第3話 リスポーン地点 その3

「コージ! コージ! ビッグニュースよ!」


 朝。日が昇り始め、辺りがやんわりと明るくなった頃合い。アイナの嬉しそうな声が、人気の少ない屋敷に響いた。


「どうした? そんなに興奮して」


 屋敷にあるアオの文献を読み漁っていた晃示が、アイナのテンションに困惑しつつ、聞き返した。彼女のテンションの上がるタイミングは研究の徹夜明けか、発明がうまくいった時だ。


「王都で勇者の召喚が行われるそうよ! ついに成功したのね!」


「ほう、ついに来たか」


 アイナたちの暮らすマナの国は、王権国家である。ただし、君主制ではない。

 ややこしいが、王家はあくまで歴史を脈々と継ぐ日本でいう天皇家であり、シンボルである。国の興りに関わっているので重要なポジションではあるが、実際に政治を行うのは選挙によって選ばれた者たちということになる。

 いわゆるイギリスであり、国王は君臨せずとも統治せず、といった立場のようだ。


 その代わり、別の決定権がある。勇者だ。実際は聖剣が選ぶのではあるが、王家が直々に指名する態勢をとっており、国のために戦う一番槍の栄誉を与えられる……という形になる。


「勇者だけど、三日ほど前に突然見つかったそうなのよ! いままでいくら探しても見つからなかったのに!」


「三日……俺がこの世界に来た時とちょうど同じか。偶然か?」


 ちょうど三日前に、晃示はこの世界に転生を果たしていた。その時に勇者が見つかったとなると、偶然と言うにはあまりにできすぎている。


「きっとあなたがこの幸運を運んできてくれたのよ! 女神様は私たちを見捨ててはいなかったんだわ!」


 アイナの言う女神様とは、女神ケレスのことである。女神ケレスはなにもない世界に聖剣を使い、宇宙と惑星アオを創り出した。そして同じく聖剣で生命体を産んだという。


「万物を産み出し、母親のような慈悲で私たちを見守ってくれている女神様! ああ、感謝します」


 手を合わせて祈りを捧げるアイナ。魔法科学が進んだ時代とはいえ、信仰はまだ根強い。


「どうも勇者様はあなたと同じ異世界の人間らしいの。ああ、別の世界から救世主を二人も遣わしていただいて……」


「ま、待て! 勇者はこの世界の人間ではないのか!?」


 驚愕の声を晃示は上げた。勇者は当然この国……この世界の人間から選別されるものだと思っていたからだ。というよりも、それ以外は考えられないはずだ。


「普段はそうなんだけど、どうも今回は異世界の人間に聖剣が反応を示したらしいの。その人物の召喚を、今王都で進めているらしいわ」


 アイナは事も無げに言うが、晃示の困惑は増すばかり。


「いやおかしいだろう……なんの関係もない人間を巻き込むつもりか!? というか異世界に行ったり来たりできる技術があるということか? 俺は――」


 なにを言うつもりだったか、晃示はそこで言いよどむ。俺は? とアイナは眉をひそめた。


「いくら聖剣を使えるからといって、他の世界から呼び寄せて代わりに戦ってくださいと、そんなことを言うつもりなのか?」


 一呼吸置いて気持ちを落ち着かせてから、晃示は言った。


「私たちも必死よ。生きるために。スライムには勇者の力を借りなければ勝てない……わかって」


「……とりあえず、王都に向かおう。召喚に立ち会いたい」


 合成音声ではあるが、重く、深刻な声色で、ともすれば軽蔑すらみえる言い方であるとアイナは受け取った。晃示の言う通り残酷なことであるのは重々承知だ。だが、国は勇者を呼ぶことを既に決定している。


「確か君は政府の研究員なんだったな?」


「ええ。キミのことは既に知らせてあるし、召喚に立ち会えるように手続きも済ませてあるわ」


 当然、話せるスライムのことは政府に伝えられていたし、アイナが王家お抱えの研究員であることがその信憑性を助けていた。


 実はこの世界にもテレビ通話があり、画面越しではあるが、晃示は国王や政府の高官と謁見している。晃示の存在は発表こそされていないものの、認められているのだ。

 アイナが既に勇者召喚の儀に立ち会わせてもらえるよう手配してくれていたおかげで、なんの障害もなくその場面に立ち会えるだろう。


「……行こうか、王都へ」


「ええ!」


「だが忘れないでくれよ」


 心軽やかに出立の準備をしようとしたアイナの足が、晃示の言葉を重りのように受けて止まる。


「俺は決して味方になると決めたわけではない。もし君たちのことを信に足る存在ではないと判断したら、俺は君たちを助けない」


「わかってるって、何度も聞いたし」


「ならいいが」


 不安をかき消すようにバタバタと準備を進めるアイナ。晃示はひとつため息をついて遠くの空を見やった。










 アイナの暮らす村から車で三時間ほどの距離に、マナ王都はある。インフラが完備されており、人口も多いため背の高いビルが立ち並ぶ都市である。

 しかしそれでもなお一層目を引くのは中心にある純白の居城。政府機関を集約しているそこは、確かに王家の暮らす家でもある。


 三日間暮らしていた村が辺境であるのを雄弁に語るように、街には人で溢れかえっている。車通りも多く、時間に追われてあくせくしている人々を見ていると、晃示はひどく懐かしい気分になった。


 アイナは王都に所属する研究員の一人で高官である。王様には簡単に会うことができた。

 二人は城の一角にある召喚の間に足を踏み入れる。そこは本来招集した勇者の襲名を行う儀式の間である。が、今回は異世界から勇者の召喚を行う間となる。

 大理石で出来た背の高い建物の中に入ると、複数人の給仕服を着た所謂メイドたちが出迎えた。


 建物の中心の床には幾何学模様が刻まれており、それを囲むようにして高価そうな服に身を包む数人の初老の男たちが立っている。高官たちだ。


「ほう。実物を見るのは初めてだ……それもこんなに近く」


 晃示たちが近付くと白い髭をたっぷりと蓄えた高齢の男性が声をかけてきた。彼が王様である。


「お初にお目にかかります、晃示という名ですので、いい加減お見知りおきを」


 アイナに続き晃示が自己紹介をすると、周囲はざわめきに包まれる。事前にアイナは報告をしていたし、一部の高官は画面越しに晃示を見ている。と言ってもやはり実際に目にすると驚きを隠せないようだ。

 興味半分、恐怖半分といった眼差しを晃示は感じている。


 ちなみに何度も自己紹介したにもかかわらず王様はなかなか晃示の名前を覚えなかった。歳のせいか? とも晃示は思っている。


「はは、そこまでかしこまらんでもよい。どころかそちはわれらの救世主であるのだからな」


「恐縮です」


 いかつい、いかにも頑固そうな見た目に反して王様は気さくに笑い飛ばす。


「して、これから聖剣使いの勇者の召喚とやらをするとか?」


「左様。今までどれだけ探しても反応がなかったのだが、つい三日ほど前、突然聖剣に呼応する人間を見つけたのだ」


 王様が側近のものに目で指示すると、側近は一本の剣を持ち寄る。

 シンプルな両刃の剣で、目立った装飾などはなく、鞘に収まっている。


「……その人間、やはりこちらにお呼びするつもりですか? どのような人物か掴めておいでで?」


「いや……そこまではわからん。ただ年若そうというのは魂の色でわかったそうだ。我々としても未来ある若者にこのような危険を押し付けるのは心苦しいのだが……」


「…………」


「コージの言いたいこともわかるわ。けど……」


 王様の言葉に沈黙で返した晃示。快く思っていないことはわかっていたのでアイナは牽制する。


「わかってる」


 晃示も重々理解しているため、重く頷いた。


「国王様、そろそろ」


 召喚の準備が整ったことを側近が伝え、王様は強く頷く。


「うむ、はじめてくれ。ユージ殿も、そこで世界が変わる瞬間をぜひ見届けて行ってほしい」


「コージです。芸人じゃないんだから」


 そして召喚を宣言。地面に描かれた幾何学模様が発光し、それは瞬く間に直視できないほどの光量となる。


 それはすぐに収束した。


「せ、成功か!?」


 儀式の前にはいなかった人影を認め、王様が声を荒らげた。


 そこにいたのは……


「……女の子……か?」


 ラフな部屋着に身を包んだ黒髪の少女であった。

 髪は短く、肩口辺りで切りそろえられている。地面にぺたんと座り込んでいる彼女はくちをもごもご動かして、どうやら食事中だったようである。


「……ごくん。な、なんですか、これ……」


 喉を鳴らして頬張っていたご飯を飲み込むが、事態はまるで飲み込めていない少女は、ただただあっけらかんとしていたのだった。

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