#08 露わなる逸話 促す覚醒

 《前回までのあらすじ》

 そんなに求められたら、私……。


 あれから変な空気になったので、村外ととっとと解散することになった。

 まぁ何事もないのはよかった。

 勝手に心配して勝手に嗅ぎ回っただけなのだが。

 それはそれとしてさぁさっさと帰ろうということになったタイミングで、電話がかかってきた。

 こんな時に誰かと思ったら。

 大体の元凶だった。


 「やぁ、何日ぶりだろうね」

 「四日だよ四日」

 病室には、全身ミイラ、男がベッドにいた。

 韮沢穂。

 大体こいつのせいだ。

 全身ほぼ包帯なのは変わりなかったが、顔だけすぐ直ったのか、そのご尊顔を俺に見せつけていた。

 思った以上に色黒で、その上目が大きく鼻筋が通っている。

 表情は思った以上ににこやかなもので、多分初対面の人間はいい人なんだろうと思ってしまいそうだ。

 受ける印象としては、何かしらのセミナーで講師を行ってそうな、そんな胡散臭さを感じる。

 「ほんとに胡散臭い顔してんすね」

 「大学の頃テニサーに入部を断られたんだ」

 「多分二重の意味でやばかったんでしょ」

 「ははは」

 笑うと無駄に白い歯が見える。

 余計胡散臭い。

 「……それでどうしたんです、いきなり」

 「あぁ、能力に対してとても大きな発見をしてね」

 「発見」

 「その前に、君に何があったのかを聞いても良いかな?」

 「……何でそんなことわかるんです」

 「顔に書いてある。『私は苦労人です』ってね」

 ため息を付いた。

 この人は俺の思う以上に生物学者だったようだ。


 「……というわけなんです」

 「へぇ!それは大変だったねぇ!」

 「せめて心の中で笑えよ!」

 「まぁそれはそれでいいとして、ふむ」

 それはそれで片づけられた。

 「まさか一気に現れるなんてね」

 「ええ」

 円卓テーブル

 骨盤、指骨、脚骨、頸骨。

 一気に四つの枠が埋まる。

 そこに背骨、肋骨、肩胛骨か。

 「そこまで揃われると、残りはもう数えなくても良いな、頭と、腕だ」

 「もう後いませんね」

 「逆に彼らを抑えてしまえば、きみと悠里ちゃんのアバンチュールは平和なものになるってことだ」

 「ここにあいつ呼んでいいっすか」

 「復讐は何も生まない、そうだろう?」

 顔が青ざめている。

 「元はといえばあんたのせいで、こんないちいち俺は奔走してんすよ」

 「大変だねぇ」

 「他人事……!」

 「この際プラスに考えなよ、彼女みたいな胸の大きさまで完璧な子に頼られてるっていう今の状況を」

 「状況ねぇ」

 確かにそうだ。

 俺が多分どうやっても縁を結べそうにない少女と縁ができているのだ。

 まぁそう考えるとそうだ。

 普通人前でサラシを取ったりしない。

 「多分君が彼女に『そういうことしないとあいつらに付くぞ』っていったらそうするんだろうね」

 「畜生じゃん」

 「まぁそれは君がどうするかってだけの話だ」

 「したくねぇ……」

 「僕もしないよ、あんなじゃじゃ馬。まぁ君の前では犬なんだか猫なんだか知らないけど」

 「……なんかいやな気分になってきたんで、さっさと本題を話してくださいよ」

 すると韮沢さんはニヤニヤしながら本をどこからか取り出した。

 一目見ただけで海外のものだとわかった。カバーという文化が海外にはあまりないので、紙のような……ペイパーバックとかいうらしい。そして、あの濃いめの色彩感覚で塗られた石畳のような模様の中心に大きく毒々しい色味でタイトルが書いてある。 

 英語のように見えたが、実際のところ少し違う。多分ヨーロッパのどっかの言葉だろう。

 「なんですこれ」

 「ドイツのファンタジー小説。一九世紀に書かれて以降、なんだかんだで生き残ってきた近代の古典だ」

 「へぇ」

 「タイトルは直訳すると『九本の魔剣と私について』て感じだな」

 「中身は」

 「まずね、作者はこれをノンフィクション、実体験だと言い張ってるんだ」

 「ファンタジーなのに?」


 「そう。『私は指を鞭のようにできるんだ、本当なんだ!』ってね」


 「えぇっ!!」

 「そう。これは二百年前の『能力者』の記録だ」

 「じゃあ九本の魔剣ってのは」

 「そう……九人の能力ってことだ」

 

 「作者はドイツの単なる革職人だったんだけど、ある日指から真っ赤なトゲが生えてきて、何とか抑えつけられたら今度は指の骨が展開して鞭みたいになってしまった」

 「そう聞くと大変ですね」

 「その後彼はヨーロッパ全土にいる能力者に狙われたり狙われなかったり恋したりされたりと大忙しな目に遭うんだけど」

 「はぁ」

 「まぁいろいろあってその内の一人と結婚して幸せな家庭を築くんだけど、それがどうにも本人の中に行き場のないものとして残ったみたいで、それを形にしたのがこの物語だ」

 「ほんとに忙しいですね」

 「その中で彼が知り合った能力者……まぁこれが今で言う厨二病にさらにキリスト教的要素が入った奴で、自分は神の御子だ、この骨は神から与えられた魔剣なのだ、とのたまいだしてね」

 「あぁ、なるほど」

 「それを作者も気に入ってしまっていたようで、能力に魔剣の名前を割り振っていったんだね」

 「あ、あぁ……」 

 「これがその表だ」

 紙に割と端正な字で書いてある。

 

 頭蓋骨……クォデネンツ

 顎骨……フラガラッハ

 背骨……ダインスレイヴ

 肩胛骨……カラドボルグ

 肋骨……クラウソラス

 前腕骨……レーヴァティン

 指骨……バルムンク

 骨盤……ディルフィング

 脚骨……グラム


 「俺ダインスレイヴ?」

 「そして僕はカラドボルグ、ということになる」

 「最先端ですね」

 「僕らが三種の神器をありがたがるのと同じさ」 

 「そんで作者は、大丈夫だったんですか?」

 「ノンフィクションとして出したんだけど、完全にホラ話として受け取られてしまった。しかしそのリアリティと彼の作家としての才能が相まってまぁまぁ売れてしまって取材も受けた。そのときさっきのことを口走って能力を見せたんだけど、まぁよくできた手品としか見られなかったね」

 「あらら」

 「奥さんはそのときは知らない風にしてたらしい」 

 「バレたらまずいから?」

 「彼が困ってるのが面白いから」

 「えぇ……」

 ほんと何から何まで最先端だなこの作者。

 「その後彼はファンタジー作家としてまぁそこそこの作品を残して、現在も文庫が国に未来永劫残るくらいにはなりましたよ……というのが顛末だ」

 「……なるほど」

 「ここから分かることは、まずこのような能力……もうこの際『魔剣』とでも呼んだ方がいいのかもしれないけれど、それは二百年前にも同じようにあった。つまりこれは何年も何年も出現自体はしていた可能性がある」

 「……決して突発的なものではなく、連続性があると」

 「僕もまだ全部読んでいないけれど、日本語に訳していって、君に送っていこうと思うんだ」

 「…………思ったんですけど、なんで俺なんですか」

 「ん?」 

 「別に円卓テーブルの奴らでもいいはずです。なんで俺にこう、大事な話を」

 「いずれ分かるさ。君が何もかもの中心であるということがね」

 「……どういうことですか?」

 「脊髄は、何を司っていると思う?」


 脊髄。

 

 まさか!


 するとノックが響く。

 「すいません、面会の終了時間です」

 そう看護師さんが告げる。目つきの悪い女性だった。

 「君の頑張りに、僕らの今後はかかっているからね」

 そう言うと彼はほほえんだ。

 瞳には何かしらの執念があった。

 情熱か。

 それとも狂気か。

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骨が生えたら、かわいい後輩ができたんだが。あと義妹もグイグイくる。 乱痴気ベッドマシン @aronia

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