#02 生娘の爪 堕ちる中年
《前回までのあらすじ》
これが怪獣8号なのですね。
時間はちょうど七時だった。
朝食の準備を始めるにはうってつけだ。
咲子はその辺に置いておいた手提げ袋から、色んな食材を取り出した。卵。ベーコン。レタス。そして、食パン一斤。などなど。
別に学校には五分程度で行けるので、その分を朝食にあてよう、と言ったのは俺ではない。
ここも勿論咲子である。
朝七時に来て、そして半日経った夜七時に再びやってくる。
そう定めたのだ。
それが俺が一人暮らしするための条件だった。
兄を心配しているのか、それとももっと別の目的があるのか、俺にはわからない。ただ可愛がってやるくらいしかできないのではないか。
ちなみに俺は料理できないわけではない。人並みにはできる。
だがプロ並みの腕が作ってくれると言ったら?
そりゃ誰だって任せると思う。
咲子は素人目に見ても鮮やかな手つきでベーコンエッグを作りつつ、水にさらしたレタスを乾かしていた。
「まどろむ視界に黒ずむ乳輪〜♪」
「なんだその歌……」
「椎名林檎です」
「謝れ!」
ベーコンエッグ。添えられたウィンナー。サラダ。トースト二枚。ヨーグルト。
そしてマリトッツォ。
ちゃぶ台で向かい合う。
「マリトッツォはブリオッシュからクリームまで自家製です」
「……」
「食べないのですか?」
「……いや、なんだろう、食べた瞬間田舎者の扱いを受ける気がする」
「そんなこといったらヨーロッパの菓子なんて大体田舎生まれですよ」
「そうかなぁ、そんなもんかなぁ」
「マリトッツォはイタリアでは朝食として食べられるのですよ」
「食べよう」
なぜだが雑学を聞くと食べてもいい気がしてきた。
流行遅れでも雑学言えば逆に許されるとか、断じてそんなこと思っていない。
朝食はいつも通り、満足感を得て終わった。
やはり朝食をしっかり取ることはそれなりに幸せな一日につながっている……と今にして思う。
「それでは私はこの辺で」
「気をつけてな」
咲子は当番があると言って先に出て行った。
現在の時刻を確認。
昼食をゆっくり買いつつ向かうならいい時間だ。
さすがに咲子も弁当まで作るのは骨が折れるらしい。
習い事も多いし、何より彼女は九時には寝床につく。さすがに酷な話だ。
なので昼食は俺が自分で調達することになっている。
しかしやっぱり、食事というのは毎回違うものを食べたい。構成する色が一つ一つ違うから彩りが生まれるのだ。
なので暇なときはよく周辺の店を調べている。
今日はクロワッサンにすることにした。
季節限定でスイカなんてのがあるらしい。食べたことも聞いたこともない、ので口にしなくてはならない。
道を歩くと、色んな人から二度見された。
そりゃ背中から制服を突き破ってトゲが生えているのだ、誰だって心配する。
例のトゲはさっき咲子が帰った後写真を撮ってみたが、なんかツヤが出てきた気がした。
あれはやはり苦行だったのだろうか。
痛めつければ痛めつけるほどツヤが出る、それはもう鉄かなんかではないだろうか。
しかし店があるとこが曲者で、ちっちゃいビルの建ち並ぶ中から、そのうちの一つの地下一階にようやくあるという。
普通にひどい立地だと思う。
そこら辺のビルたちにもまた特徴がなく、どこも無機質な赤ともオレンジとも言えない色をしていた。
どうせならもっとビビッドにしとけよ、と言いたくなった。
そしてなんやかんやで見つけることはできたものの、売り切れていたため仕方なくシナモンで我慢することにした。
そして地上に浮上したら。
なんだか辺りが騒がしかった。人でごった返しているし、なんかパトカーの音まで聞こえた。
試しに近くのお兄さんに聞いてみた。
「すいません、なんかあったんすか」
「上見てみて、上」
「はぁ」
上を見てみると。
肩から羽をはやした白衣の姿の男と。
胸から爪みたいなのを生やした小柄なジャージ姿の女が。
ビルの屋上付近で戦っていた。
問題はどちらも、爪のような質感に見られたことだ。
即ち同類だ。
まずい。
まずいぞ。
関わりたくはない……!
男の方は空を飛べるようで、宙に浮きながら羽を飛ばしていた。
爪のような材質のせいか、ローマとかの大理石の彫刻のようにみえる。
やがて羽根をばらまいて……それを飛ばし始めた。
便利な機能が付いているのだろうか、女の方に向かっていく。
女はそれを一つ一つ串刺しにしていく。あまりにも鋭いのかそれともそんなに強度がないのか、羽根は貫かれるとボロボロと崩れていった。
女の方は空が飛べるというわけではないそうだが、しかし人間離れしたスピードで辺りを駆け回っていた。目で追うのがギリギリなほどだ。
男は接近戦には弱いのか、距離を取って戦っていたが、しかし女の爪の串刺しに見事にハマってしまったのか、徐々に距離を詰められていく。
そして女が跳んだ。
男は本当に接近戦における武器がないのか、肩の両翼で身を隠す。
だが先ほどの通り……羽根は貫かれ、そして彼自身の身体もそれに伴った。
刺しに行く軌道が斜めっていた為か、二人は屋上から乗り出し、宙に出た。
同時に地面に落下していく二人だったが、男の羽根の最後の頑張りか、ゆっくりと落ちていく。
それを俺含め、人々は眺めるしかなかった。
本当に物騒なもんだ。
さっさと逃げようと思っていたのに、つい最後まで見てしまった。うっかりさん。
「ねぇ君、そのトゲって……」
後ろから、太った男性に触られてしまった。
「……あいつらの仲間?」
「いや、違いますよ。これは持病で」
「嘘だろう?」
「本当ですって」
その人の声が大きかったせいか、だんだん人々の目線が俺に向き始めた。
「君もあいつらと同じなのか!」
「だったら戦わないの?」
「あのかっこいいおじさんを刺した女とっちめてやってよ!」
一気に大勢の人に問いつめられる。
だがしかし俺は駄目だ!
「俺は!あの人たちみたいに!戦えない!」
彼らは能力として使いこなしている。……いやおっさんが弱すぎるような気はするが。
だが俺はこの背中のトゲをどうこうできる域にまで達していないのだ。
そのためもしもあの女に目を付けられてしまったら?襲われてしまったら?
あのおっさんのように串刺しにされるだろう。
無理な勝負だ。勝てっこないのだ。
そもそもこれが生えてまだ一日も経ってない。
初心者なんだから優しくしてくれ!
「当たって砕けろ!」
「主役は戦いの中で成長するもんだ!」
「神が見守ってるよ」
「んなわけあるか!」
そのとき、なにか寒気のようなものがこの場に走った。
途端に人々が間をあける。
その向こうには。
あの女がいた。
美しかった。
いや可愛い、と口から頭から出る前に、そもそもの顔のパーツの造形が完璧すぎて、それが本来示そうとしている可愛さが隠れてしまい、それしか頭には浮かばないのだ。
本当に、生きているのかどうかを疑いたくなった。
それくらいこの不対称で、不合理極まりない生物というものの容姿の概念を、存在だけで否定していた。
もはや俺も立ち尽くすほかなかった。逃げようと思ったが、恐怖を与え相手を支配するように、その圧倒的な美しさで俺を支配している。
周りの人々も同じようだった。おっさんを庇護していたおばさんもよだれが出るくらいには驚愕し、動けなくなっていた。
しばらく時が止まったかのように思えた。
彼女は俺を一瞥すると、まるでカラスの死体でも見たかのように無価値なものを見たような素振りを見せ、そして去っていった。
人々が自然解散していく。
許さんぞお前ら。
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