第6話 新人戦

 そして、初戦から二週間後の10月29日。トーナメント二試合目、準決勝は東京都江東区にある有明(ありあけ)コロシアムで行われる。試合の相手は大宮(おおみや) 潤(じゅん)との試合に勝利した、勅使川原(てしがわら) 裂(れつ)との対戦となる。


彼は魚屋の息子で、空手の県大会で2位に入賞したこともある実力者だ。少々余裕を見せている明に対し、米原は気を抜かないようにと釘(くぎ)を刺す。


「今回のトーナメントには『輸入ボクサー』は居ないようだな。大抵ロシア辺りから来た奴が一人くらいは居るもんだが」

「そんな奴が居たら面白いかもな。なんか楽勝な気がするんだよな、このトーナメント。さっさと優勝しちまいてえぜ」


「そうかもしれんが、気は抜くんじゃないぞ。試合に勝つことは、己に勝つことだからな」

「ああ、オシャカになっちまわねえように頑張るよ」


明はそう言い残すと、スタスタと会場まで向かって行ってしまった。試合開始5分前、秋奈と五十嵐は観戦のため、観客席に来ていた。どうやら秋奈は少し機嫌が悪いようだ。


「もう~。新人戦だからって、明くんの試合なんだから寝ようとしないでちゃんと見てよ」

「んん~。今のところ赤居の敵になるほどの奴は出て来ていないからな」

「せっかく来たんだから、応援すればいいのに」


 秋奈の話を気にも留めず、五十嵐は会場の一点を見つめている。

「あれは――」五十嵐は誰かに気付いて近づいて行く。


「古波蔵じゃないか。どうした?こんなところで」

「五十嵐くん!いや~実は筋の良い子に出会ってね。生まれて初めて『指導』することにしたんだ」


「ほう~奇遇だな。実は俺も同じ状況なんだ」

「やはり、宿命と言うものなのかな~。その子は近い将来、間違いなく世界に名を馳(は)す存在となる。今日は決勝戦での対戦相手を見ておこうと思ってね」


「これは次の試合は苦戦するかもしれんな。名は何と言うんだ?」

「与那嶺(よなみね)くんと言うんだ」


その言葉を聞いた秋奈は、顔から血の気が引くのを感じた。

「ヨナミネ?ヨナミネって『与那嶺 弘樹』のこと?」

「あいっ。友達かい?よく知ってるね~」古波蔵は嬉しそうにしている。

「なんだ秋奈?知っているのか?」五十嵐も同じ気持ちのようだ。


テンションの高い二人に対して、秋奈は冷静に言い切る。

「友達な訳ないでしょ。武蔵総連の初代総長だった人だよ。中学2年生の時に10人に絡まれて無傷で帰って来たって有名だよ」

 武蔵総連とはメンバー50名以上、関東最強の暴走族である。


「ほお~おもしろそうな奴だな」五十嵐は全く意に介さずと言った様子だ。

「やめといた方がいいよ。『鬼殴り』って言って、殴りだしたら気絶するまで絶対に止めないんだって。ヤバいんじゃない?」


「大丈夫さ。赤居は俺が見込んだ男なんだ。古波蔵、悪いが今回も勝たせてもらうぞ」

五十嵐は自信満々に言い切った。


「五十嵐くんの教え子は赤居くんと言うのか~。覚えておくよ。だけど今回は前の時のようには行かないよ、なんたって彼には――」

古波蔵はそう言い掛けて言葉を飲み込んだ。


その後、「決勝で会おう」とだけ言い残し、その場を後にした。明の試合は、殴る部分『ナックルパート』でない拳の内側で打つ反則打である『インサイドブロー』や、手を開いたまま打つ反則打である『オープンブロー』などクリーンとは言えない相手の攻撃に怪我の心配があったものの、2ラウンド中盤で得意のアッパーが決まり、決勝へと駒(こま)を進めることができた。


『オープンブロー』は縫い目などで相手が額をカットする危険性があること、殴った方が手首を痛める危険性があること、耳に当たると鼓膜が破れることから、かなり危険な反則打であると言える。


そして、試合と試合の間の10分間の休憩を挟み、与那嶺の試合が行われたが、対戦相手の中垣(なかがき) 泰造(たいぞう)は1ラウンド終了を待たずして速攻でやられてしまった。


「コンパクトで良いフォームをしていて、ヒット&アウェイが徹底している。『リターンブロー』も上手く狙っているな。若い頃の古波蔵を見ているようだ」


五十嵐は与那嶺の実力を相当高く評価したようだ。『リターンブロー』とは、相手の打ち終わりに合わせて打つパンチである。狙われているパンチをわざと打つ『捨てパンチ』を打ち、その後にこれを打つことも多い。


一方の秋奈は、その暴力的な内容の試合を見ていられなかったようだ。

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