第36話 キャプテン林
再開後、タイ代表6番は最も得意とする『ピニング』と呼ばれるポジショニングでディフェンスを動けなくする戦術を用いてイラン代表を翻弄すると、今度は抜けると見せかけて、逆を突いてボールを受ける『フェインタ』と呼ばれる戦術でパスを受け、自らチャンスを演出する。
そして選手がダマになってごちゃごちゃになった時に、6番が2対1でキープしてシュートを放つが、これは惜しくもゴレイロに阻まれ、こぼれ球を走り込んだ10番が押し込んで得点となった。それを見ていた藪、笑原、嵐山はそれぞれ感想を述べる。
「あれは実質6番の得点やな。あのアグレッシブなプレー、俺は好きやな」
「アイツが10番でもよさそうなもんなのにな。明らかいっちゃん(一番)上手いやん」
「まあ、いろいろあるんちゃう?年齢とか関係性とか、その番号が好きとか」
「せやろな。あれほどの選手やもん。キャプテンやらしてくれ言うたら、やれるで」
「みんながみんな、お前みたいに言いたいこと全部言えるわけちゃうねん」
「ははは、間違いない。藪はめちゃめちゃ主張が強いからな」
イラン代表の攻撃はもはや圧倒的で、シュートを外した回でも得点になっていてもおかしくないと思えるような綺麗な形でオフェンスを締めくくれていた。
そしてその2分後、イラン代表9番のピヴォ当てから4番が豪快にミドルを撃って決めて追加点とし、5対2とすると、タイ代表は慌ててタイムアウトを取った。
国際試合ともなると、真剣勝負であるのは当たり前のことであり、この試合では、両チーム3回ずつ、計6回のタイムアウトを取っていた。またタイ代表のしっかりと手を後ろに組んでハンドを防止する直向きな姿勢は見習いたいものであり、この点差にも関わらず全く気持ちを切っていないその姿勢が清々しかった。
イラン代表は、完成度の高いチームであると言え、その粗がないプレースタイルは称賛に値するものであった。サッカー出身の選手も居るのかもしれないが、しっかりとフットサルナイズされており、自分の得意なプレーや特性などをよく理解していた。
イラン代表の5番はスライディングで体を張ってボールをラインから押し出すと、自分が出しましたとばかりに手を上げて審判に示唆。そのプレースタイルは紳士的であり、2010年WCでコーナーキックになった際に偶発的なものだからとキーパーにボールを返したオランダ代表のプレーを彷彿とさせるものであった。
イラン代表は、フィクソの2番からコート全体を斜めに走る超ロングパスが通り、アラの5番がピタッとボールを足で止めてから、これで止めとばかりに振り向き様にシュートを叩き込んだ。これには会場から歓声が沸き起こる。
結局はこれがこの試合最後のプレーとなった。準決勝とはいえ、その実力差は歴然としたものであり、如何にタレントが揃っている日本代表といえども、これは一筋縄では行かないと思える程の強さであった。
ホテルへと戻って風呂に入りミーティングを終えると、みんな今日の疲れを取るため早めに各自の部屋に戻ることになった。だが昴は、決勝戦を前にどうしても聞いておきたいことがあったので、宿舎のうちの一室を目指して歩いた。
ふと横を見ると、袴田と東洋 瑠偉がどこかの部屋に入って行ったり、躾と大橋 璃華が人目も憚らず抱き合っていたり、馳川と河合 瑚奈がそそくさと外に出て行ったりするのが見えた。
“やっぱみんな裏ではやることやってんだな”などと思いながら部屋の前まで来ると、なんだか急に緊張して来た。意を決してドアをノックをすると、林が、硯と共に迎え入れてくれた。そして、少しの雑談を交えた後、昴は日頃から気になっていたことを思い切って尋ねてみる。
「林さん。俺――どうしたらもっと上手くなれますか?」
「どうしたら上手く?――そうだな。室井に足りてないのは『気持ち』かな」
「気持ちーーですか?俺、まだ皆に技術面で勝ててないですよね?」
「テクニックに頼ったって上手くはなれないよ。ボールを追い続ける気持ち、ゴールを決めたいと思う気持ち、サッカーを続けたいと願う気持ちがないと、上手くなんてなれないんだ。最後には気持ちの強い人が勝つんだよ」
この平成の時代に、精神論はもう古い。そう考える人も居るかもしれないが、昴は短期間ではあるが自分を見てきた林が真剣に考えてくれた言葉を受け、これは大切なことが聞けたと感じた。
「ありがとうございます。その言葉、忘れないようにします」
「そうだね、いい心掛けだよ。室井は外部の人間にはわりと素直なんだよな」
「ははは、そうかもしれないですね。結構、内弁慶なんですよね」
「まだ若いんだし、何も気負うことなんかないよ。20代だろ?」
「そうですけどーーなんかもう歳かなって」
「俺なんかもう33歳だぜ。これでもまだ何も諦めてないんだから、若い方だよ」
「そうかーー、そうですよね!」
「そうだ!自分さえその気になれれば、何だってできるんだよ」
林のこの言葉に勇気づけられ、昴は漸く決勝へ向けて気持ちが作れたようであった。
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