第16話 炎のスコアラー

第3戦の強豪、焼津スコアラーズとの対戦を前に、昴から紹介があって、いよいよ正式に友助がチームに加わることとなった。

「今日からこちらでお世話になります、本郷 友助です。今年24歳で、ポジションはアラ。先日の練習試合で対戦しているので知ってる人が殆どだと思いますが、よろしくお願いします」


「それじゃ一通り名前とポジションと、あと一言だけ言っとくか。知ってると思うが、キャプテンの福祖 保だ。ポジションはフィクソ。趣味は植物のタネ集め」

「室井 昴、ポジションはピヴォ。プロフィールはイヌロフで言った通りね」

「ぼ「後藤 蓮です。ポジションはアラ。今年3年目です」


それから一通り皆が自己紹介を終えたところで、保が話を閉めに掛かる。

「それじゃ最後に目標を言ってもらおうか」

「はい。今年の目標は、怪我をしないことです」

友助の話が終わった後、蓮が保に話し掛ける。


「なんかやる気ない感じでしたね。怪我をしないなんて偉く消極的な目標ですし」

「バーカ。ああいうヤツは裏を返せばもう目標にするようなことがないってことなんだよ。上手い奴ほどあれを言うんだ。よく覚えとけよ」

「ふ~ん。そういうもんなんですね」


保の言葉に蓮は納得したようだった。一方、友助は昴に改めて挨拶していた。

「昴さん、なんだか新鮮な感じですよ。今日からよろしくお願いします!」

「ああ、そうだな。嬉しいよ、俺が居るからってバランサーズを選んでくれて」

「兄貴に一生ついて行くって、約束しましたからね。それより残念です。次の試合、一緒に出られなくて」


「ん?出るよ、次の試合」

「え、出ないんですか?選抜」

「ああ、打診はしてもらったんだけどさ。なんか気乗りしなくて――」


「そんな理由で出ないんですか?俺は転居したから仕方なかったですけど、それじゃ勿体ないような――」

「いいんだよ。望めば来年も出られるんだし、いくらでもチャンスはあるんだから」

「――そうですか」


その後アップが終わると、保が友助を連れて練習場を案内して回った。サッカーを長年続けているとはいえ、他所のグランドは勝手が違うものであった。見るとコートの脇でひたすらボールを蹴っている人物が居た。それを見て友助が保に話し掛ける。


「あの人って選手なんですよね?」

「ああ、中か。足が悪いんだが技術は確かでよ。ちょくちょく練習に参加してんだ。言いたい事は分かるよ。けど、『落ちこぼれを作らない』がこのチームのスローガンなんだ」


「へえ~そうなんですね。それはいいスローガンだ――」

“走れないんじゃ、試合に出られないんじゃねーの?参加してる意味あんのかな?”

そうは思ったが、新入りであるため、この意見は胸の内に秘めておくことにした。それからパス練とキープ練が終わり、保が何やら新しい練習を始めようとしている。


「おい、ニワトレ行くぞ!!」

「「おー!!」」

「「おんどりめんどりにわとりー」」

「「おんどりめんどりにわとりー」」


「なんですかコレ」友助は入部早々、奇妙な練習を見て少々不安になったようだ。

「何って、伝統のシュート練習だよ。前に居た鳥居さんが唯一残していった」

このニワトレは転がってきたボールを蹴ってゴールに叩き込むというもので、にわとりーの部分で勢いよく蹴り込むという練習法であった。


「正直コレ、やりたくないんすけど――」

「何言ってんだ。変に見えるけどな、タイミングを掴むにはこれが一番いいんだよ」

「う~ん。じゃあ、やってみます」

そして友助は、飛んでくるボールを見極めてタイミング良くシュートを打ち込んだ。

「おんどりめんどりにわとりー」

「声が小さいぞ。恥ずかしがんなよ」

「はい!保さんコレやってみると結構いいですね。実際タイミング取りやすいですし」

「そうだろ?なんでも馬鹿にせずにやってみるもんなんだよ。やってみたら意外と嵌ったりするんもんなんだ。食わず嫌いっつってな。食べもせずに味なんか分かるかよ」


保は自信を持ってそう言った。練習後、思い立ったように蓮が友助に話し掛ける。

「ねえ、友助くんって1978年生まれ?」

「そうですよ、後藤さん?でしたっけ。後藤さんはおいくつなんですか?」

「僕も1978年生まれなんだ。今年24歳」


「そうか!それなら同い年じゃん!よかった~。正直、歳上ばっかで不安だったんだよね。昴さんを頼りにこのチームに決めたからさ~」

 日本人は、自分以下の年齢の人物には、多少横柄でもよいと考える人が少なからず居るため、同い年と分かると安心する傾向がある。


「そうそう。だから僕なら話しやすいかなと思って」

「ありがとう、助かるよ。後でアドレス教えといてよ。困ったら連絡するし」

「いいよ。もう今日からチームメイトだもんね」

「そうだよね。ワールドカップ見ただろ?凄かったよな、ロナウジーニョ。マジかっこいいよ。いつかフットサルやったりしないかな。まあ、それはないか」


 ロナウジーニョはサッカー選手を引退した後、一時フットサルをやって無双するようになるのだが、この時の状況からは想像もつかないことであった。ふと見ると皆が個人練をしており、中が味蕾に向かって一生懸命にシュートを撃ち込んでいた。


「キーパーなんてつまんねえよな。ただ突っ立ってるだけで誰でもできるんだしさ」

「そんなことないよ。キーパーはヨーロッパでは人気のポジションなんだ。守ることの大切さは日本人には理解され辛いんだよ。太ってる子が嫌々やらされるなんてのは間違ってると思うんだ」


「ふ~ん。そういうもんなのかねー」

 友助はさほど納得は行っていないようだが、話を合わせるようにそう言った。

「なあ、あの中って人、参加してる意味あんのかな?あんな足悪い状態でさ。やってて楽しいのかな?」


「ハンデのない人間なんていないよ。みんな何か抱えて、それでも必死で生きてるんだ。それを乗り越えた時、初めて本当の自分と向き合えるんだよ」

「ふ~ん。ホントの自分ね~」


後に激しく後悔するこの一言を、友助は何気なく発してしまっていた。この時の情けない自分への忸怩たる思いを、あの後友助はなかなか払拭できないのであった。



7月20日、今日は強豪、焼津スコアラーズとの試合の日である。赤のユニフォームが鮮烈なスコアラーズは、オフェンス重視でイケイケ。超攻撃的なチームである。だがただ闇雲に攻めるわけではなく、あまり動かずに頭脳を用いてプレーし、熱中症対策のために涼しい午前中に練習するなど知的な面もあるチームだ。


キャプテンの焔(ほむら) 寿(じゅ)太郎(たろう)は去年、一昨年の得点王であり、前キャプテンである熱気がいた頃は大人しかったが、彼の引退後にキャプテンとなった後ではデカい顔をするようになり、長く伸ばした髪の毛を編み込んでドレッドヘアーにしていた。


そしてこの焔は、静岡県内に現在5人いる日本代表のうちの一人でもあった。

試合前、友助が保にこのチームの概況を尋ねる。

「スコアラーズってどんなチームなんですか?」

「完全にオフェンス主体のチームだな。イケイケで後先考えない。そんな感じだ」

「それってただ無謀なだけですよね。投げやりなだけじゃないですか」


「ははは、まあそう言えばそうなのかもな。あいつらにディフェンスなんて概念はない。『攻撃は最大の防御』それがあのチームのコンセプトだ」

「へ~。なんか面白そうだな。点の取り合いになりそうですね」

「ああ、強敵だからな。頼んだぞ、初戦だからって新人扱いはしないからな」

「もちろんです。大船に乗った気でいて下さい」

 友助は信頼を得るため、何か任された際には強気に振る舞うようにしているようだ。


 5分後、スコアラーズボールでの前半開始1分、アラ焼野からのフィードに、同じくアラの燃木が合わせ、いきなり得点を挙げてきた。鮮烈な先制点にスコアラーズの選手たちが大いに沸き立つ。そして0対1での試合再開、バランサーズは速い展開から辛損のシュート。これがクロスバーを叩き、零れ球に友助が詰め寄るが焼野の壁に阻まれてゴレイロの炎田にボールが渡ってしまった。


スコアラーズが速攻を仕掛ける形となり攻守逆転。スコアラーズはパス回しが速く、誰もが一瞬シュートかと勘違いするほどであった。これは『ティキ・タカ』と呼ばれ、速いパス回しで展開して相手を翻弄する連携である。燃木からのガンショ(浮き球)を、焔は肩でのトラップを挟み強烈なミドルシュートを放った。これは惜しくも外れたが、強烈なシュートに、バランサーズの選手たちは思わず冷っとするのであった。


“バイタルエリアからの攻撃が多いな。どのシュートも要注意だ”

『バイタルエリア』とは、得点に直結することが多い場所のことで、スコアラーズはこのエリアからのシュートが多く、意図的にその範囲内から撃ってきていた。


その後、昴と友助で『エル』のスクリーンでのオフェンスから1点を返し、1対1で同点とした。これは文字どおりエル字に展開しての攻めで、アラから出したボールを

ピヴォがサイドで受け、リターンパスをもらったアラがシュートするというものだ。


バランサーズに一点を返され、形勢同態となるも、スコアラーズの面々は全く辛そうにはしていなかった。それは彼らが常にポジティブであり、試合展開を前向きに捉えることができていたからである。


スコアラーズは、またしても速いパスで回し、エース焔へとボールを渡した。そして焔はフェイントを加え、瞬く間に右へ進み、流れながらのシュートで1点をもぎ取った。


焔のこの『ペダラータ』は、ボールの上を素早く足で跨いで、最後に左右どちらかにタップすることで躱(かわ)すフェイントである。シザースとも呼ばれ元ブラジル代表で02年WC日韓大会を制した、あのロナウドも使用していた技である。


 これには、側で見ていた瑞希、莉子、美奈の3人も驚いていた。

「凄い得点力。FCバルセロナみたい」

「スコアラーズはポゼッションサッカーだからね。本当イケイケよね」

「ねえ、ポゼッションサッカーって何?」


「ああ、オフェンスには2種類のタイプがあって、フェインターズがやってたような、パスワーク型の『ポゼッションサッカー』とブレイカーズがやってたようなカウンター型の『リアクションサッカー』があるの」

「へ~流石は莉子ちゃん!物知りだね」

「そうでしょ。こういうのは知っとくと便利なんだから!」


 莉子はこういう話をすると、決まって得意げにこう言うのであった。バランサーズは不安を抱えながらの応戦となったが、保の撃った慣れないミドルが意外にもあっさりと入ってしまった。一同拍子抜けするも昴、友助と価値ある同点ゴールに湧いた。


「ナイッシュー、保さん」

「ほんと助かります。頼りになりますよ」

「まあ、そう慌てんな。大したことねえよ。攻撃は強烈だが、ディフェンスは案外ザルかもしんねえな。積極的にゴール狙って行こうぜ」


「そうだよね、俺らも負けてらんないな」

 そして両チーム均衡を保ったまま前半が終わり、ハーフタイムへと突入した。

スコアラーズは燃木、焔、焼野がチームを盛り立てる。


「まだまだ俺たちこんなもんじゃねーだろ?気合い入れろよな」

「その通りだ。俺らの焼津魂を見せてやろうぜ!!」

「流石は焱(ほのお)の人。説得力ありますね」

「だろ?後ろなんて振り返るな、前進あるのみ。それが俺たちスコアラーズだ!!」

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