第26話 バレイヤージュ

それからテクニシャンズボールで後半が開始され、ここで港のパスミスかと思われるほどの高いパスに合わせピヴォの深津がオーバーヘッドでのシュートを放ってきた。

いきなりのテクニシャンズの奇襲に、バランサーズはかなり慌てたが、これはポスト上部に阻まれて失敗となった。


続いて味蕾のゴールスローで前線までボールが渡ると、昴は悔しさをぶつけるように1on1を仕掛け、本日2度目のふらふらフェイントで、左足から放ったシュートを綺麗に枠内に納めることができた。


「クソっ。なんで僕は毎回動けないんだ」

「重心が後ろにあるのが良くないよ。それだと後手にしか回れなくなる」

「えっ!?そ、そうなんですか?」


敵であるにも関わらずアドバイスして来た深津に、蓮は思わず戸惑ってしまった。

そしてテクニシャンズボールでの試合再開。これがテクニシャンズらしからぬ単調な攻めになってしまうとバランサーズがボールを奪取する。だが、酸堂が出したパスが浅倉のアフロヘッドで押し返され、早々にテクニシャンズボールとなってしまった。


そして、足早な展開から、水谷のかなりリード気味のセンタリングに合わせた浅倉の強烈なスライディングゴールで、テクニシャンズは辛くも同点に追いついて来た。

それを見た友助はあまりのサッカーセンスに舌を巻く。


“すげぇセンスだな。他のチームならエースになれてるかもしんねえってのに、敢えて黒子に徹して2番手で居るんだもんな。相当な曲者だよ”


テクニシャンズは個々の能力が高いこともあるが、それぞれのサッカーIQが高く、フォーメーションやスペースの使い方に対する理解度もまた高かった。試合再開しての後半11分、バランサーズの攻撃となり、体勢を崩しフラついた友助は走り込んできた浅倉と衝突し、軽い脳震盪のような形になってしまった。


「悪い、大丈夫か」

そう言って浅倉は敵チームであるにも関わらず友助を助け起こして肩を貸し、コートの外へと運んでくれた。友助は怪我こそしていなかったものの、大事をとって3分ほど休むことにした。その間友助はどこか人ごとのように試合を見ていた。


“肩トラップか!イカすな~”

“おおっ、魅せるね!又抜きシュート”

 次々と炸裂する華麗なテクニックを見せつけられ、友助は浅倉のファンになりそうなほどであった。ふと横に目をやると、莉子が一生懸命に声出しをしていた。


「マノン! (Man on、背負ってる、撃つな)」

「ディライ (遅らせて)、ビルドアップ(攻撃の組み立て)しっかりね」

「ターン! (振り向け、シュートOK)」

「ビハインド (得点で負けている状況)だからクイック(速く)でね」


“うるせえんだよ、横文字ばっか使いやがって。日本なんだよ、ここは”

大切なのは言葉ではなく概念。それを多く知っていることでマウントを取ろうとして偉ぶるのは生産性がなくてダサい友助はそう考えていた。


ここで、辛損と入れ替わりで出場した友助はルーレットでチャンスを作ってシュートを打ち込むも、これは明後日の方向に行ってしまい攻守逆転。


テクニシャンズはここぞとばかりにパスを回し、絶妙にスペースを創り出していた。そして、またしても苦氏が浅倉に対し遅れをとってしまう。

「過去を振り返らない人間はバカだ。そんなヤツに成長はない」


そう言って港が蹴りだしたパスを、浅倉がスルーパスで水谷まで通し、シュートまで持って行こうとした。テクニシャンズは、これまで港がコントロールしていたものを、さらに浅倉が裏回しとして二重にコントロールしているようにも見えた。


これに対して友助は苛立ちを消すことができず、普段やらないスライディングで水谷を削りに掛かり、ここでイエローカードが出てしまった。


「あ~あ。サスペンション(出場停止)くらっちゃったか――」

隣でこの言葉を聞いた美奈は、俄かに表情を曇らせたようだ。


そして、テクニシャンズは、PKでは常に港が蹴ることになっており、その卓越した技能による洗練されたシュートは、プロ顔負けの一級品であった。ここでのPK獲得はテクニシャンズとしては相当に運の良いものであり、大きなチャンスとなった。


 だがここで意表を突いて港が少し前に蹴りだしたボールを浅倉が強烈に蹴り込んで、これがゴール左隅に突き刺さった。味蕾はしっかり警戒していたものの、左利きの港が蹴ると右隅にボールが来るという先入観に飲まれ、あえなく失点を許してしまった。


 これは『チョン・ドン』と呼ばれるプレーで文字通りボールをチョンと蹴り出してドーンとシュートするプレーである。この衝撃の逆転シュートで前後半を通じて一度も優位に立てていなかったテクニシャンズが、初めてバランサーズの得点を上回った。


 手痛い失点であり、3対4の状況をひっくり返すことは容易ではなかった。そこから5分間、バランサーズは攻めに攻めたが、結局は惜しくも敗戦となってしまった。


 試合後ロッカーに戻ったバランサーズは完全に意気消沈の様子であった。昴は悔しさに起因する悲しみの感情が、大きな怒りへと変わってしまったようだ。蓮に詰め寄って思いの丈をぶつけてしまう。


「お前が足引っ張んなかったら、負けになんかにならなかったんだよ!!」

「なんてこと言うんだ、この大バカ野郎!!」保はあまりの暴言に苦言を呈した。

「だって勝負なんだし、勝たなきゃ意味ないじゃんかよ」


「俺たちは全員でチームだ、誰が欠けてもダメなんだ。それがチームってもんだろ」

「じゃあこの結果をどうするんだよ。今日勝ってたら全国行けたかもしんないのに」

「諦めるにはまだ早いぞ、あと2試合もあるんだ。ネバーギブアップだろ?」

 昴はその言葉を聞いて、何か思い詰めたように肩を震わせた。


「――そんなのは詭弁だね。その言葉だけは信用できねえ」

「これからのこともあるだろ?チームのことを考えてだな――」

「俺はチームのために言っただけなんだ!!」


 このやりとりを側で見ていた友助は、少々呆れたようにため息を吐いた。

「は~。もう面倒見切れねーよ。勝手なこと言うのもいい加減にしろ」

「あっ、ちょっと待てよ、友助!!」


怒り心頭に達した友助は鞄を手に取ると一人で歩き始め帰路に就いてしてしまった。蓮が責任を感じて追いかけて肩を引くも、怒りの矛を収めることができない友助はそのまま振り払って行ってしまった。これを見た保は流石に擁護しきれず昴を咎める。


「おい、どうすんだコレ。いくらなんでもこれは目に余るぞ」

「――。悪かったよ保さん、何とかする」

「何とかするったって、どうすんだよ?」


「とりあえず蓮に謝るよ。悪かったな、こんな言い方しかできなくて」

「いえ。実際、敗因は僕なんで。変わるべきは僕の方ですよ」


 その日から保が心配してメールで参加を促すも友助は欠席連絡を送って来るだけでその後の練習に顔を出すことはなかった。それからというものチームの練習には暗雲が立ち込めるようになり、蓮はいつもは控えめだった個人練を増やすようになった。昴はこれで罪滅ぼしになるとも思えなかったが蓮に話しかけて何か提案したようだ。


「この前は悪かった。付き合うよ、練習」

「いえ、昴さんの言う通りですよ。俺が不甲斐ないから、皆にこんな迷惑かけて」

「ちょっと足が遅いんだよな。背高いんだし、いっそゴレイロでもやってみたら?」


「いや、無理ですよ。唯でさえ鈍いのに直ぐにボールに反応して止めに行くなんて」

「やってみないと分かんねーって。保さんよく言ってんだろ、ものは試しだって」

昴はゴレイロに据えた蓮に向かって、10本のシュートを蹴り込んで行った。


「本気で蹴ってくださいよ。素人だからって見くびらないでください」

「いや、全力だよ。3球目から本気で蹴ってる」

「でも10本中9本止めてるんですよ?こんなに止められる筈ないじゃないですか」


「思ったんだがお前マジで才能あんじゃねーの?正直、味蕾より断然狙いにくいよ」

「そんなーー。信じられない、僕にそんな能力があったなんて――」

「まあ、よかったじゃねーか。これで蓮にも居場所ができたな」


“ホントは素直でいい人なんだな”

蓮は昴の本質について、少し理解できたような気がした。


 テクニシャンズとの激戦を終えた9月の暮れ、昴は一足先に家を出て美容院へ行った瑞希と合流するため、待ち合わせ場所にしていた公園で時間を潰していた。遊んでいる子供をぼんやり眺めていると、時間より少し早く瑞希が到着した。


「お、染めたの?いいじゃん、その色」

「ふふふ、そうでしょ。美奈と一緒に染めたの、結構気に入ってるんだから」

「凄い似合ってるよ。どこで染めたの?」

「吉野美容室だよ。莉子も誘ったんだけど、黒のままでいいんだって」


瑞希はもともと茶色くしていた髪色を染め直し、新たにグレーのモノトーンに染めて来ていた。それは元来移り気な昴の気を引きたい一心であり、彼に褒められた瑞希は、上機嫌となっていた。だが、商店街を暫く歩いていると、昴が不意に通りすがった女性に目をやってしまい、瑞希はそのことで一気に不満の色を露わにする。


「ねえ、見てよーー。私のこと見てよ!!」

実際、昴はもう他の女性と関係を持つようなことはなかった。だが、たまに目移りしてはよそ見をしてしまい、瑞希の怒りを買ってしまうのであった。


身体の関係を持っていない浮気の方が女性は嫌がるもので、目に見えない昴の心情に瑞希はいつもヤキモキしているのであった。瑞希の突然の怒りに、昴は驚いてしまったようだ。


「どうしたんだよ、急に」

「うるさい!!この浮気者!!」

「なんでだよ?そんなに怒らなくてもいいだろ。何かしたって訳でもないんだしさ」


「さっき通りすがりの人を見てたじゃない!!それって浮気でしょ!?私がせっかく髪染めたっていうのに、私に興味ないの!?」

「そんな訳ないじゃん。これくらい普通だよ。瑞希は神経質になり過ぎなんだって」

「そんなことない!!そんなこと言うならもういい、昴くんなんか知らない!!」


瑞希はそう言うと、昴を置いてスタスタと一人で歩いて行ってしまった。

 浮気は人によって、そのラインが違っているもので、他の異性とデートに行ったら、手を繋いだら、ハグやキスをしたり肉体関係を持ったらなど、その基準は様々である。


ただ一貫して共通しているのは、自分以外の異性に対して恋心を抱いてしまう所で、人間の性質上、常に恋人を独占したいと考えるものなのである。


 この頃の昴は瑞希からの信頼を著しく欠いた状態であり浮気のラインを極端に引き上げられていた。一見、理不尽に見える瑞希の要求ではあるが当人の立場からすれば当然のことなのである。昴にこの発言に対して共感し謝罪するだけの度量があれば、また違った結果になっていたのだろうが、まだ若い彼には難解すぎる要求であった。


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ここまで読んで頂いてありがとうございます。


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