第34話 韓国の底力

後半が開始され、依然日本代表ペースで試合が運ばれて行った。だが、韓国代表も当然負けてはいられない。ポジショニングを上手く調節し、巧妙にチャンスを伺う。韓国代表のこの『シン・バロン』はオフ・ザ・ボールの際に敵を引き付ける戦術で、正確無比、規則正しいフォーメーションが売りの彼らに合った戦術であった。


試合は後半6分、アラの趙 特急のシュートが馳川の手に当たり、あわや骨折かと思われるほどの危険なシュートだったが、馳川は顔を顰めながらも文句一つ言わず、黙々と前線へパスを送った。このファインセーブを見て確信を得た猿渡監督は決勝のスタメンを硯から馳川にしようと決心したようだ。

ここでも瑠偉、瑞希、璃華、瑚奈が感想を述べ合う。


「それにしても凄い『スタビリティ』ね。これを崩すのは相当に骨が折れるわ」

「この安定性はこちらとしては相当に厄介ですね。まるで軍隊みたい」

「そうですね。なんだか悲しいくらいに洗練されてます」

「あっ、テントウムシ!!」


 後半4分、試合に動きが見られない中、ここまで大人しかった躾が何か狙っているように見えた。それに感づいた藪が急いで声を荒げる。

「やめろ、躾!!」

藪の静止も虚しく、躾のスライディングを受けたチュルチュルが右脚を抱えて倒れ込んでしまった。怒りに打ち震えた藪は躾の胸倉を掴み、吐き捨てるように言い放つ。


「どんな理由があろうと、やってええことと悪いことってあるやろ。最低やお前は」

「試合に勝つためには、手段を選んではいられないだろ。これもまた戦略なんだ」

「あーあーやってくれよったな。国際問題やぞ」笑原が怠そうに怒りを込めて言う。

「俺はどうなってもいい。これが俺なりのチームへの貢献なんだ」

「相手の選手や、チームの評価は二の次なんか?ご立派なこってすな」


 そう言うと藪は拘束を解き、その場を離れた。この間、審判を交えて揉みくちゃになりピッチは荒れまくっていたのだが、5分経ち漸く試合ができる状態になると躾には当然レッドカードが出され、韓国ボールでの試合再開となった。ここでチュルチュルは必死に試合に出ようとしたが、痛みに耐えかねてその場に倒れ込んでしまった。

仲間が抱えて起こすが、もう試合に出られるような状態ではない。


「放してくれ、瞬栄との約束があるんだ」チュルチュルは悔しさに涙していた。

 そして、退場となった躾の代わりに、やってみたいからとフィクソとして金が出た日本代表は後半6分、韓国代表のゴレイロ鄭 九尾の隙を突き藪のコーナーキックに昴が合わせて1点追加して2対1とした。これに韓国代表は負けじと奮起する。


韓国代表は崔 凶説と趙 特急、朴 輪具のクロスでディフェンスを惑わせ、良い形でオフェンスまで持って行くことができた。これは『パラレラ』と呼ばれるもので、フィクソが斜め前に走り込んだ所に、アラがボールを出してピヴォに繋いでシュートするという高度なプレーである。そしてここでピヴォの朴 輪具の放ったシュートが日本代表ゴールへと吸い込まれ、これでも、韓国代表はしぶとく喰らいついて来る。


「やるな、韓国!やっぱ根性あるぜ」

 手痛い失点の場面だが、強敵相手に交代で入った金はなぜだか嬉しそうであった。

「おっしゃ、いっちょやったるか!」

 そう言うと笑原はボールを綺麗にトラップして、フェイクを掛けてアラの趙 特急を華麗に抜き去り、強烈なシュートを放って韓国ゴールを割ることに成功した。


笑原のこの『スプリングターン』はインサイドで転がしたボールをアウトサイドに弾くことによって逆側に回転して抜くという技で、緩急をつけてコンパクトに動けるため使い勝手が良い。日本代表はこの得点で3対2として再度勝ち越すことができ、焦った韓国代表が2回目のタイムアウトを取ると、上機嫌の笑原が嵐山に話し掛けた。


「あらっしー出んでええんか?なまってまうやろ」

「やめとくわ、もう時間ないし。俺は怪我しとうない」

「試合出てる俺にソレ言う?まあ、誰かさんの所為で荒れてるもんな」


「俺は痛いのは御免やわ」

「慎重派やもんな、あらっしー」

「っていうか、そのあらっしーって言うのやめろ。なんか嫌なんや」


「ほななんて呼んだらええん?」

「それは――思いつかんな」

「じゃあやっぱあらっしーやな」


「ほなもうそれでええわ」

「ええんかい!適当やな」すかさず藪がツッコミを入れる。


この3人は育った環境こそ違えど、それぞれの個性を認め合っており、親友と呼べる仲であった。そして、『あのこと』が起こる前はもう一人、梅田大学時代の同級生、雷句を加えて関西カルテットとして活躍していたのであった。そしてその後10分間、韓国代表の渾身のパワープレーも上手く嵌らず、あえなく敗退という結果となった。


試合後、猿渡監督は何を思ったのかダウンをしている日本代表の選手たちの横で、コーチ陣と共にボールを蹴り始めた。その華麗な妙技の前に、全員思わず息を飲んで見とれる程であった。今、現役復帰しても、十分通用するのではないかと思える程に。


「どうだ上手いだろ?俺はこう見えて全国ベスト4、プロで14シーズン試合に出て、187点も得点を上げてるんだぜ。それに1度、代表としてWCにも出てる」

そう言うと猿渡は、先程と打って変わって少し涙ぐみながら言葉を紡いだ。


「だが俺はもう歳だ。この42歳の体では若い頃みたいに思うようにプレーできない。俺はお前らが羨ましいよ。一度でいい、決勝という最高の舞台に立ってみたかった」

「「監督!?」」


「お前らは日本の全フットサラーの憧れなんだ。俺たちに、大きな夢を見せてくれよ!」

 対する林は恥を忍んで発言した猿渡の思いを汲み、それに藪、袴田が呼応する。

「みんな!明日は優勝して、この泣き虫の監督を胴上げしてやろうぜ!」


「そうや、せっかくここまで来たんや。これはもう優勝するしかないやろ!」

「俺らジャパンハプロリーニスの強さを証明する時が来たようだな」

 この猿渡のパフォーマンスで、日本代表はさらに結束を固めることができたようだ。


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