第8話 決着

『ジョフレアッパー』

明が繰り出し、与那嶺の顎に1cm鋭く当たったアッパーは、『黄金のバンタム』エデル・ジョフレのアッパーに、その型が酷似していた。しかし、大きな虫を切り裂くような一撃が、明の左頬に突き刺さった。


“野郎、意識がねぇのに打って来やがったな”

倒れ際に出された与那嶺の『スージーQ』を食らい、首が捩じ切れそうになりながらも、なんとか体勢を保った。この技は『あの』ロッキー・マルシアーノも使ったという、高性能爆弾と言われることもあるフックである。


人が膝をついて崩れ落ちる姿を、明は初めて目の当たりにした。不良時代はただ単純に殴り合うだけの世界に居た。相手を殴り倒しても、崩れ落ちるような鋭さを持ったパンチを食らわすことはなかった。唐突に感じる武者震い。


“俺は強くなった”

もう学校をふけて煙草を吸い、弱いものを痛ぶっていた頃の自分とは違う。本当の強さを。男としての逞(たくま)しさを身に着けることができた。この時、明は遅まきながら初めて五十嵐に感謝した。


1、2、3、4――審判がカウントを始める。

“まさか起きては来ないだろう”明はそう思った。

7、8――9カウントまで行った時、与那嶺は苦しそうに身体を持ち上げた。審判の確認に顔を強張らせながらファイティングポーズを取る。そこには先程までの余裕と冷静さはない。明は起き上がって来たその根性に、畏敬(いけい)の念を抱いた。


試合再開、与那嶺は2回ほどその場でジャンプし、明に襲い掛かって来た。しかしキレの落ちたストレートは、明の顔を捕らえることはなかった。明が4発ほど与那嶺に食らわせたところでゴングが鳴り、第3ラウンドは終了した。


米原は切れた瞼(まぶた)の処置のため、剃刀(かみそり)で切って目の上の傷口を目尻の方に逃がし、深く掘れることを避ける処置をした。そして『アビテン』と呼ばれるアドレナリン軟膏を丁寧に塗り、その上で氷嚢(ひょうのう)を用いて腫れを引かせ、止血をした。


「極度の興奮状態に陥るとアドレナリンが大量に分泌され、止血作用を施すと言うし、後1ラウンドくらいは大丈夫だろう」

処置の最中ではあるが、明は先程の豪快なダウンに気を良くしており、米原の言葉などまるで聞いていない。


「どうだ、おっさんが見込んだだけのことはあるだろ」

「あぁ。お前はもしかしたら俺が思っていた以上の逸材なのかもしれないな。ますます今後が楽しみだよ」

「ありがとよ。俺は絶対勝って見せるぜ」


「そうだ、その意気込みが大事だ。あと1ラウンド、最後まで気を抜かずに闘えよ。もちろんKOしてくれてもいいぞ」

“人に褒められると素直になるんだな”そう思いながら、米原は明を奮い立たせるように鼓舞した。


第4ラウンドのゴングが鳴ると明と与那嶺は互いの右手を合わせ、最後のラウンドを全力でクリーンに闘うことを示し合った。与那嶺はこれまで勝った試合は、全てKO勝ち。そのジンクスを守り通し、この相手には勝ちたいと考えた。


“こいつは将来、俺にとって大きな障壁になる。ならばこの場で捩(ね)じ伏せて完全に自分が強いことを印象付けておきたい。自分もそのイメージを持つことで今後、明と闘い易くなる”そう考えた。


与那嶺の中にある焦りとは対照的に、明はこのラウンドを楽しいと感じていた。右手の痛みなどとうに忘れ、ただ打ち合いができることに喜びを覚えていた。スポーツ選手にとってその競技を楽しいと感じている時は、大抵上手く行っている時である。


拳を突き出しながら苦しそうに顔を歪める与那嶺。終始笑顔を見せ、まるで軽くスパーリングしているかのような余裕を見せている明。両者の中でこの試合の感想はまったく異なっていることであろう。明は合計21発ものパンチを与那嶺に当て、このラウンドを終えることができた。ゴングが鳴り、マウスピースを外し、互いの健闘を称え合うように二人は歩み寄った。


「負けたよ。判定を待たなくても分かる。まさかこの俺が二つも年下の奴に負けることになるとはな。もう闘う相手はいないかと思っていたが、間違いだったようだ。また一から鍛え直すよ」


与那嶺は試合が終わると穏やかさを取り戻し、悔しさを噛み締めながらも明を認めたようだ。

「おめぇも強かったぜ。2ラウンド目までは、正直どっちが勝つか分からなかったからな。気が向いたらまた楽しもうぜ」

与那嶺は目を見開いて、少し驚いたような表情を見せた。


「楽しもうぜ――か。どうやら俺はボクシングの根本的なところを間違っていたようだ。相手をKOすることしか考えていなくて、いつしかボクシングが義務のようになっていた。今日の試合は凄く為になったよ」


「ボクサーは皆、喧嘩が好きな奴だと思ってたけど、そうじゃねぇ奴もいるのかもな。まぁなんにせよ俺は好きなことは楽しい筈だと思うぜ」

与那嶺は小さく頷くと、明に右手を差し出して来た。


「握手なんて柄じゃねぇけどな」

明はそう言ってはみたものの悪い気はしていなかった。三名の審判が判定を伝え、レフェリーがそれを読み上げる。


「只今の試合の結果、42対27、43対29、40対28で赤居 明選手の勝利!よって今回の東日本新人戦、バンタム級は赤居 明選手の優勝です!!」


判定は3対0、フルマークでの判定勝ちとなった。結局は与那嶺のガラスの顎、『グラスジョー』が命取りとなる結果であった。強さの余り殴ることしか知らなかった彼だからこそ、殴られることには滅法弱かったのであろう。エキストララウンドに持ち越されることもなく『完封』と言える試合内容であった。


「やったあぁー!」

明より先に、明より大きな声で喜ぶ秋奈に、少し戸惑いながらも、明は新人戦での優勝を喜ばずにはいられなかった。


トーナメント終了後、『敢闘(かんとう)賞』が与那嶺に、『技能賞』が相模に、『最優秀選手賞』が明に贈られた。『最優秀選手賞』に選ばれたことに対して明は「当然だろ」とだけコメントした。


その後一ヶ月間、試合をするつもりで調整を行ったが、試合中に痛めた右拳の怪我が思いの外(ほか)悪く、治るのが間に合わなかった。結局は棄権という形になり、西の新人王である『桜山(さくらやま) 拳一郎(けんいちろう)』が特例としてA級10位にランクインすることとなった。


「全日本新人戦は東軍が赤で西軍が青のトランクスを履くから丁度良かったんだがな」

五十嵐は名残惜しそうにしていたものの、明は世界チャンピオンにまた一歩近づけたことに対して嬉しく思っていた。 


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