#06 見つめる同胞 お熱いすき焼き
《前回までのあらすじ》
そしてうねうね触手みたいに動き始めた。
目が覚めると、そこは何もない部屋だった。コンクリート打ちっ放しとかいった気がする。
立ち上がろうとすると身動きがとれない。
手が椅子の背にくくりつけられている。脚も椅子の前足に一本ずつくくりつけられている。
割と万全な拘束なのだろう。
「目が覚めたみたいね」
背後から声が聞こえたので振り返ると、黒い重そうな扉が開いて、四人ほど入ってきた。
先ほど見たとおりだ。
ストリート系の格好をした鋭い目の女性。
神父のような格好をした優しい顔の男。
どこかうつろな目をした少年。
そして……雰囲気からして既婚者であることを思わせる、妙齢の女性。
恐らく四人とも……能力者だ。
「よく寝れたかしら」
「今何時ですか」
「六時」
「言うほど寝てねぇな」
「まぁそれはそれとして、貴方、何でこんな目に遭ってるかわかる?」
妙齢の女性は俺の顎を上にくいっとして挑発するように言う。
「……俺の能力を狙っている、とか」
「よく頭が回るのね。それでこそ我々の仲間にふさわしい」
「何?あんたら何者だ!」
すると四人が集まり、各人ポーズを取り始めた。
いや、なんで?
「私たちの名は
「……世界を統べる魔剣、だと……?」
「そう。私たちはこの骨の能力を用いて、この世界を作り替える。正しきカタチにね」
そう告げると各人が刃物を出したかのように、鋭い音を伴いながら骨を解放した。
ストリート系の女は顎の骨が口を覆った。顎の骨がむき出しになったように見え、そういったマスクを付けているように見える。
神父風の男は指の骨が伸び、さらにそこに数々の節が付いたからか、蛇腹上の刃物を指から伸ばしているように見える。
虚ろな少年は脚の骨が全て変形したのか、何かUFOのように見える。実際宙に浮いている。こんなことも出来るのか。
そして先ほどからリーダーのように振る舞う妙齢の女は、腰から骨でできたスカートのようなものを広げていた。
腰の骨……骨盤か。
どうやら全員、俺より遙かに能力は鍛われているようだ……
ぼーっと見ているとだんだん皆の視線が困惑をたずさえてきた。
「貴方も展開してよ」
「あ、あぁはい」
展開する。
背中から真っ赤なトゲが生える。それだけだ。
「……まだ未成熟のようね」
「だから出してないんすよ。だって出てまだ三日っすよ、三日」
「なるほど」
「どうすんの」
「わからん」
なんか後ろの三人がひそひそと話し始めた。
いや、そんな即戦力の人材は世間にいないと思う。こんな場でなくとも。
「まぁいいわ。育てていけばいいだけのこと。それで……入ってくれるかしら?」
「強引じゃないすか」
「反撃される心配がなくなったから……」
「本人の前で言うな!」
全員少し驚いていた。
大丈夫なんだろうか。
「……というか俺よりも村外の方が即戦力でしょう?なんであいつを勧誘しないんすか」
すると全員が顔を伏せはじめた。
「なんで目を逸らす!」
「いや……見たのよ?そこら中のSNSに上がっていたし……でも……その……えっと……」
ぼそぼそと妙齢がそう言う。
「なんなんだ!」
「あんな残酷なのとは思わなかったし、正直今でも怖い!」
「だから俺を拉致したんすか!」
「そうよ!」
すると全員が震えはじめた。
なんだこいつら!
思ってた以上になんかこう……小物!
「それで……お返事は?」
「いや……別に良いですけど、俺が入ったら間違いなくあいつはぶちのめしに来ると思いますよ」
「え」
「あいつ多分俺以外の能力者を目の敵にしてるんで、まぁ血祭り状態でしょうね」
「そんな……」
全員が目に見えて落胆しているのがわかった。
「……なら……」
「なら?」
「貴方、彼女と敵対する覚悟はある?」
「えぇ?」
「貴方が彼女と絶交して、その上で戦うの」
「そ、それは……」
「勝算がなくもないのね。やはりあなたを私たちは手に入れないといけない……」
「な!お前ら!」
「何がなんでも、よ」
目つきが本気だった。それは他の者も変わりない。
「……何をどうする気だ……!」
妙齢の女が手を叩くと、どこからともなく他のメンバーがちゃぶ台とコンロと鍋、そしていくつかの食材を持ってきた。
豆腐、しらたき、ネギ、そして牛肉……そして調味料としての醤油、砂糖、みりん。
まさか!
「今から貴方にこの松坂牛のすき焼きをご馳走してあげるわ」
「やっ……やめろ!」
「もともと奥の手として用意しておいたけども……まさかこんなところで使う羽目になるとは思わなかったわ」
「こんな風に用意できるってことは……ここはお前等の正真正銘のアジトだったってことか!」
「ええそうよ。ここに入った時点で、貴方は負けていたのよ」
他の三人による調理が行われていく。
リーダーが内輪で仰いで、においをこちらに届けさせてくる。
「……ん……?」
だがその香りには、少しばかり違和感があった。何でだろうか?素材は良いはずなのに、ピースが抜け落ちたパズルを見ている気分だ。
やがて鍋は琥珀の輝きを見せる。
ストリート系が生卵を器に落とす。
そしておたまによって中につがれた器が、俺の元に運ばれてくる。
それをリーダーが受け取る。
「はい、あーん」
俺はもう仕方なく口を開け、サシによって透けるような牛肉が口に運ばれた。
「うまいな」
後ろでは他のメンバーが普通に食べていた。
「肉が冷たい気がするんだけど」
「うち関西風だからわかんないんだ」
「うちは変わんないけど豚肉だったな。もっと火を通さないといけない」
「えっうまいのそれ」
「うるせぇな」
「あんたたち!食べて良いとは言ってないわよ!」
「「「もったいなくない?」」」
「それもそうか……」
口に入ったものを確認する。
……クソ……!
咀嚼する度に怒りがこみ上げてくる。
背中のとげもだんだんと大きくなっていく。
「……こんな……」
「「「「え」」」」
「こんなもの……すき焼きじゃねぇ!」
その瞬間成長したトゲで拘束が引きちぎれた。
「ど……どうなさったの?」
俺は立ち上がり目の前に立つ。
全員が驚愕した表情で俺を見る。
「まず肉がほぼ生だ!赤身ならばその状態がもっとも正しいが霜降り肉は別だ!肉の脂肪は融点が高い!だから口の中で溶けるのに生の状態だと時間がかかる!まるで蝋燭でも食ってるみたいな気分だ!そして割り下もだめだ!甘すぎて醤油の持つキレを失ってしまっている!牛肉に一番合うのは醤油だが、そんなことかなぐり捨てたような甘さだ!すき焼きってのは砂糖水で肉を煮込む料理じゃねぇんだよ!」
「は、はぁ……」
「どけ!俺が手本を見せてやる!とっとと余りを出せ!」
「「「はっ、はい……」」」
こんなもの食べさせられるのも腹が立つが、それを旨い旨いと食われるのはもっと腹が立つ。
全くこれだから素人は……!
○
「さて……」
村外悠里は遅ればせながら、
あのとき長南が拉致された際、即座に彼らの車を追いかけ、例の場所まで到着していた。
しかし、彼女は割と疲れていた。能力はあくまでエンジンであり、彼女の中にある燃料の絶対値は決まっている。
彼女の体力そのものは一般的な女子高生と同じである。
長南に併走したため、思った以上に彼女の体力は削られていたのだ。
そのためしばらく休憩した後、襲撃行うことにしたのだった。
(一体どんな目に遭ってるんだろう……今すぐ助けてやるからな……)
入り口から入り、階段を一気に駆け上がる。
そして扉を勢いよく開けた。
そこにあったのは……
「本当だ全然違う!」
「肉の味がちゃんとする〜」
「野菜もこっちの方が旨いな」
「……何か言ったらどうなのよ長南」
なぜかすき焼きを食べている拉致した集団。
そして……。
「今集中しているんだ。あんま話しかけるな」
鍋を親の敵でも見るような目つきで凝視する彼女が助けようとしていた男……長南康司だった。
「お……長南……?」
すると彼は途端に目つきを変え、声のする方向を向いた。
「村外?」
「「「わっ、わっ、ワァ〜ッ」」」
拉致した内の三人は恐怖で怯えているようだった。
「ど、どういうこと、なんだよ」
「こ、これには深い事情が……」
するとリーダーの女性が前に堂々と進んでいく。
「残念だったわね村外。長南くんは私たちの一員になっちゃったわよ」
「おい!そんなこと言って……」
彼女の何か胸の奥のものがぐちゃぐちゃにされていく。
彼女の表情は、驚いているようにも、悲しんでいるようにも見える。
涙も浮かべられないまま、彼女はその場で踵を返して立ち去った。
「村外!」
「よし!これで一件落着!」
長南はとにかくリーダーの頭にゲンコツを落とすのだった。
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