第17話 鳥居襲来!!

 後半に入り、バランサーズボールでの後半開始。すぐ展開を作っていくのだが、大事に繋いだボールを甘利が燃木のプレッシャーに負けてロストし、スコアラーズボールとなってしまった。バランサーズは友助のところは機能しているのだが、もう一人のアラの所がどうしても穴になり、オフェンスが嵌らないことがあるのであった。


 それから、スコアラーズボールとなったところで受け渡しミスが発生し、友助が軽く押したものがファールとなり、PKを与えることとなってしまった。味蕾は焔のミドルを警戒していたが、代わりに燃木が蹴り込んだ。


味蕾が辛うじて弾き返すと、零れ球を火野、焼野が連続してシュートまで持ってくる。スコアラーズは後半、攻めの一手で大量得点を取る算段なのであろう。ここぞとばかりにゴールを狙ってきた。


最後のシュートを味蕾が弾き、コーナーキックとなったものを焼野のセンタリングから焔のシュートが炸裂するが、これは左足で撃ったため、精度がいまいちだったのかクロスバーを掠めて終わった。


 後半6分、バランサーズは冷静にオフェンスを組み立て1分半ほどボール回しを行い、友助が出したパスを、塩皮がスルーパスでオシャレに流し、昴が左足で丁寧に狙ってシュートを決めた。保が駆け寄って嬉しそうに二人に声を掛ける。


「いいじゃねえか。翼くんと岬くんばりのゴールデンコンビだったな」

「そうかもね。ずっと相方がいなかったから、これで結構楽になったよ」

「相方だなんて嬉しいですね。お役に立てて光栄です」


 友助はちょっと照れながらも悪い気はしていないようであった。だが、それに対しスコアラーズも負けてはいない。少し欲を出して前線まで上がって味蕾がシュート撃ったが外したところを燃木が見透かしたようにロングループで射貫き3対3とした。


 それから、バランサーズボールでの再開から苦氏のシュートが空を切り、炎田が燃木へと回し、走り込んだ焼野が渾身の力で撃ったシュートを味蕾が辛うじて止め、前衛へとロングスローを出したのを火野が目ざとくカット。


素早く前線へとショートパスを繋ぎ、焼野のシュートがバーに弾かれたのを焔が体勢を大きく傾けながらも至近距離からアウトサイドキックでのシュートを決めてネットを揺らした。この得点で3対4となり、押しつ押されつのシーソーゲームとなった。


逆転を許し本来なら焦りが見え始める所だが、バランサーズ側も得点が取れる自信があるため、さほど慌ててはいなかった。バランサーズボールでの試合再開。

酸堂からパスを受けた友助は右足でボールを止め、少しの余裕を見せた。


“そろそろいいかな”


後半10分を過ぎたところで友助は焼野をルーレットで急速に躱し、飛び出してきた炎田を尻目に、そのまま緩徐にループシュートを決めた。あと一歩の所まで詰め寄っていた炎田は悔しそうに腕を縦に振った。この試合での活躍に友助のスコアラーズからの評価はかなり高いものになった。


 バランサーズは友助の加入で、一気に戦力がアップしていた。もうその辺のチームでバランサーズを脅かす所はそうはないだろう。そう思われるほどのチーム力であった。試合が再開されスコアラーズがオフェンスに失敗し友助にボールが渡ると、ゴレイロの炎田が大きく声を張る。


「8番、チェック厳しく!ソイツに撃たすな!」

“すげえ響く声だな。コートの端から端まで。これならディフェンスも安心だ”

友助はプレッシャーを警戒して保までパスを回し、そこから昴へとパスを送ったが、これは呼吸が合わず、フィクソの火野に阻まれてしまった。


「そんな弾いてんじゃねーよ、このタコ助が!!」

ゴレイロの炎田は、腕は確かなのだが口が悪いところが玉に瑕であり、対する火野は髪の毛をワックスでガチガチに逆立たせているわりに気が小さく、普段からこの炎田のお𠮟りに怯えているのであった。


 バランサーズが攻めあぐねてボールロストすると、スコアラーズはここぞとばかりに『サイ』と呼ばれる攻めに転じた。これはピヴォとアラが入れ替わるフォーメーションで、得点力のある焔を左右のアラの位置に据えて得点する算段であった。


だが如何せん他の選手がショットを撃つこと自体が少ないため、焔を強めにケアしておけば防げるという欠点もあった。焔のオフェンス力、得点力にはやはり特筆すべき点があり、このキツいマークの中でも果敢に攻めまくっているのであった。


残り時間7分のところで、友助が出した絶妙のタイミングのパスを、昴がアラの位置まで下がって受けて火野を躱し、左足で優雅に炎田の脇を通した。これで5対4と勝ち越しに成功し、昴と友助の連携で今日の試合はバランサーズの得点が爆ぜた。


 スコアラーズは、この得点でゴレイロとして登録していた、フィールドプレイヤーの焦(あせ)裏(り)を投入してきた。そして、試合再開後にオフェンスとして加わるパワープレーへと切り替えて来た。バランサーズにとって後半残り5分でのスコアラーズのパワープレーは相当にしんどいものがあった。


この『パワープレー』とは試合時間が少なくなった際に、得点で負けているチームのゴレイロが前線まで上がってフィールダーとしてプレーするスタイルで、散り際の猛攻という感じの攻めである。


 残り時間をフルに使ってパスを回し、スコアラーズが最後にボールを託したのは、やはりエース焔であった。彼は保をペダラータで難なく躱し、スペースに躍り出たが、それを見越していた友助がスライドしてプレッシャーを掛けた。


焔は果敢に間隙を縫ってシュートを放ったが辛くも外れ、これはクロスバーに強烈に当たって、天井まで達するほどであった。ボールが落下すると同時に審判が笛を吹いて試合終了。バランサーズにとって価値ある一勝となった。

 試合後選手たちが勝利を喜ぶ反面、莉子は以前の事がまだ気になっていたようだ。


「莉子、やっぱりその彼、あんまりいい人じゃないんじゃない?」

「うんーー、ちょっと暴力とかもあってーー」

「え!?それってマズいんじゃない?大丈夫なの?」

「いいの。彼は間違ってないし、私が悪いから」


「莉子はそれでいいの?」

「けど、彼のことは大好きだし。私、もうどうしたらいいのか分かんないよ」

「距離を置くとか、誰かに間に入ってもらうとか、その方が莉子の為だと思うよ」

「好きだから一緒に居たいって、そんなに悪いことなのかな?」


「いっそのこと別れて、酒に流して忘れちゃえばいいんじゃない?」

「そんな簡単に割り切れないよ」

「ごめん、そうだよね。私、別れたことないから想像力足りてないな」

「好きになってはいけない人に限って、そうなったりするもんなのよねー」


「ねえ、美奈ちゃんに聞いてみたら?あの子ならいいアドバイスくれるかもよ?」

「ええ~。あの子はちょっとなぁ。なんか若干頭弱い感じするし~」

「う~ん。そんなことはないんだけどな~」

「そう?バカっぽいじゃん。あの子」


それから莉子は事の顛末を美奈に話してみた。

「う~ん、そうだなぁ」

「ごめん、美奈ちゃんにはちょっと難しかったかな」


「今後の人生の中で今日が一番若いんだから、別れてみるのもアリかもよ」

「ええっ!?」

意に反して美奈が鋭いセリフを口にしたので、莉子はかなり戸惑ってしまった。


「そ、そうね。考えてみるわ」

「うん!その方がいいと思うよ」

美奈は満面の笑みでそう言った。



スコアラーズとの熱戦を終えた7月終盤、バランサーズは次節へ向けて更なるベースアップを計るため、練習に余念がなかった。皆で暫く練習を続けていると、一人の恰幅のいい男性がピッチに入って来た。


「お~、やっとるか~」

「うわっ、どうしたんですか鳥居さん」

急遽やって来たその男性を見て、思わず保は驚いてしまった。


「いや~現役を引退したら急に太っちゃってさ。まいったよ~」

これは『バーンアウト』と呼ばれる現象であり、現役生活で掛かっていたストレスが一気にハジけてしまうことで生活リズムが狂ったり、暴飲防食に走ってしまったりすることで急激に体重が増加してしまうものである。


対処法としては他にストレス発散できる方法を見つけることや、太り難いものを食べることが有効であると言える。鳥居は現役時代は俊足で体力もあり、筋肉質で成人男性の平均的な体型と言って差し支えなかった。だが、スポーツ選手というのは、普段から過剰なストレスが掛かるものであり鳥居もまたその例外ではなかったのだろう。


「鳥居さん!久しぶりですね。引退してから全然来てくれないんだから」

そう言った昴は久方の再会に喜んでいるようだった。

「仕事が忙しくてな。忘れてたわけじゃないいんだぞ」


「それは分かってますよ!鳥居さん、今すっごい楽しそうですもん」すっごく

「まあ、ここは庭だからな。懐かしいんだよ」

 それを聞いた保は、気合いを入れて皆に号令を掛ける。


「お~し、気合入れて行くぞ!!」

「「お~!!」」


「「おんどりめんどりにわとりー」」

「「おんどりめんどりにわとりー」」

「はっはっは。楽しくなって来たな!どれいっちょ練習見てやるか」


 そう言った鳥居は、練習と同時に指導を行う『シンクロコーチング』と、止めて指導する『フリーズドコーチング』を巧みに使い分けていた。それから練習を終えた皆は、懐かしさも相まって鳥居と一緒に居酒屋へ飲みに行くことにした。鳥居は、昴、友助、保と席に着くと、出て来た料理を頬張りながら恍惚の表情を浮かべた。


「旨す!旨すなーコレ」

「出た、鳥居さんの旨す!」

「好きだったんだよ、この味。ほら保にも一本やるよ」


「ああ、ありがとうございます。うん、美味い!いや~本当、昔に還ったみたいだ。胸刺とやり合ってた頃を思い出すな~」


 耳慣れない名前を聞いた友助は、気になって聞いてみることにした。

「保さん、胸刺さんって誰ですか?」

「ああ。昔、熱海ギガンテクスってチームがあってよ、そこの選手だよ」

「あったって、もうないんですか?そのチーム」


「――解散しちまったんだ」

「解散?なんでまたそんなーー」

「わりに嫌な話でな。立川アルバトロスの躾って奴がいて、ソイツの所為でなーー」


 するとここで言い難そうにそう言った保の話を、鳥居が遮るようにして制した。

「その話はやめようで。もう過ぎたことだ」

「そうだよ保さん。友助も余計なこと言うなよな」

「え!?あ、はい。――すみません、知らなかったもんで」


 そう言った友助は少し納得が行かなかったが、場を収めるために、謝罪の言葉を口にした。この日はここでお開きとなり、鳥居との別れを惜しみながらも、バランサーズの選手たちはそれぞれの帰路についた。



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ここまで読んで頂いてありがとうございます。


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