第9話 最悪に抗え その2

「晃示さんを見捨てて逃げたらおばあちゃんに、お父さんやお母さんに……そしてあのメイドさんに顔向けができない!」


 戦いは怖い。痛いのも嫌だ。傷だらけにもなる。でも体の傷はいずれ治るけど、心の痛みは時間が経っても誤魔化すことはできないんだ。あたしは心の強い人間なんかじゃないから、今この時を一生懸命に生きていくしかない!


 今あたしが一番怖いことは! 目の前の恐怖から逃げてしまう自分自身なんだ!


「……仕方がないか。俺から離れるなよ」


「はい!」


 晃示さんもあたしの決意をくみ取ってくれた。だから晃示さんの言う通り、とことん抗うだけだ。


「報告通り、やつは素早い……だがそれゆえに体制を崩しやすいだろう……足を狙ってひっくり返してやるぞ!」


「わかりました!」


 ナイトはいななきながら地面を駆け回る。その凄まじいスピードに花はもちろん、木々すらなぎ倒されていく。これがスライム……! 圧倒的な存在感だ。暴れ馬なんて言える代物じゃない。


 それでも、あたしは冷静に努めて心を鎮める。大きく深呼吸。戦い方は剣が教えてくれる。聖剣を掴んだその時から、扱い方は理解していた。それはまるで手足のようで。羽のような軽さの聖剣を心のままに構える。


 これだけ速いともう狙いをつけようが躱されそうだ。だから適当に当たりを付けて剣を振るう。大きく振りかぶり薙ぐと直線上に剣圧が嵐のように駆けていく。が、当然のようにかすりもしなかった。


「ダメだ、速いっ!」


 晃示さんとかばうように背中合わせでいるため晃示さんに当たる心配はないが、敵にも当たる気配がない。


「足を狙おうにも、速すぎてそれどころじゃないです!」


「伏せろ!」


 突然晃示さんが覆いかぶさってくる。地面にもんどりうつように倒れると同時に飛び上がったナイトが頭上を通過していく。


「つまり、やつの動きを追えるのは俺だけか」


 晃示さんには見えている!? この暴風雨みたいなナイトの動きが!?


「ボーっとするな! 次が来る! どうやら様子見の時間は終わったようだぞ!」


 再び晃示さんが、あたしの体を包むようにして動かし、攻撃を躱す。あたしは今晃示さんに庇われて間一髪攻撃を躱している状態だ。とても反撃などできそうにない。


 足手まといになってる――さっき晃示さんに言われた心持ち云々以前に実力が足りていない。


 ……でもそんなことは百も承知だ!


 聖剣が体を動かしてくれるからって敵の動きに対応できるわけじゃ決してない。そんなことはわかっている。

 足りないものなら補えばいい。あたしに今あるのは決意と覚悟、それと度胸だ。


 何度目かの攻撃を晃示さんと一緒にかいくぐる。その瞬間、晃示さんを弾き飛ばすようにして体を引きはがす。


「――優衣!? なにを!?」


 そして聖剣を地面に突き立て、全力でしがみついた。


 おそらく、ナイトが狙っているのはあたしだ。弱い方を攻撃する。当たり前だよね。それとも晃示さんを仲間だと思っているのかもしれない。どちらにしろ敵が二手に分かれれば、ナイトは絶対あたしの方に攻撃する。


 不安そうな視線を飛ばす晃示さんに、あたしはにやりと笑ってみせた。怖くないよ、と。もちろん怖いに決まっているが、痛みくらい覚悟の上だ。晃示さんはナイトがあたしを攻撃した瞬間を狙ってくれる。わかりやすい的に突っ込んでくる的を狙えないわけがない。


 首筋に悪寒が走る。本当に死ぬかも……そういう恐怖が今、目の前に迫っている。だけど負けない! 負けてたまるか!


 目前まで迫ったナイトだが、突然なにかに躓いたかのように大きく跳ね上がり、あたしの頭上を飛び越えていく。


「優衣ッ!」


 その四本の脚すべてを絡め取り、束ねるようにして拘束している晃示さんが目に入ったのは地面に倒れてからだった。


「はいっ」


 すぐさま聖剣を抜き去り、ナイトの、あたしの腰より太い首筋に刃を振り下ろす。お城で一応はスライムを模した案山子相手に刃を突き立ててきた。躊躇いは、ない!


 しかし。


 浅い――!?


 ナイトは無理矢理体ごと首を捻って真っ二つにするには至らなかった。

 それどころか晃示さんを蹴り飛ばすと同時に、背中から大きな一対の翼を生やす。そして大きくいななき空へと舞い上がる。


「そんなのアリ!?」


 その姿は神話に登場するペガサス。機動力に長けているとは聞いていたがまさか空中戦までできるなんて!?


「ヒヒーーン!」


「危ない! 優衣!!」


「晃示さ――」


 再び晃示さんに突き飛ばされ地面を転がる。直後、晃示さんの苦悶の声があたしの耳に届く。

 攻撃を躱しきれず、ふっ飛ばされたのだ。


「ああっ」


「次が来るぞ! 俺より敵を見ろ!!」


 はっとし、聖剣を構える。翼を広げて一直線にこちらに向かってくるナイト。真正面から轢き殺す気だ。


「させるかあああああッ!!」


 姿は捉えた。なら全力で叩くだけ。あたしは全霊を込めて聖剣を振り下ろす。聖剣が生み出す圧倒的な風圧がナイトに迫る。が、しかし。突然垂直に進路を変えた。あんな速度で移動しておいて90度曲がったのだ。


「う、そ――」


 攻撃は完璧に躱され、対してこちらは聖剣でギリギリ逸らすのに成功したが、吹き飛ばされる。


「はあっ……あっ、ぐ……」


 全身が軋む。身体が針のむしろで包まれたような痛みだ。骨が、筋肉が、悲鳴を上げる。


「ヒヒーーーン!!」


 つ……強い……これがスライム……!? こ、こんなんじゃ世界を救うどころか、薬だって手に入らない。心にどろりとした黒い感情が流れ込む。

 スライムたった一匹と戦っただけでこのざまだ。こんな化け物と戦うなんて無理だったんだ……そう思わざるを得ない。


「ごめんなさい……おばさん……!」


「思い出せ!」


 辛い現実から目を背けるように目を閉じようとしてしまった瞬間、晃示さんの声があたしを刺す。


「お前にとって死ぬより怖いことは、なんだ!?」


 同時にあたしに向かってきたナイトを体当たりで弾き飛ばしつつ、あたしの目の前に降り立つ。


「これは受け売りというか……俺の人生の教科書にした人の言葉だが……いい言葉だ……君に教えておこう……」


 目の前にそびえ立つ晃示さんがとても勇ましくて。輝いていた。周囲の森や林をナイトが吹き飛ばしたからだけではない。晃示さんはまだ諦めていないからだ。


「人間は負けるようにはできていない。死ぬことはあっても……負けることはないんだ」


「人は、負けない?」


「そうだ。人は勇気で恐怖に抗える! だから負けないんだ! 人間が本当に負けるときは、自分が死ぬより怖いことを実現させてしまった時だ! 抗え!! 負けたくないのなら!」


 晃示さんの言葉で、あたしの心の中に火が灯るのを感じた。熱く、静かに心が燃える。これが勇気なんだ。自然と聖剣を握る手の震えが消えていく。

 

 そうだ……あたしは決めた! 誇れる自分になるって。大丈夫!!


 なくしてしまった人や、今はもう会えなくなってしまった人。そして今まさに苦しんでいて助けを求めている人。そんな人たちのために、そんな人たちに胸を張って生きていける人間になりたい!


 危険信号をバンバンに垂れ流す全身に活を入れて、あたしは立ち上がる。今立ち上がらなかったら、今よりももっと深い傷を心に負うことになる。そんなことには絶対になりたくない。


 地表近くを滑空するナイトを再び絡め捕るために、晃示さんが悠然と立ち向かっていく。あたしと同じ日本人で、戦闘経験なんてないはずなのに。少しも臆することがない。

 しかも空を舞うナイトの行動を読み始めていた。


 相変わらずナイトはあたしを狙って行動している。だからあたしは一歩も動かずに攻撃を耐えることに専念している。そして晃示さんはあたしを囮に使ってナイトの行動を制限しているんだ。


 これなら勝機がある……! 足手まといになっていない……それが嬉しかった。


 そうして。晃示さんを強引に無視してこちらに突っ込んできたナイトは、その無視していた存在によって地面に叩きつけられる。

 ここが活路! 一瞬の勝機だ。


「いっけえええええええッ!!!」


 全身全霊をもって聖剣を振り下ろす。今度は絶対に外さないように、胴体を狙って。

 これにはたまらず直撃。手ごたえも十分にあった。


「やった……!」


「! いや、まだだ!」


「!?」


 確実に真っ二つにしたと思ったがしかし、


「コイツ……バカな……翼で耐えきった……!」


 ボロボロに崩れ落ちたのは翼だけ。胴体にも傷は見えるが、深手には達していなかった。


「避け――」


 晃示さんが言い切る前にあたしの身体は宙を舞っていた。


 空が見える。かと思えば地面が見える。あ、きりもみ回転ってやつですか。そんな考えの後、強い衝撃を感じて目の前が真っ暗になる。


 ……足が……痛い……泣きたいくらい……でも、声も、出ない……。


 え……? これ……ヤバくない……? あたしの左足……完全に曲がっちゃいけない方に曲がってるよね。


 ていうか左手……どこ? おっことしちゃったの? あはは……おっちょこちょいだなあ……。


 そんなわけあるか……痛みもなくなってきた……死ぬ……のかな。


 こんなに頑張って……命をかけても、どうにもならない……やっぱりあたしには無理、だったんだ……。勇者なんて器じゃない。


 ナイトが……すぐそこに……また突き飛ばされて……あたしは……死ぬ……。


 もう、だめだ……。







 歳に似合わず演歌が好きなのは、おばあちゃんの影響だった。

 母子家庭だったウチのお母さんは、夜遅くまで働いていた。だからお母さんの実家で育ったあたしの遊び相手は、大抵おばあちゃんだったのだ。おじいちゃんもいたけど、頑固な性格が顔のシワに現れたような人だった。寡黙だったのであまりなついていなかった。


 あたしは昔からおばあちゃん子だったのだ。


 あの時も、おばあちゃんが慰めてくれた。初めてのあの日……本当に好きだったけど、でも怖くて。好きだった人の豹変。


 別に男の人が苦手だったとか、嫌いになったとかではなかった。ただ、向こうはあたしほど愛ってやつがなかっただけなんだと思う。


 慰めてくれたのはおばあちゃん。大丈夫だよ、とか、怖かったね、とか優しく頭を撫でてくれた。

 辛い時にはいつもおばあちゃんの胸の中に顔を押し込んだ。


 ……なんでこんなことを今、思い出しているんだろう。


 走馬灯? 逃げたくなった? わかんない……次の瞬間にはどうせ死ぬ。

 諦めてしまえば楽になれる……なれる、のに……。


 ――おばあちゃん。


 誇れる自分に、なりたい。


 ここでやられちゃったらオハナさんに薬を届けてあげられない……そんなの絶対に嫌だ。あたしが助ける。あたしがやらなくちゃ、いけないんだ。


 これは自分で決めたことだから。

 初めての決意ってヤツだから。今さら後戻りも出来ない。なら、それなら前に進みたい。


 こんな中途半端で終わらせるなんてあり得ない。あたしは薬を……絶対に持ち帰る! あたしは帰るんだ!


 その時突然、ナイトの進路を遮るように巨大な木が生えた。地面を割り、太い幹を持った木が何本もだ。

 一体どうなっているのか……事態が把握出来ない。が、ひるんだナイトの隙を晃示さんが見逃すハズもない。


 今だ! 今なんだ! この瞬間しかない! 確実に聖剣を叩き込むには!


 あたしは悲鳴を上げる全身の痛みを無視して、無理矢理立ち上がろうとする。足は捻れて腕もない……でも! ここで動かなかったらチャンスが消えてしまう。

 だから……


 「だから動いてよ! あたしの――身体ッ!!!」


 瞬間、突然全身が軽くなったのが実感出来た。あれほど痛かった足も腕も、何事もなかったかのように痛みが引いていた――いや、実際あたしは今、両足を使ってちゃんと地面に立っていた。

 左腕もしっかりある。


 ――何故? どうして? 浮かんだ疑問も、目の前の試練を前に吹き飛ぶ。あたしは剣を強く握った。


「いっっけええええええええぇぇぇッ!!!」


 その勢いは、ナイトを両断したのだった。


「はあっ……はあっ……あ、あたし……これ」


「優衣! 大丈夫だったか!?」


 晃示さんが駆け寄ってきてくれている。


「い、いや……死んでた……あたし完全に死んでたのに……急に……」


 落ち着いて自分の身体を確認するが、どこにも異常がない。吹き飛んだ左腕の服の袖がないことくらいだ。


「とにかく、よかった……何が起きたのかはわからんが……」


「そうですね……それより早くおばさんに薬――」


 え……?


 急に目の前が真っ暗になり、意識が遠のいていった。








「――はっ!?」


 目を覚ますと木造の天井が視界に飛び込んで来た。ここは……ホアさんとオハナさんの……?

 ゆっくり周囲を確認すると、どうやらあたしはベッドに横たわっているようだ。


 身体がすごく怠いけど、活を入れてゆっくり上体を起こす。朝……にしては外が明るい気がする……。ていうかあたし、何してたんだっけ?

 頭を必死に動かすが、イマイチ記憶が曖昧だ。確か……おばさんが病気で倒れて……


「そうだ……! 薬を……あたしは……それで……」


 段々記憶が戻ってきた。あたしは森で死にかけてたんだった。そんな死にそうな思いまでして手に入れた……薬。薬はちゃんと……!


「オハナさんっ」


「まだ寝ていろ」


「うわあ!? ビックリ!」


 枕が喋った!? と思ったらまさかの晃示さんであった。


「そんな驚かんでも」


「いや、急に話しかけられたんで……てかなんで枕……え? あたしずっと踏みつけてたんですか?」


 晃示さんはかぶりを振るかのように身体を動かした。


「低反発枕は安眠に適しているらしくてな……突然白目剥いて泡食って倒れた君へのケアの一環だ」


 あたしはやっぱり突然倒れてしまっていたようだ。記憶が曖昧だったし、なにより直前の衝撃が凄まじかった。

 ……ていうか白目剥いてしかも泡まで食ってたって……。


「あたし……ブサイクな顔してませんでした!?」


「ひどい顔だった」


「見ないでくださいよ、エッチ!」


 気絶するとか初めてだったし……絶対親にも見せらんないような顔してた……。のに、よりにもよって晃示さんに、男の人に見られてしまった……。あまりに辛い。


 恥ずかしさから顔を両手で覆って布団に突っ伏した。しかしそこで気付いて顔を上げた。


「やっぱり……手足が元通りに……」


 あの時……ナイトに吹っ飛ばされた時、左手は千切れて左足はぐちゃぐちゃになっていたハズだ。今はそんな跡も一切なく。


「あたしもしかして化け物になっちゃったの~~~!? 聖剣使いの化け物!?」


 そんな能力はあたしにはない。ごくごく普通の人間のハズだ。なのにこんな未知の力に目覚めた原因は……間違いなくこの枕元の台で鈍く輝く聖剣だろう。


 傷が治ること自体はとてもいいことだ。うん。包丁で指切ってもうっかり火傷しても痕が残らない。最高。

 でもそんなモンスターみたいな再生能力持っているって気分はさしずめ化物。最悪。


「安心しろ。君は人間だ」


「なんで言い切れるんですかぁ……」


「奥さんのために命をかけ、見事彼女を救った……それをできるのは人間だからだ。それで十分じゃないか?」


「晃示さん……」


 晃示さんが身体の一部を使ってサムズアップする。歯を光らせて爽やかに笑っていそうだ。


「あたしたまに晃示さんってそういう適当なこと言って、あたしのこと騙そうとしてるんじゃないかって思います……」


「酷くないかな。俺はいたって真面目なのにさ」


 普段の姿がちゃらんぽらんなのでたまに良いこと言ってるけど、なんか……似合わないっていうか。キャラ違くない? って気分になってしまう。


「あはは……ごめんなさい。……その、改めてありがとうございます」


 気絶したあたしを運んでくれたり、看病してくれたのは間違いなくこの人だ。いつも助けてくれている。

 あたしが戦えるきっかけをくれたのも、いつも隣で安心させてくれたのも晃示さんだ。よく考えると、言葉では言い表せないくらい彼に助けられている。


「……本当に……」


 同じ日本人だったからなのか……わりかしすぐに打ち解けて心を開くことが出来た。見た目は……なんか不定形の若干気味悪い感じだけど……。大人らしい包容力に何度も助けられた。


「優衣ちゃん! 起きたんだね!」


「おばさん!」


 と、そこに勢いよく扉が開いてオハナさんが飛び込んできた。


「よかった……本当に……無事で」


「それはこっちのセリフさね。あたしのためにスライムと戦って大怪我したって聞いたよ。怪我自体はぜんぜん見当たらなかったんだけど、もうまる二日は寝たきりで……」


「こらこらそれはお前も同じだろう。安静にしてなさい」


 続いてホアさんも現れ、初めてお世話になった時のような暖かな雰囲気に包まれた。


「! ……優衣?」


 晃示さんがあたしの名前を呼ぶ。振り向くと同時に、頬を暖かい雫が伝っていることに気が付いた。


 それは……安堵の涙だったんだろう。


 自覚した途端、感情のダムが崩壊したかのように、後から後から涙が溢れてきた。


「よかった……よかったよぅ……本当に……よかったぁ……」


「優衣様……」


 ホアさんがハンカチを差し出すと同時に優しく肩を叩いてくれた。鼻をすすりながらこぼれる涙を拭う。


 自分が生きて帰れたこと。オハナさんも助かったこと。そして……心の暖かな人たちにこうしてまた触れ合えること……。様々な思いが渦巻き、それが溢れてきた。


 あたしはまた……泣いた。


「しかし……あの優衣の力。あれはなんだったんだ? 吹き飛んだ腕や折れた足が一瞬で治っていたが」


 しばらくして落ち着いた頃、ふと晃示さんが呟いた。


「はじめ聞いたときは信じられませなんだ」


「あたしにも何が何だか。もしかして聖剣の力なんじゃないかなって思ってます」


「聖剣の……?」


「だってあたしはフツーの高校生ですよ? 手とか足とか勝手に生えてきたら気持ち悪いじゃないですか……いやめっちゃキモい! マジで無理! そんなトカゲみたいににょきにょき生えてくるとかほんと無理だから!」


 思い返すとやっぱりキモい。便利とか一瞬だけ、ほんのちょっぴり思ったけどやっぱりキモさの方が上だわ!


「大丈夫よ! 例え優衣ちゃんがスライムになったとしても、あたしは優衣ちゃんを嫌いになったりしないし……この恩は忘れないから……」


 オハナさんの言葉に、ゆっくりと頷く。もう第二の家族と言っていいほど、彼らに親しみが湧いていた。


 だから……


「あたし、町を出てクィーンの城を探しに行きます」


 そう、決意を口に出来た。


「ど、どうしたんだい急に。ウチでゆっくりしていってくれていいんだよ?」


 ホアさんもオハナさんもみるみるうちに顔が青ざめていった。けど、決めた。決めたんだ。


「あたし、決めたんです。自分や家族に誇れる自分になるって。これはその一歩なんです」


 大好きなおばあちゃんや両親。それにこの世界で出会った暖かな心の人たち……新しい家族……それに晃示さん。

 みんなに胸を張るために。あたしがあたしであるために。


「決めたんだな。抗うことに」


 晃示さんが聖剣を差し出してくる。迷いなく、それを握った。


「はい!」


 今度は誰かに求められたからでも、怒りや憎しみでもない。悲壮な決意でもない。

 ただ、あたしが大好きな人たちと、自分を好きでいるために。


「……あなたがそう言うなら止めますまい」


「あなた! やっぱりいやよ! あたしは! こんないい子をそんな危険な目に合わせるなんて……」


 あたしのために泣いて心配してくれる人たちのために。


「決めましたから……大丈夫です」


 これが本当の旅立ちだ。


「待っててください。きっと……きっとあたしたちで、世界を救ってみせます!」

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