……ない」
無情たる力による蹂躙。人間には成す術などないと、再び刻み込まれることになる。
「ふ……ふざけんじゃねぇッ!! ここで貴様は死ぬんでさァ! 死ななきゃダメだろうがッ!」
モアナは吼えた。怒り。恐怖。様々な感情が爆発する。仮面の下の傷が疼くのだ。彼は止まらない。
「隊長! ここは退いてください! 食い止めます!」
「お前ら……!? できるか! これ以上部下を見捨てて――」
「次に託すんですよ! この情報、伝えなくてどうするんですか!?」
切り札である地雷を防がれた以上、反撃の手立てはない。普段のモアナならば撤退の判断を下しているだろうことは、部下である兵隊たちはわかっていた。
だから、隊長であるモアナに準ずることにした。
冷静な判断ができなくなっているモアナの代わりに、兵隊たちは隊長を生き残らせるために身体を張ることに。
「どけ……と言った」
「ああああああああああっ!!」
非情な鉄拳が、壁となった人間たちを蹴散らす。
「ぐっ……すまねェ……!!」
部下たちの悲鳴を背に、モアナは駆け出す。ここで自分の感情を優先してしまえば、それこそ部下たちは犬死にだ。
「……フン……だがどうせ同じこと」
カイルスは、その背中を無関心に見送った。
「今は貴様らに興味はない。勇者を殺す……!」
「いたたた……」
突然の落下に全身を打ち付けたあたしは、お尻をさすった。だけど何か柔らかいものがクッションになってくれたおかげで、あまりダメージはなさそうだった。
薄暗くてよく見えないけど……ここは洞窟? 上を見上げるとあたしたちが落ちてきたらしい穴が見える。数メートルほど上だろうか。
這い上がるのは難しそうだ。
「ふう……無事なようだな」
「こうじさ――って!」
あたしが尻に敷いてるのって晃示さんじゃん!
「ご、ごめっ……ふんづけちゃったみたいで……」
「ご褒美さ」
「ちょ、ちょっと……!」
お尻の下でもぞもぞ動くので、あたしはすぐに立ち上がった。もしかしなくても身を呈してくれたみたいなんだけど、ちょっとセクハラ気味で気分が良くない。
「手荒な真似をして申し訳ない……大丈夫か? ユイ殿」
「え? だ、だれ……?」
いつからそこにいたのか、ひとりの男の人がこちらを見ていた。
「われわれはレジスタンスだ」
「レジスタンス?」
「奥でリーダーとアイナ殿が待っている。来てくれ」
「えっアイナさんが?」
意外な場所で、意外な名前が出てきたのだった。
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