第25話 静岡No1テクニシャン
本日9月14日は強豪、浜松テクニシャンズとの試合の日である。青のユニフォームが豪快な彼らは平和とセックスをこよなく愛し、ファールをせずにフェアプレーで試合を進めることで有名であった。
裕福な選手が多く練習後に食事会を開いてグルメを堪能したりもしていた。争いを好まず何なんでも仲良く公平に分け合い、キャプテンでなくマネージャーが仕切って練習するところが珍しかった。
今日は秋になり寒くなったということで、アップでおしくらまんじゅうをしていた。キャプテンである港 光は太っている選手が多いこのチームでは珍しくやせ型であり、トレードマークであるセンターパートの髪型がお気に入りであった。
試合前、フィクソの港と、その腰巾着でアラの水谷とが会話をしていた。
「もうダメかもしれん。絶望だ」
「港さん、まだ試合始まってないっす」
「不吉だ、何か良くないことが起りそうな気がする」
「今日の占い一位だったじゃないっすか。どんだけネガティブなんすか」
港は実力は確かなのだが神経質な性格が災いし、常に後ろ向きな思考回路であった。だが、それは悪いことばかりではなく、そのことで最悪を想定し、それに対する対処のお陰でほぼ完璧と言えるテクニシャンズのディフェンスが実現できていた。
それから8分経って試合開始。バランサーズボールでのプレイオンで、まずは力量を確かめようと小手調べに保が強烈なミドルをお見舞いした。これはコースはよかったのだがゴレイロの海府の気合いのパンチングによって前線へと送られてしまった。
一転して攻守が切り替わると対するテクニシャンズはじっくりと展開を作りながら好機を伺い、エースの港がかなり遠い位置であるにも関わらずシュートを放って来た。
これは惜しくも味蕾に阻まれゴールラインを割ることはなかったが、気を抜けばそのまま入ってしまいそうなことは誰の目にも明らかであった。
そして、バランサーズのオフェンスとなり、スルスルとパスを回して、前衛の昴までボールが渡った。一見危ない展開であるようにも見えるが、テクニシャンズの選手たちは、慌てるどころか余裕な面持ちであった。
「は~あ」
「は~あ」
「は~あ」
“なんだよこの人ら。やる気あんのか?”
やまびこのように伝染するテクニシャンズの欠伸を見て、友助から見るとその実力とは裏腹にどこか気の抜けた人たちのように感じられた。
「俺のテクでピッチに虹を描いて見せるぜ」
刹那、港が即座に体勢を整えフェイントを出してきた。港のこの『クライフターン』はボールを片方の足の後ろを通すことによって惑わせてディフェンスを躱(かわ)す技であり、作者がぶっちゃけ一番使えると思っているフェイントである。
この突破で昴は不覚にも完璧に振り切られる形となり、どフリーの状態でシュートを撃たれてしまった。シュートは惜しくも味蕾にキャッチされてしまったが、選手全員が冷っとした一幕であった。
“惜しいな、港さん。あともうちょっとパワーがあれば、点取り屋になれるのに”
この華麗なシュートに友助は敵ながら天晴であると感じた。一方の港は、自分の技で会場を湧かせたとあって非常にに上機嫌であった。
「ふっ、どうだ凄いだろ?君にこれが真似できるかな?」
「多分できないっすね。けど、俺には俺のやり方がある」
そう言うと昴はアラの位置から見せつけるようにフェイントを出し、完全に港を躱してシュートを撃ちこんだ。これが息を呑むほど綺麗に決まり、鮮やかに先制点を飾った。ここで1対0と勝ち越しに成功する。
「くっ」
流石の港も初めて見る昴の『ふらふらフェイント』には面食らったようだ。転がったボールを拾いながら苦い顔をすると、ゴレイロの海府が気を遣って声を掛ける。
「ドンマイ、港さん!気落ちせずに行こうぜ」
案の定気を落として交代ゾーンへと歩を進めていた港は、その言葉に勇気づけられ、なんとかピッチに残ることができたようだ。
“昴さん、今日は乗ってるな。積極的にパス出しして行くか――”
友助はそう思い、再びバランサーズの攻撃に切り替わったところ、昴に目配せして少し変わり種のスクリーンを仕掛けた。この『エイト』は8の字を描くようにして旋回し、ディフェンスを翻弄するフォーメーションで、流れの中でのシュートは勢いが出るため、ゴレイロにとってやっかいなプレーとなる。
昴が放ったシュートは弾丸のようにテクニシャンズゴールを脅かそうとするが、これは辛うじてゴレイロの海府が弾くことに成功した。バランサーズはすぐさま体勢を整え、セットプレーへと移行する。
そして友助が出したフィードに昴が合わせ、本日2点目のゴールを決めた。コーナーからのゴロを綺麗に押し込んでのゴールは、見事と言う他なく、バランサーズは友助の加入から雰囲気もより明るいものになって良いリズムができており、いわゆる勝ちグセがついているようであった。更にこの時の昴は完全に『ブレイクスルー』したといえる状態で、これは度重なる経験により自分の限界を超えた能力を発揮することを指す。
2点差となり、かなり焦りが出たのだろう。テクニシャンズは試合再開後に積極的にゴールを狙って来た。そして、大切に繋いだボールを港のフィードで前線に通した所、水谷のシュートからピヴォの深津がキッチリといい仕事をした。ディフェンスが弾いたボールを押し込んだ形で、テクニシャンズとしては珍しい押せ押せの攻めであった。
バランサーズボールからの試合再開でオフェンスを展開するが、これはディフェンスがセットできていたため決定的なチャンスを創生することができず、何もできないままシュートを撃たされる形で終わった。テクニシャンズサイドの攻めとなり、カウンターを仕掛けるかと思われたが、港は前線まで積極的には上がって来なかった。
彼はいわゆる『ボランチ』と呼ばれるタイプの選手であり、これはディフェンス専門のミッドフィルダーのことで、オフェンスに殆ど参加しないプレーヤーのことを指す。決してその能力が低いわけではなく、ディフェンスを引っ張り、相手のボールロストを誘発するだけの実力を持った責任あるポジションなのである。
そしてテクニシャンズは変化のあるパスでスピンを掛けながらボールを回し、目まぐるしい速さでスペースを創出して来た。そうしてできた空白にアラの浅倉が飛び出し、港の絶妙なリードパスをパスを受けながらバランサーズゴールへと迫って来た。
マークマンの苦氏が慌てて追いかけた所、浅倉は予想以上に足が速く、危ない位置でシュートまで持って行かれそうになった。そこでフォローに行った昴の脚が掛かって、浅倉が倒れ込んでPKとなってしまった。
少し遠いものの角度は広く保たれており、十分にゴールを狙える位置であった。一息吐いて丁寧にボールを置いた港の左足から放たれたシュートは、鋭いカーブを描いて
バランサーズゴールに突き刺さった。それを見て思わず蓮が感嘆の声を上げる。
「うわ~スゲェ。ファンタジスタだな」
「なに感心してんだ。今のはお前がケアしてたら止められたかもしれないんだぞ。港は県内でも有数のディフェンスの名手だが、オフェンスも県内で5本の指に入る程の選手なんだ。昴の負担を少しでも軽くしてやれよ」
「そうですよね、すません。昴さん」
「いいよ。お前には、はなから期待してねえし」
「うっ――」
「そんな言い方ないだろ。少しは蓮のことも考えろ」
「はいはい」
それからバランサーズは力強く攻め続けたのだが、攻撃がどうも噛み合わなかった。テクニシャンズはと言うと、『ヘドンド』と呼ばれる旋回の意があるローテーションでパスを回してゴールをプレーでボールを回し、バランサーズを翻弄してきた。
「蓮、遅いよ。今の出せただろ。持ち過ぎだよ」
「うっ――すません」
「それと、俺にもっと集めてくれ。そうでないと点にならないだろ」
「はい、そうします――」
昴の威圧的な態度に、蓮は気持ちもプレーも委縮してしまっているようであった。
友助が、この頃とくに感じていたことであるが、バランサーズは全体的に詰めが甘い傾向にあり、折角の得点の機を逸していることが多々あった。だがそれは昴、友助、保など主軸となるプレーヤーたちが伸び伸びプレーしている反面、蓮、味蕾を始めとする若手の選手たちがどこかミスを怖れ、やり難さを感じているからであった。
去年まで昴頼みのチームではあったが、決して暴君のように振る舞うことはなかった。それは他の選手への要求レベルに対して上手く妥協出来ていたからであり、本来は昴も楽しんでプレーすることが嫌いなわけではなかった。
だが同じくらい高いレベルの友助の加入によって、勝ちたいという思いが大きくなってしまい、そのことで周りへの不満というものを持ち始めてしまったのである。昴の感情に引っ張られるようにして、チーム全体のイライラが募っているようにも見えた。対照的に女の子達は冷静そのもので瑞希、莉子、美奈が敵チームを分析していた。
「凄い統率力。レアルマドリードみたい」
「テクニシャンズはリトリートサッカーだからね。まあ、妥当な選択よね」
「ねえ、リトリートって何?」
「ああ、ディフェンスには主に2種類の戦略があって、ランナーズがやってたような
攻撃的な守備を『ハイプレス』、ブロッカーズがやってたような陣形をしっかり整えてから行う守備を『リトリート』っていうの」
「へ~流石は莉子ちゃん!博識だね」
「そうでしょ!覚えるのは得意なんだから」
莉子は普段は少し暗い時があるのだが、美奈にこう言われるとパッと顔が明るくなるのであった。それからハーフタイムに入り、業を煮やした昴は、歯痒い思いを吐露するため蓮にキツく当たってしまう。
「お前ハッキリ言って足手まといなんだよ。足引っ張るんならピッチから出てくれ」
「なんてこと言うんだ。俺達のコンセプトを忘れたのか?」昴の暴言を保が諫める。
「ピッチに立ったら実力が全てだろ?試合に出してやってんだから、当然だよ」
それを聞いて友助は、遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。
「出してやってるってなんだよ――」
「あ、なんだと?」いきなりのため口に、昴は少し怯みそうになるも威圧する。
「一人でサッカーやってんなよ、アンタだけのチームじゃねえんだよ!!」
「やめろ、試合中だぞ」ヒートアップする二人にすかさず保が止めに入る。
「やめねーよ、このクソ野郎をぶん殴って正気に戻してやんだ」
そう言って友助は、さらに昴に詰め寄った。
「どうしたんだ友助、お前らしくないだろ」突然の怒りに、保は少々困惑気味だ。
「蓮の気持ちが分かってないんだ!傲りがあるんだよ、今のこの人は」
それを聞いた昴は、友助の言葉に納得が行っていないようだ。
「上手いヤツが出て活躍する。それがスポーツだろ?何の問題があるってんだよ!」
「確かにアンタは上手いよ。けど、もうアンタとはサッカーやりたくなくなったよ」
「なんでだよ。お前とはあんなに上手くコンビプレーできてるだろ?」
「そういう問題じゃない。自分本位なんだよ、人間には感情ってもんがあるんだ!」
「そんなの気にして何になるんだよ。勝負事だろ?勝てばいいだけじゃねえか」
「違う、そうじゃない!だいたいアンタはいつもチームの輪を乱しちまうんだ。エースが引っ張らないといけないのは分かるよ。けどもう少し周りの力を借りるとか頼るとか、そういうプレーができるようになってくれよ。どーにも気にくわねえんだ。主張が強いのはいいことだと思うよ。けど、俺たちバランサーズはそういうチームじゃねえんだよ。蓮の気持ちを考えろよ!!」
「――」
失礼な部分もあったかもしれないが、昴はこの友助の正論に何も言い返すことができないのであった。
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