第2話 合宿中盤
そして選手たちは浜辺に移り、間髪を入れずに手押し車の練習を行った。これは浜を50m往復で10本行い、最下位のペアが腕立て伏せを50回行うというものであった。人数がちょうど10人で各ポジション2人ということもあり、すんなりペアを組むことができた。細身で筋力に乏しい蓮と甘利ペアも苦戦したが、これは体重が重い保と辛損のペアが、毎回ビリになった。
「あ~、30回にしときゃよかったな。更に腕が太くなっちまうよ」
「ははっ、残念だったね保さん。自分で決めたんだからしっかりやんなきゃね」
この練習も一位でこなした昴は、揶揄うようにそう言った。
「蓮くんが休まず頑張ってくれたお陰で最下位を免れたよ」
「えっ、そうですか?ありがとうございます!甘利さん」
あまり褒められ慣れていない蓮は、正直に嬉しそうだった。
「保さん、ちんたらやってっからだよ」
「ははっ。相変わらず毒舌だな、辛損」
この二人はポジションは同じでも甘利は薬舌、辛損は毒舌と言った所であった。
そして一同は、昼食のカレーを食べた後ビーチに戻って練習を再開した。
「午後は個人練だ。主にやることはボールフィーリングとキック練だ」
ボールフィーリングは、ボールを上に上げながら後ろへ下がるドリブル、足裏で横に流して止める、流して止めるを繰り替えして往復するドリブル、ボールを引いて押して、引いて押してを繰り返して進むドリブルをやった。
次に二人組で、ドジングと呼ばれるオフェンスがドリブルをしながらディフェンスのポジションを確認する練習と、足裏でパスをし合って、縦に移動する練習を行った。
キック練はゴールポストに対しインステップキック、トーキック、スコップでゴール上部のクロスバーと、横部のゴールポストにそれぞれ1回当てるというルールで行い、最後まで残った人は、その場でスクワット50回のペナルティを課された。
「おっし、楽勝だな」
昴が全て1発で決めると、続く選手たちも多少苦戦したものの、全てのキックを当て終えた。だがここでキーパーもやっておくことになって参加した味蕾が、予想外に時間が掛かってしまった。
「おい、何やってんだよ、早くしろよ」
「あ、すません。おかしいな?なんで当たんないんだろ?」
昴からプレッシャーを受けた味蕾は焦ってはいるものの、そのコントロールは一向によくなる気配はなかった。ここでコツの一つでも教えてあげれば、すんなり事が運ぶのかもしれないが、この時の昴にはそんな気概はないのであった。
対策としてはバーに当たらないのは蹴ったボールが浮き球になっているため、もっと直線的なライナーのシュートを蹴らなくてはならないということ、体が開いていて角度がおかしいので、それを直すということであった。
ゴレイロである味蕾は普段動く人に向かって蹴ることが多いため、逆に止まっているものに対するアプローチは不十分なのであった。彼が漸くポストに当て終わり、急いでスクワットをすると、保が持ちわびたように号令を掛けた。
「おっしゃあ、締めの練習で『ロンド』やるぞ!!」
ロンドとはいわゆる鳥籠のことで、5人でボール回しをしている中に2人プレーヤーが入ってボールを奪おうとするといった練習である。試合でのボールキープを想定したものであり、かなり実践的な練習法である。
「これから3日間、毎日これだけはやるからな」
それからダウンを済ませ、皆はロッジに戻ってシャワーを浴びようとしたが、そこを保が呼び止めて、またなにやら始めるようだ。
「よ~し、それじゃあ筋トレするぞ」
「え~まだやんの~」
保の言葉を聞いた蓮は、わりと不満そうに声を上げる。
「当たり前だ。遊びに来たんじゃないんだぞ」
「う~ん、まあそうなんですけどーー」
「メニューはこれで終わりだから我慢しろ」
「は~い。これも勝つためですもんね」
「そうだ!艱難辛苦だけど、邪道な俺たちにしかできないことってのがあると思うんだ。正義の味方よりも悪役の主人公の方が俺たちにはお似合いだろ?勝ち取ろうぜ、優勝」
「大会までにできる限りのことはやっておきたいですもんね」
「その通りだ!それで、今回やるのは、補助器具を使った筋トレだ。サスペンション・トレーニングは瑞希と美奈、バランスボールは莉子に見てもらうからな」
サスペンショントレーニングは両端に輪っかを作ったぶら下がり紐を用いてペアで交互に繰り返すもので、プッシュ・アップ、シンク・ダウン、バック・エクステンションをうつ伏せ、プル・アップを仰向け、シット・アップを椅子に座った体勢で浮いて、腕の幅が広い狭いの2パターン10種類で20回ずつ3セット、合計約30分の間行う。
バランスボールは2人が入れ替わりで45秒+15秒間使用し、①プランク、②ワイド・スクワット、③リバースラウンジ・ツイスト、④プッシュ・アップ、⑤クランチ、⑥バック・エクステンション、⑦V・パス、⑧ヒップ・リフト、⑨ハムストリング・カール、⑩ハーフスター・ジャンプの10種目を3セット、合計30分の間行う。
昴、保、別記はそれぞれのトレーニングをわりと余裕を持って熟しているのに対し、筋力に乏しいのか蓮は意気も絶え絶え、とても苦しそうに行っているのであった。
「˝あ˝あ~。もうダメ、もうダメ、ギブギブ!!」
「おい、お前そんなんじゃリーグ中もたないぞ。気合い入れろよ」
「う~っ。はい、頑張ります!」
昴に少々怠そうに発破を掛けられながらも、蓮は常に素直に頑張っていた。そして、サスペンションチューブとバランスボールは予算の都合上2つづつしかなかったため、あぶれたゴレイロの苦氏と味蕾の二人は、なわとびを用いたジャンプ練を行っていた。
「苦氏さんってすっごい器用ですよね」
「ああ、まあこういうのは得意だね。たぶん昔ダンスやってたからだよ」
「ああ、なるほど。それでなんですね」
「ソレほんとに思ってる?実は関係ないんだけど。適当に合わせない方がいいよ」
「ははっ、手厳しいですね。気を付けます!」
「そうそう。味蕾はしっかりしてるんだから、自分の意見はちゃんと主張しろよな」
苦氏はいつもこうやって人の悪い癖を指摘しているのであった。そしてただ指摘するだけでは嫌味に聞こえるのだが、一言フォローを入れることで嫌われるのを防げていた。
それから一同は今日は特に夜は予定がないからと、マネージャーも合わせてウノをやった。ただ、保だけは明日からのメニューの調節があるからと参加せず、12人で2時間の長丁場でのゲームとなった。
2日目、バランサーズの面々は昨日と同じように走トレを終え、昼食のカレーを食べビーチに戻った。少し目の下に隈がある保はそれでも意気揚々と話し始める。
「おっし、今日の午後練は連携戦術だな。ミスなく確実に行くぞ」
「オッケー、みんな大事に行こうぜ」
昴は昨日の保の頑張りを酌むことにしたのだろう。疲れが見え始める前に、率先してチームを引っ張ろうとしていた。
この日はまず、各ポジション間での連携とゴレイロからフィールダーへのパス出しをAチームBチームに分かれて行い、10分間の休憩を挟んだ。それからコートの四つ角に立ち、走り込んでパスを貰った選手が対角に出して、受けた選手はボールを間に出し、最初の選手がまた走り込んでシュートするという『パス&コントロール』、左右非対称になるようにOFがセンターライン、DFがエンドラインに立ち、DFがOFにパスを出した後にOFを追いかけて守備を行う『コントロールドリブルシュート』を練習した。
そして、ロンドと筋トレをこなして2日目の練習が終わってシャワーを浴び、夕飯のクリームシチューを食べ終わった頃、保がデッキに集まった皆に声を掛けた。
「お~い。ネットの動画見てモチベーションアップするぞ」
「すっげえ為になるなコレ。こんなの開示しちゃっていいんですかね?」
「いいんだよ。トレーニングが凄いんじゃない、選手が凄いんだ。心血注いで練習するからこそ、ロナウジーニョで居られるんだよ」
「ふ~ん、そういうもんなのかね」
保の話を聞いた昴は、さほど疲れも見せずにそう言った。
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