第37話 白熱!AFC決勝
10月30日17時、この日いよいよアジア・フットサル・チャンピオンシップの決勝が行われようとしていた。先に行われていた3位決定戦の、韓国代表とタイ代表の試合は、4対2で韓国代表が勝利しており、スタジアムには未だその熱気が残っているようであった。普段より少々緊張ぎみの昴は、試合に向かう途中で嵐山が何やら気になる言葉を発しているのを耳にした。
「ここのファンはウルトラスやな」
「なんですか、ウルトラスって?」
「呼び方やわ。ウズベキスタン戦で居たようなマナーの良いファンを『ウルトラス』、韓国戦で居たようなマナーの悪いのを『フーリガン』って言うんや」
「へ~、ファンにもいろいろ居るんですね」
「せやな。けど、俺はどっちのファンも大切や思とる。俺らに力をくれる訳やしな」
「声援って力になりますよね。監督とかマネージャーとかのも」
「まあ、勝つには自分らのマインドも大切やけどな」
「嵐山さんは、勝つにはどんな概念が必要だと思いますか?」
「俺か?――優勝劣敗かな」
「優れた者が勝って、劣った者が敗れるってことですか?」
「そうや。それが自然の摂理やろ」
そんなことを話していると、シューズを履き終えた笑原が話に入って来きた。
「っていうか、大丈夫かいなーあらっしー。予選から全然出てへんけど」
「大丈夫や、練習自体はちゃんと参加してるし。嘗めんなよ、海外プレーヤー」
「自信満々やな。俺ら国内組より格上ってことかいな?」
「そういう意味やないわ、金さんみたいな人も居るし。まあ期待しといてくれや」
そう言った嵐山は、相当に金を尊敬しているようであった。金はこの大会を通じてピヴォとアラ、時にフィクソとして出場していた。その奮闘は役に立つ選手という意の『ユーティリティプレーヤー』と言えるものであり、常にマルチに活躍していた。
日本代表は金、藪、袴田、嵐山、馳川と初めて本来のスタメンでの試合開始となる。
その後まもなくイラン代表ボールでのキックオフとなり、その気迫のプレーは決勝に相応しいものであった。
不滅の英雄アザール率いるイランは、決勝に向けて快調な滑り出しができていた。アザールはボールをピタッと止め緩徐にフェイントを掛け、悠然と袴田を抜き去ってゴールへと押し込んだ。
アザールのこの『ラボーナエラシコ』は、片方の足でボールを跨いでアウトサイドに振ると見せかけ、そのままインサイドへ振るという技である。開始直後の得点に、日本代表の選手たちは落胆の色を隠しきれずにいた。
だが、日本代表の選手たちにも意地はある。試合再開後に嵐山、藪、金とボールを繋ぐと、金のピヴォ当てからの嵐山のシュートを、イラン代表ゴレイロのミカエラが弾いてコーナーキックとし、そこから藪が丁寧なフィードを出す。
そのフィードに対して袴田がダイレクトボレーで合わせ、シュートはゴール右上に吸い込まれるようにして入った。一瞬にして会場のヒーローとなった袴田は飛行機のように手を広げながら自陣を一周し、大きくガッツポーズをして見せた。
これにはミカエラも歯を食いしばって悔しがった。得点直後は気が緩み易いもので、その隙を突いての得点であった。この得点で1対1の同点となり、日本代表は不屈の闘志を見せつけた。そして、フィールダーを焔、藪、笑原、港へと交代し更なる得点を期待していた所、イラン代表は一転してルーシェルをワントップとして残していた。
試合再開直後、笑原を躱してシュートまで持って行ったアザールを港が止めようと飛び出したところアザールはまたしてもそれをひらりと躱し、重心を低く保ったままゴール前に居たルーシェルへと、リードパスを繰り出した。すぐさまそれに対応したルーシェルはパスにきっちり合わせ、落ちついてシュートを決めた。
子供のように喜んでルーシェルに飛びつくアザール。そこへ駆け寄って、また喜ぶチームメイトたち。日本代表の選手たちは悔しいがいいチームだなと感じ、その実力を認めざるを得なかった。それでも、日本代表も負けてはいられない。笑原の出したフィードがガブロッタの腰に当たって落ち、すかさず詰め寄った焔が目ざとくゴールを決めた。この得点で2対2の同点、日本代表はまたしても底意地を見せた。
試合が再開されると、ラファエロの正確無比のフィードをアザールがコート右隅、角度のない所からシュートに変える。これがゴール左上に突き刺さり、一歩も動けなかった馳川は悔しそうに顔を歪めた。
右足でスライスして撃ったため、右側にアウトスピンでゴールへと吸い込まれたシュートは、まるでフリスビーのようであった。
上には上が居る。この日昴は、そのことを嫌というほど思い知った。そして、この狡猾かつ見事なゴールを見た、瑠偉、瑞希、璃華、瑚奈はそれぞれ感想を述べあった。
「それにしても凄い総合力よね。他のチームとまるで違うみたい」
「相当に練習してますよね。アシンメトリーであれだけコントロールできるなんて」
「分かります!それに全体的に個々の能力も高いですよね。これぞ代表って感じ」
「あっ、カマキリ!!」
イラン代表は『アシンメトリー(左右非対称)』で、クイックネスのあるアザールを前にシュート力のあるガブロッタを後ろに配置しており、上手く役割を分担していた。
アザールは逆立たせた髪の毛を少しだけ摘まみながら、平然と周囲の選手たちの祝福を受けていた。イラン代表の選手たりは髪の毛をワックスでガチガチに固めており、彫の深い顔と相まって厳つい雰囲気を醸し出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます