第33話 決意の韓国戦

本日10月29日はAFC準決勝の当日である。この試合では決勝戦に向けて戦力を使用することになり、出場機会の少なかった藪、笑原、昴、躾、とサブゴレイロの馳川が出場することとなった。試合前に昴と笑原、藪が話をしている。


「韓国ってどんなチームなんですか」

「韓国か――上手そうな選手ばっかなんよな。体デカいし、体力あるし」

「フィジカル強そうですよね。藪さんはどう思いますか?」


「ラフプレーが多いイメージやな。気性が荒いチームやわ」

「ラフプレーかー。苦手なんすよね、俺。そういうの」


「悪勝善敗のこの世の中で、勝つのは常に悪い人間や。フェアプレーとかカッタルイこと言うとるような甘ちゃんは、この大会には要らんねや」

「おっ、言うねえ。藪ちん」


「せやろ。所詮世の中やったもん勝ちや。けどな俺は仲間に手え出すヤツは何人たりとも許さへん。来る者拒まず去る者殺すや。笑原――気を付けろよ」


5分経って試合開始。ゴレイロを任せれた馳川は試合外ではさほど喋る印象はなかったのだが、試合中はしっかりとコーチングし卒なくディフェンスを統率できていた。


韓国代表の攻撃を防ぎ切った馳川は前線へとパスを送り、それを受けた藪は、その思いに応えるよう鷹揚にフェイントを掛けてアラの姜 砕人を置き去りにし、直ぐ様シュートまで持って行った。


藪のこの『ベルカンプターン』は、つま先で引いたボールを逆足のつま先でバックスピンを掛けながら持ち上げ体を逆方向に回転させるというもので、ディフェンスの虚を突くことができる、センタリングを上げる際にも使われる技であり、元オランダ代表でアイスマンの愛称でも知られるデニス・ベルカンプも得意としていた技である。


 鮮烈な先制点で1対0とした日本代表に対し、韓国代表は跳ねるようにステップを踏みながら均等にきっちりとした陣形で攻守を確立していた。2、2で正方形を作るこの『ボックス』と呼ばれるスタイルは堅実で盤石。韓国の固い結束を象徴していた。


ここで金が、フィクソの崔 凶説から言われた一言に一瞬怒りを覚えるが、重ねて言われた言葉に憤慨することなく冷静に自らを律していた。そして今回の審判はしっかりと崔のこの『カチンバ』を見抜いていた。


これは、相手を怒らせるために審判の見ていない所で挑発行為を働くことで、悪辣な行為とされている。イエローカードを出された崔は不満の様相であったが、退場処分を喰らっては事だとそれ以上の抗議は行わなかった。ここで流れを変えたかったのか、韓国代表のタイムアウトが入る。


この日の両チームの観客席は、荒れに荒れており、マナーを守れないサポーターが発煙筒を焚いたり、怒号を響かせたり、時には他のファンといざこざを起こしてしまったりと、迷惑行為を働いてしまっていた。勝ち負けに真剣であるため、エキサイトするのは分かるが、節度を守って観戦することがファンの務めであると言える。


「なんやガラ悪いな」藪は笑原の方に向き直って、そう言った。

「お前が言うなや。今どき社会人で金髪てイカツ過ぎやろ」


「お前かて茶髪やんけ!それに金さんかて金髪や。それはどうなんや」

「俺のは地毛だ」これを聞いた金がベンチから身を乗り出して意見する。

「そうなんすか?やっぱ金さんパねえっす」笑原はこれに得意の太鼓持ちで応じた。


 前半9分、試合が再開され一人の選手にボールが渡ると会場が大きくどよめいた。

 アラの姜 砕人はチュルチュルの愛称で親しまれており、これは楽しむの韓国語であるチュルギダから来ていて、陽気で愛想のよい選手だからであった。


スピード感のあるボール捌きからのフェイントでリズミカルに藪を躱し、先程のお返しとばかりに放ったシュートが日本ゴールに突き刺さった。


この『オコチャダンス』は斜めに転がしたボールを逆足で跨いで弾くというもので、即座に速い展開に持って行ける技である。喜んだチュルチュルと趙 特急は、両掌を上に向けてゆりかごのように揺らし、ゴールパフォーマンスを楽しんだ。


そして、膠着状態が続く中ホイッスルが鳴らされ、試合は1対1で折り返された。ハーフタイムに入ると、チュルチュルとポニョの尹(イン) 門(ドア)破(ハ)が何やら激しく揉めている。


「尹、交代についてなんだが――」

「いや、俺はいい」

「お前の力が必要なんだ。今日だけなんとか――」


「俺は死んでも、試合には出ない!!」

「なんなんだよ、その変な信念は!しょうがないな――」

「俺の心は大雨なんだ」

そう言って尹は恨めしそうに右脚をさすっていた。



 

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