第4話 出会い

翌日、ジムに顔を出して、米原(よねはら) 忠次郎(ちゅうじろう)という男と話をした。この男は、スパーの時にグローブを嵌(は)めてくれた後ゴングを鳴らした男で、このジムの会長であり、なんでも五十嵐の高校時代の同級生だという。小中学生の頃は大分で過ごし、知識は豊富だが、実戦経験はないらしい。


米原にガンを飛ばしつつも、サンドバックを叩いていると、一人の女の子がジムに入って来た。身長は150代後半、髪の毛はセミロングで黒、落ち着いているが、明るそうな子だった。


「やるじゃんキミ!」

「あ?誰だてめぇ。あたりめぇだろ。俺は天下の赤居様だ」

「へぇ~。赤居くんはどの階級なの?」


「階級?なんだそりゃ」

「階級だよ階級。フライ級とかバンタム級とか」

「んなもん知らねぇよ。そんなもんは関係ぇねぇ。誰が相手だろうと纏めてぶっ飛ばしてやる」


「あはは。赤居くんって面白いね。ボクシングはそんなに甘くないと思うよ」

「ならてめぇに何が分かるってんだよ。俺は今、ライセンスを取るので忙しいんだ。五十嵐の言ってたコーチもまだ来ねぇし。まったく何なんだよ」


そんな話をしていると、五十嵐がジムに入って来た。

「おう秋奈、もう来ていたのか。流石に行動が早いな。素人を見るなんて退屈だと感じるかもしれないが、コイツは骨があるぞ」


「なんだよ!おっさんの知り合いかよ。誰なんだよコイツは」

「姪(めい)の赤城(あかぎ) 秋奈(あきな)だ。お前のコーチさ。まだ若いがボクシングをしっかりと知っている子だ」


それを聞いて、明はあんぐりと口を開けたままフリーズしてしまった。

紹介を受けた秋奈は元気良く話す。


「秋奈で~す、よろしく。赤居くんはまずボクシングのルールから覚えないとね」

そう言われても明は納得がいかず、五十嵐に食って掛かる。

「おい!てめぇ。俺を世界チャンピオンにするって言ったよな?こんなガキに俺を教える力があんのか?」


「当然だ。武士に二言(にごん)はない。この子はこう見えても、16年間この俺を見て来た子だ。お前がチャンピオンになる為に必要不可欠な存在だと踏んでいる。とは言えすぐに馴染めるほど、お前は人付き合いが上手くはないだろうな。まぁ少しずつお互いを信頼できるようになるといいさ」


「こんな年下に見えるような奴で本当に大丈夫かよ。まぁいい。ちょっと外の空気を吸って来る」

明はそう言いうと、少しムッとした表情の秋奈に「じゃあな」とだけ言い残し、散歩に出かけてしまった。


「明くんって本当に良い子なの?」秋奈にそう言われ

「今に分かるさ」そう答えると、五十嵐も一つ欠伸をしてジムから出て行ってしまった。

「引き受けない方が良かったかなぁ?」

独り言を言う秋奈は、この選択を肯定する要素が欲しいままだった。



30分後、ジムに戻って来た明に対し、秋奈は頻りに何か唱えている。

「ミニシナ、フラバン、バンゴミ、フェゴナ、ライムギ、ウェルブナ、ミドナミ、クルハム!」

秋奈が唱える謎の『呪文』を明は真剣に聞いている。


「みにしな、ふらいぱん、ばんとう、ふぇ、ふぇ――」

 復唱するだけなのだが、明には少々難しいようだ。


「あぁ~もう!本当に脳みそ入ってんの?これで30回は間違えてるよ」

「うるせぇ、俺は勉強が苦手なんだ。だいたいてめぇのその変な『呪文』いまいち意味が分かんねぇんだよ」


『明くんに良いこと教えてあげる』

秋奈にそう言われて、繰り返そうとはするものの、意味の分からない言葉を口にするのは思いの外(ほか)難しいものである。


「これはボクシングの階級を表してるの。ミニマム級は約47キログラム以下、フライ級は半(ばん)で約50キロ以下、バンタム級は約53キロ以下、フェザー級は約57キロ以下、ライト級は約61キロ以下、ウェルター級は約67キロ以下、ミドル級は約73キロ以下、クルーザー級は約86キロ以下でヘビー級はそれ以上。これさえ覚えればすぐに階級別に体重が分かるんだよ」


秋奈は少し得意げに『呪文』の意味を語り始めた。明はライセンスを取るために、秋奈と二人三脚で勉強を始めたのだが、天性の性分なのか規定を覚えることがどうも上手くできないらしい。


「いくらボクシングのことだからって勉強は苦手なんだよ。もっと上手くライセンスを取れる方法はねぇのかよ。殴り合いのスポーツに知識もクソもねぇだろ?」


「ボクシングは頭を使わないと強くはなれないよ。相手を知って戦略を立てて技術を磨いて。五十嵐の叔父さんも頭を使うようになってから強くなれたって言ってたよ」

そんな話をしていると、ジムに五十嵐が入って来た。


「どうだ学習は進んでいるか?先生が良いからすぐに覚えられるだろう」

二人は無言で嫌な顔をした。


「そうか。やはり俺と一緒で勉強は苦手だったか」

「高校中退の俺にテストに合格する力があんのか?万年赤点で、できそこないと言われたこの俺に――」


「心配するな。ボクシングは頭は使うが、世間で言うお勉強の力は必要ない。お前のその拳一つで切り開いて行ける世界だ。少々厳しい戦いにはなるが、コーチもいるし大丈夫だろう」


「見込みがあるから言ってんだよな。あんたは何の戦略もなく話を進めるような人じゃねぇ」

「分かって来たじゃないか。赤居、お前筋トレしたことあるか?」

「筋トレ?ねぇよ、そんなかったりーもん。俺は強いから必要ねぇ」


 それを聞いた秋奈は驚いて口を挟む。

「何のトレーニングもなしにあんなに力強かったの?自重のトレーニングくらいやってるのかと思った」


五十嵐はなんだか嬉しそうにしている。

「これから一ヶ月、一からお前を鍛え上げてやる。だいぶキツいだろうが根を上げたりしないだろうな?」

「誰に向かって言ってんだ。俺は途中で逃げ出すようなカスじゃねぇぜ」

「プロボクサーのライセンスは17歳以上。誕生日の9月30日に試験があるのは凄くラッキーなことなんだぞ」


「運も実力だろ?引き寄せられるのは、それに向かって努力してるヤツだけだしな」

「その通りだ。まあ誠心誠意、頑張ることだな」

 それから明は、暇を見つけてはジムに立ち寄り、秋奈から知識を教わって行くのであった。

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