第6話 家族 その1
「私は一緒には行けないわ。足手まといにしかならないもの」
アイナさんはそう言って、あたしたちを見送ってくれた。
アイナさん……ファミリーネームは聞きそびれちゃったけど、召喚の間に晃示さんと一緒にいた女の人だ。鮮やかな赤い髪が綺麗で、とても目を引く。
「そんなこと……この数日だっていろんなこと教えてくれたのに」
召喚されてから数日……あたしはこのマナ王国のお城で、簡単なこの世界についての知識を勉強していた。その時教師になってくれたのがアイナさんだった。
簡単な歴史や社会の勉強だったけど、頭が悪いあたしには当然拷問のごとく。
魔法があることでなんか違うのかなあと思っていたらその通りで、蛇口に付いている青い石(魔石と言うらしい)に触れるといくらでも水が出てくる。本当に魔法だ。
地球と同じところは、ビルが建ち並んでいたり、車が走っていたりするところ。地下鉄は走ってるし、ビルとビルを繋ぐ動く遊歩道があったり、むしろハイテク近未来って感じだ。
一度、晃示さんやアイナさんと街に繰り出してみた時はすごかった。
スライムのせいで人類滅亡の危機って話だったからどんな世紀末かと思っていたら、むしろその逆! 綺麗で背の高いビルがひしめき合い、道も綺麗に舗装されているし、京都みたいに区画が整理されていて規則正しく建物が配置されている。
お城を中心にビルがぐるっと配置され、その外側に生活区。さらに外周になると工場やら畑やらになって、高い建物はなくなる。意外とすぐに建物がまばらになって自然で豊かになるので、東京の下町暮らしのあたしには新鮮だ。
意外とのどかなのは、前回の襲撃以外にスライムがここまで来たことがないかららしい。
ここマナ王国は大陸の端の方の国で、領土は広めだが国民は領土に反して少ないみたいで、大陸の中心に向かえばスライムが多くなるという話だ。
一応というか、この辺の森の奥にもスライムがいるらしいが近付かない限り襲ってくることはないらしく、そういうところも含めて本当に謎の存在だ。
でも残念なことにこの国、お風呂がない。ないのだ。この国の人達はお風呂は簡単に済ませる風習らしく、シャワーしかない。一応王様がお風呂を持っているほか、物好きな人が浴室を備え付けているくらいだという。
文化の違いがこれほど感じられたことがあっただろうか。
あたしはお風呂というか温泉がめっちゃ好きなので、これはひどくテンションが下がってしまう。
はるか昔は雨をシャワー代わりにして済ませていたんだそうで、うーん理解のできない世界だ。
世界といえば、一つ気になったのは国名や町の名前が一度聞いたことがあるみたいに覚えられたこと。急に異世界語を話せるようになったり謎なことも多い。
アイナさんとかに聞いてもよくわからなかったから、あたしがごちゃごちゃ考えてもまあ仕方がない。
閑話休題。あたしたちはお城で数日間暮らしたあと、支給されたバイクに乗って旅立ちの日を迎えていた。
「私はあくまで科学者だから……陰ながらサポートしていくから、そんなに落ち込まないで」
この数日ずっと一緒にいたアイナさんと離れるのは少し寂しかった。面倒見もよくて根気よく勉強を教えてくれた、お姉ちゃんみたいに思っていたのだ。
「ユイちゃん」
「はい」
「私たちのために戦うって決断してくれて、嬉しかったわ」
「……はい」
こうしてあたしたちはアイナさんたちに見送られ、マナ王都を出発した。
「さて、次の大きな町までいままでのおさらいとしゃれこもう」
バイクで次の町に向かう道すがら、晃示さんが言った。運転しているのはもちろんあたし。
あたしたちの世界にある二輪駆動のバイクと同じで、これの運転についてもアイナさんに教えてもらった。まあバイクと言っても車のように寄りかかれるシートがあって、屋根もある。小さい車みたいなものだった。
バイクには着替えや食料やお金など生活に必要なものはだいたい積んであって、これで旅をすることになったのだ。
バイクでの旅を提案したのは晃示さんだった。車より身軽だし、あたしでも運転しやすいからだそうだ。車の運転も少し興味があったが、下手に事故とかしても仕方ないのでバイクあたりが妥当かなって自分でも思う。
そしてなぜバイクでの旅をすることになったかというと、
「俺たちのやるべきことは遊軍。派手に動いてクィーンたちの目を引きつつ、彼女たちの居城の場所を掴む。彼女たちの目を釘付けにすればほかの探索隊からも目を逸らせる」
ということだ。つまりあたしたちは囮。国の探索隊の人達がクィーンの居場所を探している間、その動きを悟らせないように派手に立ち回りつつ、こっちでも居場所を探る……というものだった。
「クィーンの居場所を掴んだ後は奇襲による一点突破だ。クィーンさえ倒せばすべて終わる」
そして居場所を発見した後はみんなで協力して敵の本拠地に乗り込み、一気にクィーンを倒す……というのが作戦だ。なるべく被害を出さないようにするには、これが一番だということだ。
でもこんな作戦で上手くいくのかな。まだ全然敵の居場所だってわかっていないし、スライムは強い。本拠地に乗り込んだって袋叩きにされる可能性だってある。
それに……怖い。
「……まだ運転に慣れていないか?」
気分が沈んでいて、話半分にしか聞いていなかったことが晃示さんにバレたらしく、心配そうな声をかけてきた。
「えっ……ううんそれは……大丈夫です。小さいころ補助輪とかもすぐにはずれましたし……」
「後悔……しているか? 自分の選択を」
突然本心を言い当てられて、少し動揺した。
そう、後悔し始めている。あの時……は、怒りで戦うことを選んだし、この世界の人達のために戦いたいという気持ちはもちろん、ある。
だけどやっぱり怖い。あたしなんかがって気持ちもある。
「本音は……少し。戦いなんて大嫌いだし、怖くて震えちゃう……でも、この世界の人達のために……少しでも笑顔でいられる人を増やすために……戦います」
怖いけど、あの時そう決めたから。だからあたしがやらなくちゃいけない。
「そうか……だが無理だけは絶対にしないでくれよ」
「……ありがとうございます。優しいんですね」
「君より十歳以上も年上だからね。少しは大人の気品ってやつもみせておかないとな」
うーん真面目にしてれば結構素敵な人なんだけど……。バブみだのなんだのって言っていない時の晃示さんは頼れるお兄ちゃんみたいで結構かっこいいと思っている。
でもプラスに反してマイナスの部分が大きすぎるのでアリかナシかでいえばナシです。すみません。
じゃない。なに品定めしてんだあたしは。
「えっと……ところでクィーンの居場所ってなんでわからなかったんでしょう? 敵の居場所なら知っていて損はないと思うのに……どっか山の奥とかに隠れてるんでしょうかね」
別に口に出したわけでもないがなんとなく気まずくなって話題を戻してみる。それに気になっていたことでもあった。
「そうだな……この世界の情報網もかなり発達しているところをみると、まったく情報がないのは不自然だな。ならば、君の言った通り深い森の奥や高い山の頂上に居城があるとみていいだろう」
よくファンタジー映画とかでみる異世界は、魔法が発達していて機械とか道具はあまり発達していないイメージだった。だけど、この世界はどっちもいい感じに発展した世界っぽい感じだ。車は走ってるし、工場もガンガンあるし、町も清潔で食事だっておいしい。
電話もあるみたいで、このバイクに備え付けされたものが一台ある。マナ王都の王室とアイナさんの番号しか入ってないけど、通信技術まで普通にあるなら情報は簡単に流通してると思う。
情報といえばあたしと晃示さんの顔と名前は各国に伝達されているらしい。宿とか買い物も顔パスで通るらしいからお金は必要ないとのことだったが、いくらか包んでくれた。
「あっもしかして海の底とか! そこならまずバレませんよ!」
「ふむ……なくはないかもね」
あたしの提案に、晃示さんは渋い声を返す。
「けど、俺はそんな場所にはないと思う」
「どうしてです?」
「クィーンの立場で考えてみるんだ。スライムは絶対的優位な
「あっそっか。別にバレても簡単に返り討ちにできちゃいますもんね」
普通、本拠地は敵から襲撃されにくい場所に作るもんだと思ってたけど(鎌倉幕府とか)、確かにスライムなら関係ないよね。
「そしてそれがクィーンの居場所を探していなかった理由だろう。攻撃する意味がない。無駄に犠牲が増えるだけだ。いままでの人類にできたことはただただ耐え忍ぶことだけだ」
前任の勇者たちはどのような気持ちだったのだろう。家族や友人を守るためにこの聖剣を握って必死に戦ったのだろうか。そうだとしたら守るだけで精一杯だったのは悔しかっただろうと思う。
「そして海の底ではないと思う理由は……やつらが人間だからだ」
「やっぱり人……なんですよね」
「君の召喚時に現れた四天王だと言われていた男。アイナによると四天王は話すことができるらしいし、クィーン含めて主要人物は人間とみていいだろうな」
ジュスタくんはどう見ても人間だった。ナイフ一本で地面をえぐったり晃示さんと激戦を繰り広げたりただの人間とは言い難かったけど。
「どうして……こんなひどいことができるんでしょう。人間同士で争えるんでしょう……」
あたしはそう言わずにはいられなかった。だって人が人をスライムを使って滅ぼそうとしてるなんて絶対におかしい。戦争とかだってなんで始めるのかまるで理解ができない。
「地球上で人間を一番殺している生き物は人間だ。宇宙人だのゾンビだのサメだのなんてのは、映画かそれこそファンタジーの世界だよ。実際、一番怖いのは生きてる人間だって言うだろ?」
「それは……」
「人の歴史は戦いの歴史でもある……戦争のない時代は俺たちの世界にもなかったはずだ。ま、これは戦争というより一方的な虐殺だが」
「やっぱり……クィーンたちの目的は人類を滅ぼすことなんでしょうか」
「滅ぼすのが目的なら、とっくに人類は滅びてるよ」
事も無げにぽんと晃示さんは言い放った。あまりにも何事もなく言うので一瞬聞き逃しかけたほどだった。
「え、そ、そうですか……? スライムって五年のうち一年しか活動しないんですよね。一年で人間滅ぼすなんてさすがに……」
「その周期が二百年だ。合わせれば四十年。休眠期間に人は数を増やせはするだろうが、とてもじゃないが激減の一途だろう」
確かにほとんど反撃の手段もないのに二百年もというのは変だ。実際生き残っていたので疑問に思わなかったけど、あのスライムの強さなら数十匹でも半年でもあれば人を皆殺しにできそうだと改めて考えてみると思う。
「じゃあ……なんで……」
次に湧いてくるのは当然その疑問。なにか目的がなければ二百年も人を生かしてはおかないと思う。もしかして絶滅させるのが目的じゃないとか、いろいろな想像が浮かぶ。
「さあな……何を企んでいるかなんてのは直接聞けばいい。考えても仕方がないことだ。犯罪者の心理なんてのは常人には理解しがたいもんだからな……」
え、なんかかっこつけてますけど。
「それもしかして自虐ですか。犯罪者を一番理解できるのは犯罪者とかいう」
「なんでそう思うの君。俺別に悪いことしてないよね」
「この数日あたしに付きまとってママになってくれとかオギャらせてくれとか完全に変態でしたよ。なんですかアレ。さすがにキモかったです」
お城にいる間、暇さえあればあたしに付きまとって赤ちゃんプレイを強要されたあたしの嫌悪感。推して知るべし。
「ごめんなさい」
「ちゃんとごめんなさいできるいいこ!」
「でしょ! いいこいいこしてママ」
あたしは無言で聖剣を抜く。お城にいるときも何回かキモいことを言われながらまとわりつかれたので制裁を加えている。
「聖剣はやめてね! それは俺に効くから!」
スライム相手でも効果のある武器を持っててよかったと思う瞬間だった。
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