第1話 リスポーン地点 その1

「む……ここは」


 気が付くと、晃示は胎内から外へと出されていた。


「どこだ……? 俺は確か、おかしな空間でと……」


 いまだにぼうっとする頭で、今までの記憶の確認をする。記憶障害などは起こっていない。


 周りを見渡すと建物が見える。シンプルな一軒家がほとんどだ。ただ、外装はどうやら土で出来ているように見える。

 よく見まわすと、辺りには田園風景が広がっており、空気もおいしい。家はまばらに散見され、畑を耕している人がちらほらと見える。

 晃示は今、広い砂利道に横たわっていた。砂利道と言ってもある程度舗装はされており、そこにはわだちもあるので車が通っていることがわかる。


「とりあえず、いつまでも横になってるわけには……っと」


 立ち上がろうとした晃示は、はたと気付く。


「立ち上がれない……いや、これはもう、立っている……のか? 俺は。ま、まさか……」


「ひっ……! す、スライム!?」


「な……」


 一人の男性が晃示を見付けるや否や、ひきつった声を出す。


「うわあああああああスライムだああああああああ!!」


 そして大絶叫。家の中に恐竜でも出たのかと言わんばかりの悲鳴を上げた。

 同時に、どこからともなく火の玉や水の塊を生成して、それを晃示に向かってぶつけてくる。


「な、なんだ!? やめてくれ! って喋れてないのか!? 俺は!? ど、どーすれば」


 今まで声に出せていたと思っていたが、どうやらまったくそんなことはなく。制止を訴えるゼスチャーをしようとも、男が止まる気配はない。

 それに加え周りの人間も徐々に増え、攻撃に参加する人や、一目散に逃げだす人。とにかくアリの巣に、熱湯を流し込んだ混沌もかくやとばかりの大混乱だ。


 相当錯乱しているようで、恐怖と絶望の表情を浮かべる人々から、晃示は攻撃を受け続ける。


「しかし、当たってもまったく痛くないんだな――心は痛むが――。でも逃げてるんだし、攻撃はやめてほしいんだが」


 不思議なことに、いくら攻撃されても晃示のぶよぶよした体が傷付くことはなかった。火で燃やされようが水流で斬られようが、ビクともしていないし、痛みもまるで感じていなかった。


 そこで晃示はようやく、自分の体の状態を落ち着いて確認することができた。


 なんというか、一番しっくりくるのはアメーバ。単細胞生物の代表格のアレだ。

 半透明でぶよぶよしており、触るとひんやり冷たそうで、内臓どころか後ろの景色が透けて見える、アレ。


 男はスライムと言った。代表的なのはドラゴンクエスト。あれで一躍有名になった元強キャラ。ドラクエでは雑魚扱いでそれが普及してしまったので、もはや見る影もなく雑魚だ。

 どろどろぶよぶよの半透明の体で、名前はスライム。これは間違いなくスライムだ。アメリカ人だろうと、インド人だろうと、古代メソポタミア人だろうと、口をそろえてスライム! と言うレベルだろう。


 ならば姿でスライムっぽいからスライムだと男が言ったのか? 晃示は首を傾げる。自分だっていきなり中型犬くらいのサイズのアメーバが現れれば、思わず攻撃するかもしれない。

 あわよくば捕獲して、世紀の大発見者としてテレビで出たい。


 しかしこの村の住人は明らかに晃示を、人を襲う化け物を見るような目つきをして全力で攻撃してきている。その表情から読み取れる感情は怯えと、絶望。


 ただ未知の相手ならば、絶望の表情など浮かべない。知りもしない相手に絶望はすまい。

 お化けが怖くて夜トイレに行けなくても、お化けが出たら俺は死ぬんだ……とはならない。それと同じである。


 つまり彼らは、今の晃示のことを知っている。このスライムがなんたるかを知っている……ということに他ならない。そしてそれは、火の玉や水の刃を繰り出せるような、化け物じみた人間であろうと恐れおののく存在ということになる。


「ストップ!! いったんみんな落ち着いて! このスライム、なにか変だよ」


 逃げてはいるが、相変わらず止むことのない攻撃にいい加減うんざりしてきた頃。鶴の一声のように、一人の女性の声が上がった。


「ア、アイナさん……」


 村人の一人がつぶやく。


 現れた女性は、鮮やかなレディッシュの持ち主だった。その夕焼けのように輝く髪は短く切りそろえられており、毛先は少し跳ねている。くせ毛なのだろう。ミニのタイトスカートをスラッと着こなす長身の女性だ。

 絶妙なプロポーションと、それを誇示するような蠱惑的な所作。晃示は、彼女自分に自信のある女性だと分析する。気の強い女性は嫌いではなかった。

 名はアイナというようだ。


 アイナは周りの人達を制止させ、ゆっくりと晃示に近付いていく。そして晃示をじっと見つめ何かを納得したように頷くと、振り返った。


「逃げ回るだけでゼンゼン攻撃してこないし……害はないのかも」


「あっ危ないですよ!」


 それでも周りの人々は晃示を恐れて戦闘態勢を崩さないでいた。


 アイナはもう一度晃示の方を向く。


「ねぇ、キミはもしかして……悪いスライムじゃない?」


「害意はまったくない」


 晃示は全身をぷるぷると震わせて意思表示。たぶん伝わってはいない。


「こんなに近付いても大丈夫……やっぱりこの子は悪い子じゃないみたい」


「ほ、本当ですか?」


 晃示としては当たり前だが、アイナが屈みこんでも攻撃をしてこないスライムに、段々と周囲も警戒を解きはじめた。

 

「私はアイナ。キミは……ってしゃべれないよね、スライムは。私の家においで! こう見えても科学者だから、いろんな研究をしているの。キミに人間の言葉を喋れるようにしてくれるアイテムくらいはあるわ!」


「アイナくん……本当に危険はないのかね」


 アイナが晃示を抱えて持ち上げたところで、杖をついた初老の男性が現れた。

 老人らしく頭に毛はないのだが、すごくしわくちゃである。頭の皮が余っているのだろうか。まるで梅干しだ。


「村長さん。たぶん大丈夫……」


「たぶん……ではみなが納得せんよ。私はこの町を預かっている身だ。根拠がほしい」


「でもじゃあこのスライム、敵だったとして、私たちに倒せる算段はあるんですか?」


「それは……」


 村長はしわの深い顔の中央にさらにしわを寄せる。その顔はやっぱり梅干しだ。


「また梅干しみたいになってますよ、梅村長」


 くすりとアイナが笑う。梅干し顔なのは村全体で周知なのか、周りの人達もつられて何人か破顔した。


「この子は突然現れたように見えました。もしかしてまだの命令を受けてはいないのかも……ならまだ襲ってきたりはしません」


 続けて真面目なトーンに戻ったアイナ。


「これはチャンスです! スライムのことをもっとよく知って! そして倒すための! それにこの子は味方になってくれるかも……」


 彼女の熱弁に、村長もたじろぐ。


「……わかった。君に任せよう。だが危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ。そして周りの者にも知らせるのだ」


「もちろんです。さあ私の家に行きましょう」


 アイナは晃示を抱えたままざわつく村人たちを背にした。

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