骨が生えたら、かわいい後輩ができたんだが。あと義妹もグイグイくる。

乱痴気ベッドマシン

#01 床に穴 妹に小言

 俺こと長南幸司おさなみこうじは別に朝に強い方ではない。

 なので急いで起きるなんてことをする人間でもない。

 でも早朝に目が覚めた。

 ぼろっちいワンルームのアパートでも、俺はここ半年間安眠を続けていたはずだった。

 まぁ朝から布団に突き刺さって身動きがとれないとなれば、話は別だろうが。

 

 別に俺が頭から床に突き刺さっているってわけではない。

 背中から、何かが生えて、それで俺は地面から、仰向けの状態で浮かされている。

 動こうとしても動かないということなので、当然生えているものはそれなりの強度を誇っている。

 仕方ないので手で触れてみた。堅い。それに身体を支えていられるわけなので、太くもある。

 全くどうしろというのか。

 身動きがとれない、と言ったがそれは立って歩き回れないという意味であり、一応手足は動かせる。

 これは何を意味するか?

 、ということだ。

 しかし俺一人でどうにかできるわけではなかったので、妹を呼ぶことにした。

 幸いスマホは枕元にあったので、なんとか取って電話をかけることができた。

 『もしもし、咲子いるか』

 『兄さん、どうしたんです?まだ六時ですよ?』 

 『緊急事態なんだ。今すぐ来てほしい』

 『その割には呑気な口ぶりじゃないですか』

 『とにかく来てくれよ』

 『しょうがないですね』

 電話はとぎれた。


 その直後にチャイムが鳴った。

 家までは十分くらいかかるはずなのだが。

 それはそれとして合鍵を渡してあるはずなのに、さっさと開けられる気配がなかった。

 再び電話をかける。

 『なんですか。服装の指定でもしたかったんですか』

 『そんなニッチな風俗みたいな真似するか!動けないからさっさと入ってきてくれ!』

 『はい』

 そう言いながら彼女は鍵でドアを開けた。

 恐ろしく静かな開け方だった。

 入ってきたおかっぱの少女は、病人と疑われても仕方がないくらいに青白く、またよくできた人形に間違われるほど表情がない。

 体躯もそう見られてもおかしくないほど小さい。しかし今年で五年生。正直心配ではある。

 手には手提げ袋を持っている。用事だろう。

 彼女、長南咲子は俺の義理の妹に当たる。

 かれこれ八年前、恐ろしく苛烈だった俺の母親……今どうしているのか知らないが……と別れた特徴もないほど凡庸な父は、これがまた人間かどうか怪しいほど静かで無表情な女性と再婚した。

 そこに引っ付いてきたのが三歳だった咲子である。

 ちょうど物心が付く頃だったのか、まるで元々兄妹だったかのように俺になついてくれた。ので、俺もちゃんと兄として振る舞おうとした。

 その結果どうなったかというと。


 毎日朝食と夕食を作りに来てもらっている、というのが現状に当たる。


 よくないと俺も思う。でも彼女が望むからこれもまた仕方がない。

 どれくらい望んでいるかというと、朝をシリアルですまそうと買って置いておいたら、袋を窓から逆さまにされて結果全部鳩の餌になったりした。

 『私今下着何履いてると思う』

 『テレクラじゃねぇからこれ』

 そう言ったら目の前で電話を切り、その感情を置いてきた目で見下ろされる。

 「どうなってるんですか、これ」

 「俺もわからん。抜けないか」

 「やってみましょう」

 咲子が背中に手を引っかけて浮いた俺を倒そうとするも、しかし微動だにしない。

 「か弱い線の細い美しき五年生には無理があります」

 「付け足すな」

 「仕方ないですね」

 そう言うと、なぜだが手元にスコップを持っていた。

 「……どっから出した?……そして何をする」

 「これで、ひっくり返します。床ごと」

 「おい待て!」

 叫びはむなしく。

 布団もろともスコップは穴に突き刺さり、そして上げられた床には穴が開いた。

 床がささくれのようにめくれあがる。

 とっさの判断で回転して穴から離れられたが、下手したら俺はあそこから下のおじさんの家にダイヴしていたのだろう。

 寝起きに突入するのはもう古臭いと思う。

 「殺す気か!馬鹿!」

 「別に小学生であれば穴を開けても許されますし、兄を下に落としても同様です」

 「立場を悪用するな」

 「抜けられたからいいじゃないですか」

 「それはそう」

 とりあえず立ち上がってみた。

 「写真撮ってくれないか」

 「何用?」

 「そんな出会いを求めてない!後ろだよ後ろ!」

 「はいはい……ひゃー、なんだこれは……たまげたなぁ」

 「不安を煽ってない?」

 「いや、実際すごいですよ」

 写真を見せてもらう。


 背中から腰まで、トゲのようなものが数本、綺麗に縦に並んで生えている。

 どこかくすんだ赤色をしている。乾ききった血とか、あの類だ。

 無論突然生えてきたせいか、俺の寝巻きであるTシャツには穴が開いてしまっていた。

 でも比較的綺麗に貫いていた。

 それがどうした。

 

 「これが怪獣8号なのですね」

 「違うと思う」

 すると途端に考えるようなポーズを取った。

 「……にしてもそれ、なんなんでしょう」

 「なんなのってのは?」

 「身体でいうとどこに当たるんでしょう。まぁ考えられるのは爪か骨かという話なんですけど」

 「まぁ今痛みがないから、爪じゃねぇの」

 骨自体にも痛覚はないらしいが、周りに痛みを伝える部分があるらしい。なのでまぁ露出していてもそうなるんじゃないかなぁ、と思われる。

 よって爪となる。

 「爪なら削れるかもしれませんよ」

 「試しにやってみよう」

 試しにヤスリで削ってもらう。

 しかし彼女のいらついた声が漏れだしていた。

 「……傷ひとつつきません」

 「なんと」

 「ヤスリでも削れないなら、チェーンソーくらいしかありませんよ」

 「それはさすがに」


 と言い掛けた直後に彼女の手にはチェーンソーがあった。


 「さっきからなんなんだよ!どっから出してんだよ!」

 「いきますよーそーれ」

 咲子がチェーンを引っ張ると、音を立てて刃が回り始めた。

 さっきからいつご近所さんに突入されてもおかしくないのだが、どうなんだろう。

 チェーンソーがトゲに当たる。痛みはないが振動は伝わってきた。

 やはりこれは俺の器官であることは間違いない。

 しかし何かが取れかかっている気は全くしない。

 「チッ!コイツ!」

 普段全く聞かない口調で咲子が毒づく。

 ますます力が入っていく。しかし俺のトゲも強情なのか、一向に折れることもしなければ削れようともしてくれない。

 「ガアァァァァァァァァァァ!」

 獣みたいな叫びが咲子から放たれる。

 その瞬間。


 チェーンソーが飛んだ。

 

 力を加えすぎて反動を咲子が抑えられなくなったのだろう。

 

 「「あっ」」


 そしてそれは刃を下に向け……俺のバッグに落ちた。

 俺の高校のバッグは幸い分厚かったからか、半分までしか刃は通らず、やがてそこから刃は下に行かなくなった。

 いや本当に不幸中の幸い。

 すかさず咲子がレバーのようなものを引く。

 なんとか止まってくれた。

 チェーンソーをどけ、中身を確認する。

 教科書を横向きに入れていたせいか。

 全部縦の半分の箇所から、横に半分だけ切れていた。

 器用な真似だ。こんなときじゃなかったらちょっとほめるかもしれない。

 いや正直ぶち切れたかったが別に教科書としては使えた。

 バッグも同様に縦半分が切れていてチャックが閉まらなくなっていたが、しかしそんなバッグはいくらでもある。

 どちらも普通に使えはする。

 なので怒るかどうか微妙なラインだった。


 でもさっきの穴があった。


 「咲子!!!」

 「す、すみません」

 「どうしてくれるんだ!これ!」

 「安心してください。償いはできます」

 「反省をまずしろよ」

 「三十万くらいなら手元にありますが、それ以上は資産を崩さないといけなくて」

 「お前は俺の知らんとこで何しとんだ」

 「この家も大家さんが知り合いだから借りれているみたいな物でしょう」

 「人の恩を振り回すな!反省の意を少しは示せ!」

 「じゃあ、兄さんの荷物持ちになります……」

 「そうだな……いやそういう問題じゃねぇよ!」

 流されそうになった。こいつが感情を少しでも見せたらそれに引っ張られるのだ。

 「反省しろ!」

 「わかりました。罰として兄さんに一生を捧げます」

 「軽くコストとして出すな」

 「えへへ」

 舌を出して拳をこつん、と頭にしてみせた。

 無表情かつ無感情で。

 さすがにここまで来ると図々しさが勝る。

 ……が、しかし。

 「もうするんじゃないぞ」

 頭をなでながら、俺は諭すように言った。

 「わかってますとも」

 そう言う彼女の声は、どこか誇らしげに聞こえる。

 まぁいいだろう。

 大体。

 

 

   

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