#05 肉体の研鑽 無防備な君
《前回までのあらすじ》
稽古でも唾でも何でも付けてもらいな。
「どうしたんです兄さん。箸が進んでいませんよ」
韮沢さんと別れた後。
咲子の手作り次郎系ラーメンを目にして、俺はあることに気づいてしまった。
稽古。
体を鍛える。
と、いうことは。
食事制限とかあるのかな?という問題である。
「……すまない。俺は、これは、食えない……」
「兄さん……」
「油分をもっと減らさないと……」
「なるほど……お任せください」
咲子がささっと鶏ガラスープのにゅうめんを作ってくれた。
「ありがとう……咲子……」
「兄さんが困っているなら……それは私が一番になんとかしないといけませんから」
そしてまた日は昇る。
「いや……お前……なんだその格好……」
翌日の放課後、俺ははちまきを締めたジャージ姿で現れたところ、村外にすこし引かれていた。
「え?違うの?」
「まぁ汗かくのがイヤなんならいいけどさ……」
「お前だってジャージ姿じゃねぇか」
「いや、これはこういう時にはこういう服装をするっつーか……」
「……それで、家に帰った後何かしないといけないこととか無いか?」
「いや、ねぇよそんなもん」
「……食事制限とかは?」
「高校生がそんなことすんなよ……」
「筋トレとかは?」
「やりたきゃやれよ。健康にいいらしいし」
「何だそれ!」
「いや、そんなこと言われても……」
そんな口論が五分くらい続いて。
いよいよ稽古を付ける次第になった。
「まずお前は、その骨を動かせんのか?」
「やってみよう」
ケツに力を入れる。
するとトゲがカタカタふるえ始めた。
「これは!」
「うおおおおおおお……」
そしてうねうね触手みたいに動き始めた。
「なんで?」
「俺が知るかよ!」
「多分お前がまったく性質を理解してないからじゃねーの?」
「そうか……ならば……」
「痛くないか?」
「いい感じだよ」
ということで、背中をマッサージしてもらうことになったのだ。
「ほんとに効くのかよこんなの」
「あー……効いてきた効いてきた」
すると、身体に何かが入ってくる感覚が来た。
「骨が!中に!」
「やっぱりな!」
そして俺に生えていたトゲは、背中の中に完全に、何もなかったかのように収まった。
「……えぇ〜」
「なんだその反応は!もっと喜べよ!」
「別にィ……」
彼女の顔を見ると、露骨に嫌な顔をしていた。
「……」
彼女は俺に対して心を開いてると、あのおっさんが推理していた。
それが正しいのなら、骨を中に収納できたという、半ば能力の制御が簡単に出来るようになってしまったため、特訓の必要性がなくなり、接点が失われたように感じ取っているのではないだろうか。
さぁどうする。
「……でもまた生やせるかは別問題だな」
「じゃあ特訓しないとな!」
露骨にうきうきしていた。
扱いやすくはあるな。
「それイチニイッチニ」
「はいはいはい」
そんなこんなで走ることになった。
とりあえずは体力づくりなのだ、学校の周りをとにかく走る。
まぁ合理的なのでいい感じだと思う。
同じように走っている人が結構見受けられる。ストリートファッションに身を包んだ女性とか牧師の服に身を包んだ男性とか。なんか変だがそういうスポットだったのだろう。
「ほらほらどーしたどーした」
村外のペースは思った以上に速い。少なくともこのまんまだと置いてかれてしまうだろう。
まぁ別にそれがどうしたという話ではあるのだが。
「疲れてきたんだけど」
「そんなんじゃあ私に負けちまうぞ?」
やたら挑発的な笑みを向けてきた。
「勝ち負けじゃなくね」
「それだとモチベがあまりないだろ」
そもそも能力者に関わることさえしたくもないんだけどな。
改めて彼女の顔を凝視してみる。
やはり目の前にいることがおかしいくらいには美しい。多分写真の中や額縁の中にいて初めて、この美しさを受け入れることが可能になるのではなかろうか。
しかし相変わらず目つきは悪くなり、表情もどこか悪戯心に満ちている。
汗で濡れているからか、余計に美しさが助長されている気もする。
「……何じろじろ見てんだよ」
「なんでずっとこっち向いたままそんなペースで走れるんだよ」
彼女は一度俺の方を振り向いたかと思うと、ずっとその姿勢のまま走り続けていたのだ。
というか最初っからだ。
やはり超人のなせる技なのだろうか。
「そんなに私の顔が気になんのか?お?」
なんか今度はすごくにやつきはじめた。
「まぁお前が美人なのは認めよう」
「だろ?」
自信に満ちた余裕の笑みを返された。
顔が少し赤かったような気もしたが。
そこで俺はあることに気づいた。
なぜ俺はここまで彼女の美しさを理解しておきながら認めちゃいないんだろう?
多分これまで見たことのある人間の中では一番美しいだろう……無論実際対面した中で。
しかし俺は特に緊張もしていない。
赤面さえしていない。
男は美人を目の前にするとどこかしらには影響を見せるはずなのだが。
何かおかしい。
よくわからないが彼女にはそういったことを覚えない。
何でだろう?
「なぁ、私なんかしたか?」
彼女が今度は焦った表情で聞いてきた。
さっきから表情がよく変わる。学校での彼女は常に微笑みを携えているように穏やかに振る舞っているというのに。
「いや、考え事」
「じゃあ相談してみろよ」
「なんでだよ」
「私たちは仲間だ。それに二人しかいないんだ、秘密もクソもねぇ」
仲間。
「お前が言うか」
「……」
今度はうつむきはじめた。
さっき通りこっちを向きながら走っている状態で。
そろそろ事故る。
「お前のおかげなんだ」
「はぁ」
「お前がいたから、私は踏みとどまれたんだ」
「へぇ」
「もうちょっと気の利いたこと言えよ、映画みたいに」
「そんなイタリアかぶれにはなりたくないよ」
フグみたいなふくれっ面をしていた。
こいつ見てて飽きないな。
「……はい!で、お前の相談事ってなんなんだよ」
「あー……」
まずいな。
なんかここで答えないとずっと催促されていく気がする。
「女優の話なんだけど」
「うん」
「皆きれいきれいって言うんだけど、俺には特に何も感じないんだよな」
「ふーん」
「そんで町に偶然現れたとき、見たけどドキリもグサリもしなかったんだ」
「ほへーん……」
こいつが一番まともに話聞いていないのでは?
「多分そいつが完璧だからだろ」
「あぁ」
納得。
「何もかも出来るってのは、何もかも出来ないってのと同じ。何もないか、全部埋まってるか。どちらとも面は更地でしかない」
「感動もクソもないってわけか」
「……まぁなんか大した答えじゃない気がするけどな」
なんか楽になったような気がする。
自分自身が正常だと思えたからだろう。
なんか走りたくなってきたな。開放感からか。
「それじゃあお先に」
スピードをグンと上げる。
彼女を追い抜く。
一瞬彼女の胸元がきつく巻かれているのが見えた。
え?
「おいお前!それランニングのスピードじゃねぇだろ!」
そう後ろから声がする。
しかし開放感とさらなる疑問は俺を前に行かせるだけだった。
やがて彼女が見えなくなるくらいのところまで来てはみたが。
なんだあれは?
包帯か?
心臓が異常発達でもしてんのか?だとしたら俺もやがてああなるのか?
なんかすごく嫌だなと思っていたそのとき。
背後から何かで殴られた。
痛みが全くない。だが気が遠のいていく。
背後をみる。
さっきの牧師風の男だった。隣にはあのストリート女もいる。
そして何より……男の指からは何本も骨が突き出ていた。何個も関節があり、しかも様々な方向に曲がっている。
てことは能力者か?能力者なのか?
「むらが……」
口を開けてみたとき、もう既に俺は事切れる寸前だった。
よって動転。
どうなるんだろう。
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