第31話 波乱のウズベキスタン戦
28日、日本代表はウズベキスタン代表との準々決勝の日を迎え、昨日の雨空とは打って変わって清々しい天気であり、嘘のような快晴であった。
スタメンは焔、金、林、港、硯と静岡代表で固めており、東海ベスト5と言っても過言ではない編成であった。見るとウズベキスタン代表が、それぞれ1メートルほどその場でジャンプしながらアップしていた。それを見ていた焔が、港に話し掛ける。
「どうでもいいけど、あっちのチームズボンの丈短くね?」
「あんなもんだろ」
「あんな高くジャンプしたら、なんかはみ出て来そうじゃね?」
「大丈夫だろ」
「それになんかオッサン多くね?」
「人は歳を取るものだろ」
「若いマネージャーに先越されて水飲まれちゃってね?」
「レディーファーストなんだろ」
「っていうか、全体的に雰囲気暗くね?」
「それは俺もだろ」
息が合っているのかいないのか。一抹の不安を抱ながらの試合開始となった。
3分後、日本代表側のスタンドで、マナーの良いファンを中心に熱心な応援が繰り広げている中ウズベキスタンボールでのキックオフとなり、キレのあるパス回しから、特徴的な陣形を組んできた。
ウズベキスタン代表の、この『クワトロ』はフィールドプレーヤーが横一線に並ぶシステムで、このゼロトップシステムはスペースの使い方が難しいため珍しく、他に使用しているチームはなかったのだが、彼らはこの攻めにも相当な自信があるようであった。そして、フェイントから抜け出した一人の選手をベンチから見ていた昴は、その動きに思わず目が釘づけになった。
“うわっ、ナイトメアじゃん。珍しい”
バティルのこの『ナイトメア』は、ボールに逆サイドの回転を掛け自らはディフェンスの反対側を通り、三日月のように躱(かわ)す技であった。
結構な難易度であり、成功させるには実力差が必要であったりと、相当に高度な技であるのだが、バティルはこの高等技術を難なく熟していた。
ここから繰り出される浮きあがるシュートは傍から見ている以上に軌道が読みにくく、あの硯が弾いて対応するほどのものであった。
このことでコーナーキックになることが多く、アラのナルクルが正確に蹴るセンタリングに合わせて、ヘディングで押し込むという戦略であった。
この『サリーダ・デ・バロン』は、ボールの出口を作ってピヴォをドフリーにする戦術であり、バティルは人差し指と親指でL字を作り、機関銃のようなポーズのパフォーマンスを見せた。
そこから何度か危ういシーンがあったものの、失点については問題なさそうであった。それよりも気になったのは、それほど危険でもないようなプレーでも、前半開始わずか8分でPKが5回も出ていることであり、これはかなり異様なことであった。それは恐らくある一人の審判の所以であり、この人物が矢鱈と笛を吹きまくっていた。
だが、両チームとも堅守のゴレイロを中心としたディフェンスで互いにゴールを割る気配がない。ここでいよいよ満を持してといった感じで、キャプテン林がフェイクを掛けてウズベキスタンゴールを脅かそうとする。
「おっしゃ、行くぜウズベキスタン!」
林のこの『ダブルタッチ』は両足で素早くボールを弾いて左右に振り、どちらかに抜き去るというもので、利き足に関わらず左右どちらにも抜けるためディフェンスが予測し難く、守り難いという技である。
林はアラのバティルを瞬時に抜き去りシュート放つが、ゴレイロのウルマスが弾いて跳ね返って来たボールをキープしている際に、後ろにいたナルクルにボールを取られてしまった。普段ならそんなミスを犯すようなことはなかったのだが、どうやら味方から出ている声が聞こえなかったようだ。
ウズベキスタンの観客はマナーは良いのだが、応援グッズとして鳴らしていたブブゼラがうるさく、日本代表はこの音で味方の声が聞こえず、何度かボールを奪われてしまっていた。
そして前半14分、そのナルクルの飛び出しに反応した焔が、少しやり過ぎかと思われるほどのスライディングをお見舞いしてしまった。これに対し、審判の目が光る。即座に歩み寄ると、高らかにレッドカードを掲げた。
「な、なに!?レッドカードだと」
焔は予想外の一発退場に動揺を禁じえなかった。実はこの審判は、レッドカード・アナコンダと呼ばれ、大げさな裁定や誤審が目立つ人物で選手たちから蛇蠍のように疎まれ畏怖されているのであった。
これには猿渡監督も納得が行かず抗議するが、審判団の裁定が覆ることはなかった。
ナルクルは顔にできた大きめの痣をさすりながら、自らの運の良さにほくそ笑んでいた。ここで日本代表のタイムアウト、キャプテンの林が皆に語り掛けて鼓舞する。
「沈むなよ!まだ前半、これからって時だろ?」
「今までだってトラブルなんていくらでもあったさ。俺たちなら乗り越えられる!」
「6月の選抜を思い出せよ!俺ら東海エイパースの底力を見せてやろうぜ!!」
こういった場面での林の言葉には、場を纏めてしまうような不思議な力があった。
彼の人望と求心力には監督の猿渡も大きな信頼を寄せており、林はこのメンバーだと実力的にレギュラーではないのだが、その熱意に満ちた『キャプテンシー』を買われ、主将としてチームを率いているのであった。
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