第4話 異世界召喚!? その1
はい、えー……あたしの名前は
運動神経も頭も特別いいわけではないし、まあ顔にはちょっと自信はあるけど……普通も普通。ごく普通の人間。
そんな平凡なあたしだけど、今、目の前では理解を超えた出来事が起こっていた。
昼ご飯の最中、気が付いたら見知らぬ場所で見知らぬ人に囲まれていたのだ。
しかもこの見知らぬ場所というのがとんでもない。
映画でしか見たことがないような、真っ白で綺麗な大理石を敷き詰めた床に、無駄に高い天井。その天井にはなんかよくわからないけど、荘厳な絵が飾ってあって、なんだろう、こういうのどっかで見たことある。
そしてあたしは、ぐちゃぐちゃな模様が描かれた地面に座り込んでいて、周りには顔を見ただけで偉いとわかるような大人の方々。
なんですかこれ? かごめかごめですか? あたしは籠の中の鳥なんですか? 回り込まれるまでもなく逃げられませんよね、これ。
ていうかなんかやけに髪の毛カラフルじゃないですか? 赤……青……茶色に……緑? アニメのキャラですか? 染め毛にしても派手すぎると思いますが……。
「え、えーと……映画のセットかなにか……ですか?」
「~~~~~」
「は?」
なんか一番偉そうな、茶色いお髭がたっぷりの人が喋っているが、なにを言っているのかさっぱりわからない。
「~~~~~」
「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ」
「~~~~~~~」
だめだぁ。何言ってんのか全然わからん。
ただ、ここは日本じゃないということはわかった。顔の形的にアメリカとか? いや外国人の人の骨格の違いとかわかんないけど。
後ろの方で控えてるメイドっぽい人、綺麗だなあ。外国の美人さんを見ると劣等感が湧いてしまう。童顔が恨めしい。
いやいや、あたしも成長すればきっと……
「やあ、素敵なお嬢さん」
なんて軽く現実逃避していたら、半透明で水色の物体が話しかけてきた。
「ぎゃああああああああああ!? なにこいつううううううううう!?」
その衝撃で乙女にあるまじき悲鳴を上げてしまった。
「ぷるぷる。ぼくはスライムだよ」
ス、スライム!? 確かに半透明で、水色で、なんかおしゃぶりっぽいもの付けてるけど、国民的ゲームに出てくるモンスターのような外見だけど!
え? これ現実? こんな気色悪い物体今まで見たことがないし、悪い夢のような気分だ。
え、てか日本語? 日本には絶対存在してないと言い切れる物体が日本語? 声が低くて色気あるのが逆にムカつくけど、完全に日本語だ。
急に知らない場所に来たと思ったらわけわからない言葉に囲まれていたから、逆にちょっと安心もしなくもない。
「まあ落ち着けって。どうやら君……地球の人間か?」
「え、あ、はい」
頭が混乱してわけわからなくなってきていたが、スライムさんの落ちついた声が聞こえてきた。
「実は俺もそうなんだ。同じ地球かどうかはわからんが」
「あたしの地球には、あなたみたいなぶよぶよした半透明の生命体はいません」
「アメーバとかいるんじゃないの? それはともかく、俺は元人間だ。一度死んで、気付いたらこの姿になっていたんだ」
「ま、マジで……?」
いわゆる転生ってやつですかね? なんだっけ、もとは仏教の思想? よくわかんないけど、人間って死んだら別の生物に生まれ変わるらしい。
そんなの宗教か、アニメ漫画の世界でしか聞いたことなかったので、心底たまげてしまった。実際にそんなことあるの……? あたし、やっぱり夢でも見てるんじゃ……
「俺は郷間晃示。君は?」
バリバリの日本名だ。あたしも困惑しつつ名乗り返す。
「た、小鳥遊優衣です」
「小鳥遊優衣さんだね。……ふむ……かなりのオギャリティだ」
オギャリティ。オギャリティ? オギャリティとは? え、字面がヤバすぎる。
「いやオギャリティってなんですか。汚いギャルと書いて汚ギャルのことですか。綺麗好きですよ、あたしは」
「オギャリティってのは……そうだな……。バブみのある女性のことを指す単語だと思ってくれ。詳しく説明すると長くなる……聞きたい? さわりだけでトイレ休憩昼休み込み8時間は必要なんだが」
仕事かな?
「そんなに深い話なんですか」
「それはもう、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵とどっちが深い? と聞かれれば、それだけで哲学者が24時間フル稼働だ」
「こわい」
「というわけで、その話は置いておこう」
正直助かったかもしれない。怖すぎる。知らない場所で、知らない人に囲まれてる体験より、こっちの方がよっぽど怖い。なにか覗き込んじゃいけない深い闇に、足を踏み入れそうになった感がある。
スライムの……晃示さんは仕切り直しと言うように一つわざとらしく咳払いをする。スライムも咳払いとかするんだ。いや、口で言ってるだけかもしれないけど。
ん? んん? 口どこ? おしゃぶりくわえてるからそこが口なんだろうか。スライムの実物とか初めて見るからもう何がなんだかわからなさすぎる。
「かいつまんで今の状況を説明すると、いわゆる異世界召喚というやつだ」
そして言われたこの言葉。もう勘弁してくださいよ……頭の出来には自信がないんですよ。許容量を大幅に超えてオーバーヒートですよ。
「あ~なるほど~。あたしったら昼ご飯食べてそのまま寝ちゃったんですね~。あ~外はぽかぽかでいい天気だしなぁ」
今日は天気のいい日曜日だ。神様だって休む日でしょ? うーん暖かい居間でうたた寝って気持ちいいよねぇ。
「悪いが現実逃避するにはまだ早い」
「まだなんかあんですか……もうお腹いっぱいですよ」
現実をぴしゃりと突きつけられる。もう本当に勘弁してほしい。胃もたれどころじゃ済まないでしょ、この意味不明飽和。
「君は聖剣に選ばれた勇者というものらしい。だからこの……」
晃示さんが目配せ(?)すると髭のおじさんの隣にいたおじさんがなにか、剣のようなものを差し出してきた。
「聖剣を使うことが出来るはずだ。その確認をまずはしてもらいたい」
あー、これって。
「勇者なら鞘から抜くことが出来ますみたいなやつですかね」
まるでおとぎ話というかゲームの世界だ。あたしもファンタジーは嫌いじゃないけど、どうせならお姫様役がいいのに、勇者て。逆に王子様でも助けに行くんですかね。
「ああ。君をここに呼んだのも、聖剣を使わなければならないのも、あそこにいるサンタみたいなジジイのせいだ。ちなみに王様な」
「えっ、あのエッチな目つきした人、王様なんですか。すごくねちっこい視線を感じるんですが……」
「オギャリティの高さゆえかな」
「あの、当然の認識みたいにオギャリティって言いますけど、それがなんなのかこっちはわかってませんからね。それが誉め言葉なのかどうかすら理解できてませんよ」
「最大級の誉め言葉だよ」
だとしても単語のパワーワード感と字面の汚さで喜べないし、バブみとか言われても嬉しくない。
「ともかく、この聖剣が使えるかどうかで話が決まる。とりあえずやってみてくれ」
「わかりました」
あたしはしぶしぶ受け入れる。もうゴネても仕方なさそうだし、駄目だったらすぐに帰してもらえるだろう。さっさとやって、さっさと帰りたい。この空間、居心地が悪すぎる。
「心してかかれよ……一度しかない就職試験のようなものだ」
「うう、例えが重すぎる……」
無駄にプレッシャーかけてきますね!? この人は。ただいま来年の受験に向けて勉強しているとこなのでかなり言葉の重みがヤバい。就職じゃなくて進学ではあるけど。
あたしはおそるおそる聖剣に手を伸ばす。静電気でバチッときたりしないのかな。とか、重そうだけど持てるのだろうか、とか。自分でも俗っぽい感想が浮かぶ。
そして剣を触った……瞬間。
「っ!?」
突然、見たことのないはずの映像が頭の中に流れ込んできた。いろいろな場面が一斉に。
それはまったく知らない世界。知らない生活。今までのあたしが見たことも聞いたこともない知らないはずの映像が、波のように押し寄せてきた。
よく登場したのは、体の大きい男の人に目つきの悪い男の子。ひょろひょろした性格の悪そうな男の人に、人懐こい笑顔の小さい男の子。何考えてるのわからない、飄々とした感じの男の人。
そして彼らに加えて……一番鮮明だったのは、ずっと一緒にいた気がする男の子……。彼の記憶は、鮮やかに色付いていて、ひどく懐かしく感じた。
なんの映像なのかまったくわからなかったけれど、この男の子についてだけは、なんとなく理解できた……気がする。だってあまりにも鮮明だから。色付いていていたから。
この感覚は、誰だって一度くらいは味わったことがあるだろうもの。
たぶん、あの男の子のこと、好きなんだって。
これは誰かの記憶で、誰かの歴史で、誰かが体験した誰かの物語なんだと思う。その誰かは、たぶん、その子のことが好きだったんだろう。あまりにも眩しくて、眩しくて、なぜか涙が出てきてしまうほど。男の子は輝いていたから。
でも、それも一瞬で。
あたしは反射的に、手で払いのけるようにして聖剣を投げ捨てていた。
「あ、頭の中になんか入ってきて……? き、記憶? 知らないはずの人の記憶がっ……きもぢわるいぃ」
頭がぐわんぐわんする。インフルエンザにかかった時のような感じだ。気持ち悪い。さっきまで思い出していたはずの、誰かの記憶が気持ち悪さに押し出されて消えていく。
あたしは、口に手を当て、その場にうずくまる。
気持ち悪い。ただ気持ち悪い。
あたしは乗りもの酔いとかしないタチなのでこういうのは未体験だった。病気で吐きそうとかはあったけど。
友達は乗り物酔いが酷くて、バスの後部座席には座れなかったんだよなあ。うう、今ならあの子の気持ちがわかる。
「ゆ、勇者様大丈夫ですか? こちらお水です」
メイドさんが一人、ぱたぱたと駆け寄ってコップに入った水を差しだしてくれた。それを受け取って一気にあおる。
冷たい水が体に染みわたっていく。ああ、これが幸せか……。ぐるぐるとした気持ち悪さが冷たい水の爽快感で洗い流されてゆく。
「あ、ありがとう、ございまず……」
一度深呼吸してからお礼を言ってコップを返そうかとしたところで、はた、と気付いた。
「え? 今、なんて……?」
「え? こちら水ですと」
「こっ、言葉がわかる!? なんで!?」
そう、メイドさんの言っていることが理解できる。日本語は喋ってない。でも自然に意味が入ってくるし、あたしもメイドさんに伝わる言葉を自然に話せた。
「ははは、いくら勇者殿でもいきなり聖剣を投げ捨てにされるとは……感心しませんぞ」
「ええっ!? やっぱりわかる!」
王様らしい髭のおじさんの言葉も、わかるようになっていた。
「おお、先ほどまで聞いたこともない言葉を話しておったが、もうこちらの言葉を理解したのか。素晴らしい」
「そ、そんな……なんで……? い、意味わかんない」
もう頭がどうにかなりそう。この三十分にも満たない時間で五十年分の経験をしたかのような濃密さ。頭がパンパンのパン治郎だ。あ、パン治郎というのはあたしの好きな雑菌と戦うパンの戦士の名前だ。
……だいぶ脳みそが限界になってきたみたいだ。
「言葉が通じるようになったというのなら、少しお話を聞いていただきたい」
「あ、はあ……」
王様の言葉に生返事で答える。正直部屋に帰ってごろ寝したいくらいに頭も精神も限界。
「そなたの名はなんという」
「えっと、小鳥遊優衣です」
「うむ、勇者殿」
「名前聞いた意味」
なんで名前聞いたんだこいつ。
取り繕う余力なんてないので不満そうな表情がバリバリ出ているであろう。
「今この世界は絶望の淵に立たされておる」
「はあ……。まああたしも一介の日本人ですからね、そういうおとぎ話は耳にしますからね、ええ。そんなことだろうと思っていました」
「実はかくかくしかじかで」
王様が語ったのは予想のはるか上を行く、とんでもない事実だった。
スライムに世界が滅ぼされかけているだとか、そのスライムと戦える唯一の勇者に選ばれたのが、あたしだとか。
そしてクィーンと呼ばれるスライムのボスを倒してほしいと。
今日は驚きすぎて、逆にこの話に驚かなかったことに、驚いているのが今の心境。もうほとんど話半分にしか聞いていなかった。
「で……要するに、たった一匹で町ひとつ消し去るような化け物と、頼りなさそうな剣握って戦えと」
要約すると、つまりこういうことだろう。答えは当然……
「ムリです!」
無理に決まってるじゃろがい! 一人の人間が背負うにはあまりに重すぎるでしょ! 少子高齢化社会もびっくりですよ! あたしは断れる女!
「すっ」
と、側近のおじさんが聖剣を差し出してきた。
いや、なんで!?
「近付けないでください! ムリですって! なんなのこの人!?」
「私たちも必死なのだ……たった百数匹のスライムのために、世界が滅ぼされかけておるのだからな」
「町滅ぼせるやつが百以上! ぜっっっっっったいに無理!!」
実力が下の人間でも三人以上で囲めば勝てるんですよ! 数は力! それが百いくつとか負け戦も負け戦だ。
「大丈夫です! さきっちょだけ!」
としつこく側近のおじさんが剣を差し出してくる。
「なんですかそのエッチ迫るときみたいな言い方。だいたい先っちょだけで終わらなかったじゃないですか」
「えっ」と側近。
「エッッッ」と王様。
「えっ」と言われて気付いたあたし。
はっとした時にはすでに遅い。
先ほどまで言葉の応酬をしていたこともあり、静まり帰った場の空気が冷たく、痛い。
ああ、隣でメイドさんがあわあわしてる。かわいい……。大人っぽい人なのにこういうのがギャップ萌えってやつなんだね。そうだね。
「今日は暑いですね」
ようやく絞り出せた言葉がこれだ。あ、やば、もう泣きそう。
「そうだな、冷奴でも食べたいな。ところで白いネズミは好きか? 大きいと雲は空を飛ぶ」
「は?」
涙がすぐそこまで出かかっていたところで、晃示さんが唐突に話しかけてきた。その発言内容が意味不明で、ピタッと思考が止まってしまった。
どうやら周りも同じみたいでなんとも言えない雰囲気が漂う。
「……まあ、そういうことだ」
そう言ってなぜか晃示さんはあたしの肩に手(?)を乗せてくる。球体状の胴体からにゅっと細いミミズみたいなのが伸びてきているので結構キモい。触らないでほしい。
「なにがそういうことなんです?」
「彼女は断っているようだが、どうするつもりで?」
あたしの言葉を綺麗に無視して、晃示さんは王様に語り掛ける。王様は一つ咳ばらいをした。
「現状、頼れるのは聖剣を使える勇者殿だけなのだ。聖剣使いの勇者が戦えぬというのならば、他の候補を待つしか道は……しかしそれではいつスライムがここまで攻めてくるかわからぬ」
「あの、小鳥遊です。勇者ではないので」
王様の苦悶の表情に胸が痛くなる。それはそれとして名前をやんわりと告げた。
この世界の人達にとってスライムは絶望的な恐怖。来たばかりのあたしにだってそれはわかる。
でもだから余計にあたしが戦うなんて簡単には言えない。
怖い。
強すぎる敵に立ち向かえだなんて言われて何人が立ち向かえるのだろうか。少なくとも、あたしには無理だ。
「む、無理、ですよ……そんなこと……」
だから、こう言うしかない。だってあたしはごく普通の高校生だ。特別な血筋とか才能なんてない、ただの人。聖剣に選ばれたみたいなのもただの偶然。間違いに決まってる。
あたしは勇者になんて……ましてや主人公なんてできない。
「そ、それより、ほら! みんなで地球に行くとかそういう方がいいんじゃないですか? それかアメリカの大統領とかに連絡して助けに来てもらうとか! これもう正直個人レベルでなんとかできる問題じゃないですよ、マジで」
これはいいアイデアに思えた。この異世界の文明レベルがどれほどかわからないけれど、こっちの世界には核がある。軽々しく使っていいものじゃないのはわかっているけど、人類滅亡の危機とあれば使えるものは使うべきだと思う。
漫画やアニメみたいにワンマンで解決できるはずはない問題だ。武力の優れたアメリカさんとかロシアさんに協力してもらった方が確実にいいはず。
「……勇者殿」
「は、はいっ」
王様が重々しく口を開いたので、自然と背筋が伸びる。小鳥遊ですけど。
「この世界に呼べたのはあなただけ……それ以上は無理であったし、こちらから向こうに行くこともできぬのだ」
「……え?」
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