第46話 めぐる五芒星

 壁面に立ち並ぶ容器の中で、赤髪の素体たちが眠っている。


 三十数年前、何らかの原因でこの部屋に『扉』が出現した。紛れ込んだ異界の魂は素体の一つに乗り移り、遺跡の外へ迷い出た。


 後にジャンルカ・グァルニエリと名づけられた、この男のことである。


「今だから言うが、湖畔の遺跡でも感じてたんだよな。この……妙に頭が冴える感覚をよォ!」


 拳を振るうたびひゃっけいの体表で紅焔が爆ぜた。詠唱をせず安定して術を放つのは、熟練の魔術士でも至難の業だ。それを今のジャンルカは連続でやってのけている。


 獅子の巨体が揺らぐに従い、術の勢いも増していく。


「オラオラァッ! このままオレが倒してや――」

「調子に乗るなァッ!!」

「――はぐぅっ!!」


 百慶怒りの反撃。体をくの字に曲げたジャンルカは弾丸の勢いで壁際まで吹っ飛び、床を転げ、のたうち回る。


「いっ、痛ぇよぉおお~っ!! し、死ぬゥうう~っ!!」

「ジャンルカさん! 当たる瞬間に治癒をかけたんで大丈夫です!」


 さすがはけん。抜かりのないフォローである。

 ジャンルカは何事もなかったように立ち上がり、泣き濡れた顔で見栄を張る。


「……っとまぁ、見せ場は後輩たちに譲ってやるかな」

「アホかーっ! 今度こそ畳み掛けるチャンスだろがぁーっ!」


 怒声の主はカミーユだ。かえって闘志を駆り立てられたか、〈精霊鎧装スピリチュアライズ〉のタイプを持続型パラレルから瞬発型シリーズに切り替える。

 出し惜しみはもう終わり――そんな気概とともに放つ大魔術は、


「〈響魂旋風柱トルネード・オブ・ソウル〉っ!!」


 さながら局地的な竜巻であった。極度に圧縮された空気が超高速の渦を巻き、敵を四方八方からねじり上げる。


「ぐぉ、おおぉ……っ、だが……まだ、だ…………ッ!!」


 残る命を振り絞るかのように、ひゃっけいは旋風の檻を力ずくでこじ開けにかかる。

 これにはしものカミーユも浮足立った。


「マジかっ!? どんだけしぶといんだよぉっ!」

「カミーユ、下がって!」


 みおは即座に両者の間へ割り込みをかける――それが百慶の捨て身の誘いだとは気づかずに。


「かかったなッ!」


 ここに来て百慶は失った腕を瞬時に再生させる。

 不意を突かれた澪の肩口を獣爪が引き裂いた。焼けるような痛みと重い衝撃に体勢を崩される。


かつ……初めから私が狙いだったのね)


 油断を引き出す老獪ろうかいな立ち回りに内心、舌を巻く。

 眼前にはとどめの構えを取るひゃっけい。だが、みおの心には恐れも戸惑いもなかった。信頼できる仲間たちがついているから。


「澪姉を!」

「了解!」


 以心伝心、けんの声にカミーユが即応した。翼を広げた戦乙女は澪の体を空中へと運び去る。


 入れ替わりに駆け込んで来たのは、ラリッサだった。


「うちが相手じゃ」

「よかろう。船上での借りを返す好機!」


 ひゃっけいは勝手の知られたひょう流ではなく、きょう流古伝の七連撃〈うんじょうれん〉で攻め立てる。

 対するラリッサも、同じく狂流由来の応じ技〈雛魚雪節すうぎょせつせつ〉で迎え撃った。


 両爪と二丁斧、蹴りと蹴りの激しい応酬。もはや後先を見ない百慶の気勢は凄まじい。

 斧の刃がこぼれ、骨をきしませながらも、ラリッサは踏みとどまる。


「……そろそろしまいにしちゃるわ」

「その台詞、そっくり返してやる」


 互いに満身創痍、しかし力と体格に勝る百慶の優位は確実。ラリッサもそれと知りつつ、同じ絶技をぶつけ合う。


「狂流奥義――」

「――〈ちょうおん〉!!」


 両者とも、極限まで練り上げられた内勁を掌底に乗せて打ち出し――激突。結果はあまりにも明白だ。


「んぁあああ…………っ!!」


 押し負けたラリッサの腕が、音を立ててひしゃげる。

 獅子の面がわらった。勝利の確信――ではない。ひゃっけいは己の慢心をあざけったのだ。


「味な真似を……小僧」


 物陰からけんがラリッサへ治癒の波動を送っていた。


「遅れてごめん」


 嘘だ。ラリッサならば耐えられると信じて、治癒のタイミングを遅らせていたのだ。挙動を百慶に気取けどられないために。


 腕も体も完治し、万全となったラリッサは内勁を二人分――倍の威力で押し返す。はたして、百慶の巨腕は内部から破裂した。


「ジャンパイ! 決めちゃって!」

「ああ、とっておきをくれてやるぜ――」


 指先に灯した炎の軌跡が、簡易術式の呪紋を宙に描く。神気充実のジャンルカが放つは、後に彼が一世一代と語る極大魔術であった。


「〈熾盛なる劫火の焚燼エンバー・トゥ・インフェルノ〉!!」

「うっ、ごぅおおおぁ…………ッ!」


 黄金色に閃く灼熱の炎が、百慶を一瞬にして焼き尽くす。

 黒焦げとなりながらも、依然として地を踏みしめる獅子の威容を、みおは眼下に見下ろしていた。


「カミーユ、お願い」

「よし来た!」


 精霊の翼を羽ばたかせたカミーユは、百慶の頭上で澪を解き放った。


 こくびゃくの髪が天を向いて棚引く。風をまとい、重力を背負って、斬り降ろす一刀は皆の想いを乗せて。


「新月流〈ちょう元坊げんぼう〉――!」


 憎しみの燃え殻を真二つに断ち割った。




  *  *  *




みお(変異2) イメージ画像

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