第47話 静岡最強チャンピオンズ!

12月23日のチャンピオンズとの試合の日、アップをしていた昴は目頭が熱くなる思いであった。『継続は力なり』昴は細々とではあるが、今日までサッカーを辞めずに続けてきてよかったと思えた。もし途中で辞めてしまっていたら、もしサッカーが嫌いになってしまっていたら、またこうして3人でプレーすることはできなかっただろう。そう思うと感謝の念でいっぱいだった。


「頼むぞ勘九郎」

「ああ、任せとけよ。俺はもうあの頃とは違うんだ」

そう言った勘九郎はやけに自信ありげな表情を見せた。


静岡チャンピオンズは緑色のユニフォームが精粋なチームで、とにかく気性が荒く、キャプテンの林でなければこの陽気な問題児軍団を纏めることはできなかった。人型のディフェンダーパネルを用いたフリーキック、マーカーコーンを並べてのドリブルなど道具を使った練習を好み、運動神経はいいが、泳ぎが嫌いで体の固い選手が多い。

試合が開始されると、その洗練されたスタイルに昴から思わず本音が漏れる。


「やっぱきついな――」

静岡リーグは今回で1シーズン目で歴史が浅く、まだ発展途上であった。そのため、この『ゾーンディフェンス』を敷いてくるチームはチャンピオンズ以外になかった。


試合前からに練習して想定していたとは言え、不慣れなスタイルにバランサーズは悪戦苦闘していた。だが、この状況を打開しようと、勘九郎が得意のフェイクからの突破でチャンピオンズゴールに猛威を振るう。

勘九郎のこの『マシューズ』は、足首のスナップを利かせてボールの横側を蹴り、体のイン、アウトの順に転がして抜き去るという技で、初代バロンドールを獲得したスタンリー・マシューズが使用していた技である。


「おおっ。マシューズ!!しっかしすげえな。キレっキレだな」

 華麗なフェイクを目の当たりにした林は、嬉しそうにそう言った。当の勘九郎は、アラの桜木を抜き去って、シュートを放つが、これは惜しくも枠を外れてしまった。そして強烈なインパクトを残した攻撃に、チャンピオンズサイドは少々揉めている。


「おい、しっかり守れよ桜木」

「なんだ、梅津?お前の範囲だろ?」

「喧嘩すんなって」

「お前もだよ。松崎」

「なんだと、コラ」

「うるせえ、オラ」


“なんであんな仲悪りいのに、攻守ともにバッチリ連携とれてんだよ”

友助はこの3人の不思議な関係性に疑問を抱かずにはいられなかった。

暫く聞いていると、しびれを切らしたように林が会話に加わった。


「おい、外されたいのか?3人とも」

「い、いえ」

「そりゃねえっすよ、林さん」

「すません、ちゃんとやります」

“流石はボス。見事なマウンティングだな”


友助は先ほどまであれほどモメていた3人が、林の鶴の一声で難なくその場が収まったことに対して感服した。そしてこのことで引き締まったチャンピオンズは、林と桜木でディフェンスをかき回し、一段下げてフィクソの梅津が出した絶妙のクロスに対しピヴォの松崎がヘッドで合わせ鮮やかに先制点を彩った。これには林もご満悦だ。


「いいぞ、二人とも。この調子でガンガン行こうぜ!」

「はい、ありがとうございます」

「よっしゃ!俄然やる気になったぜ」


 バランサーズにとっては手痛い失点となったが、前年に比べ友助、勘九郎を要する今のチームにとっては、焦りを感じるほどのことではなくなっていた。そしてここで、昴と勘九郎はアイコンタクトで往年のスクリーンを試みる。勘九郎が、梅津と昴との間に体を入れ、フリーになった昴が、友助からボール受けてミドルシュートを放った。

ややドライブが掛かったそのシュートは、ゴレイロ森川の手に当たるが、そのまますり抜け、見事チャンピオンズゴールへと吸い込まれて行った。点が決まると、昴、友助、勘九郎の3人は一ヶ所に集まって喜びを爆発させる。


「流石だな勘九郎、まだ覚えてたとは」

「まあな。これは現役の時によくやってたからな」

「凄くやりやすかったですよ。初めてやったとは思えないくらい」


 このスクリーンは『エントラリーニャ』と呼ばれる体を使わないスクリーンのことで、ディフェンスの間に入ることで受け渡しミスを誘発するプレーである。この連携プレーの輝きは今後のバランサーズの活躍を予感させるものであった。


 そしてこの同点弾によって奮起したチャンピオンズが猛攻を仕掛けて来たのに対し、バランサーズはここでも冷静に対処できていた。強固なディフェンスを崩せずに業を煮やした梅津が、撃たされるような形で放ったシュートを蓮が危なげなく弾き返す。

零れ球を拾った友助が、ルーレットで即座に桜木を躱してフィードを出し、これを勘九郎が流し込んで得点とした。


確かな手応えを感じ取ったバランサーズの選手たちであったが、チャンピオンズは全く動じることなく林の個人技で強引にでもチャンスを演出する。放たれたシュートはゴールへと突き刺さり、あっさり2対2の同点とされてしまった。なんとも惜しい場面であるが、林のダブルタッチを前に、流石の勘九郎も不覚を取ってしまった。

 その後、試合は特に動くことなく前半を終えた。先程の興奮冷めやらぬままハーフタイムに入ったバランサーズは、保、昴、友助、勘九郎、蓮、瑞希、莉子、美奈が、それぞれの思いを吐露した。


「いいぞみんな同点なら上出来だ。チャンピオンズの不敗神話を塗り替えてやろう」

「そうだよね。俺たちここまでやって来れたんだ。絶対に勝とうぜ!」

「あと一息ですね。勝ってこれまでのチームの嫌な流れを断ち切りましょう!」

「練習の時から感じていたが、連携の取れたいいチームだ。これは行けるかもな」


「ぼ「いつもより安心して守れてますよ。盤石な体制ですね」

「いい感じで形になってるよね。このまま後半まで乗り切ろう!」

「前半2本多くシュートしてるよ!同点でも押してるのは断然ウチの方だよね」

「勝てない相手じゃないよね。今の私たちなら、なんか行ける気がする!」


 一方のチャンピオンズは和気藹々と話すバランサーズの選手たちに対し、一ヶ所に固まって終始、林が話すのを全員が一方的に聞いているという展開であった。


「これは生き残った者が勝ちの生存競争だ。抗うことはできない、何人たりともね」

「勝てるかどうかは運じゃない。これまでどれほど歯を食いしばって来たかだ」

「経験に勝る方が栄光を掴むんだ。俺たちには培ってきた確かな実績がある」

「戦争なんだ。殺す気で行くぞ。甘ったれてるヤツは今すぐピッチから去れ」


一見非効率にも思えるのだが、チャンピオンズはこの方式で、今期の静岡リーグの試合を『ただの一度も』落としたことはないのであった。

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