第39話 始まりの場所

 閉じられていた門のおかげか、内部に魔物の気配は感じなかった。


 遺跡が造られた目的はわからないが、その広さをみおは妙に思った。イムガイの遺跡と比べて明らかに規模が大きいのだ。


 敵がいなくとも、警戒をおこたってはいけない。


「そこを曲がった所、広い空間があるのを感じる」


 カミーユが指差す方へ連れ立って進んで行く。

 はたして、講堂ほどもある大きな部屋が皆を待ち構えていた。


「おあつらえ向きの場所だな」


 ひゃっけいが言う意味を考える余裕は、みおにはなかった。


 左右の壁一面に、硝子ガラスのようなもので造られた、人間大の容器がいくつも埋め込まれていた。

 事実、それらの中には男性とも女性ともつかない人間の子どもが、膝を抱えて眠っていたのだ。


「何なの、これ……」


 みおの疑問に答える者はいない。けんもラリッサもカミーユも、それぞれに目を見開いたまま、ただただ立ち尽くしていた。


 ジャンルカが身じろぎをしたその時、


「おそらくは」ひゃっけいが口を開く。「これこそがドヴェルグ族の正体だ」

「どういうことなの?」

「正しくは交換用スペアの素体といったところだろう。ドヴェルグは自分たちの魂を、これらの器に次々と移し替えることによって生き長らえていたのだ」


 ドヴェルグの遺跡は山岳・丘陵地帯に集中している。それらは霊脈の活性化によって隆起した土地である可能性が高い。

 荒ぶる霊脈の余剰エネルギーを利用して、ドヴェルグが高度な魔導の研究を行っていたのだと考えれば、一応の納得がいく。


「錬金術か何かの研究施設ってこと?」

「あくまで状況証拠だ。この部屋以外の設備は何者かが持ち去ったか、あるいは風化したか……いずれにせよ、遺跡そのものは霊脈から吸い上げた力で稼働を維持しているはずだ」


 冥遍めいへんの目的が究極的に「輪廻からの解脱」であることを考えれば、不老不死の探求を行っていたとしても驚くには値しない。

 その過程で、ドヴェルグ文明の研究にたどり着いていたとしても。


「あなた、どこまで知っているの……?」

「この程度の推測は一端いっぱしの研究者ならば造作もないこと。それよりも――わかっただろう、この地点に霊脈の力が集中していると」


 『扉』を開く許可を与えろと、ひゃっけいは暗に催促しているのだ。

 異存はない。だが、その前にみおはリーダーとして、仲間の異変を気にかけないわけにはいかなかった。


「少し待って。ジャンルカ、さっき何か言いかけてたでしょ?」

「……後でいい。今話すようなことじゃない」

「駄目。今言って」


 こうなったら澪は引き下がらないと、ジャンルカもわかっているのだろう。大きく息を吐くと、観念した面持ちで打ち明けた。


「思い出したんだ……オレは……そこから『生まれた』」


 ジャンルカが指差した壁のそばには、真二つになった容器の片割れが転がっていた。

 告げられて、澪はようやく気がついた。容器内に並ぶ素体が、すべてジャンルカと同じ赤色の髪をしていたことに。


「それじゃ、ジャンルカは魔人じゃなくてドヴェルグ――」

「多分、そうじゃねぇ」即座に本人が否定した。「魔人族自体が、大昔にここと似たような施設から生み出された奴らの末裔なんじゃねぇか……と思う」


 腑に落ちる感覚がした。確かにみおは、赤毛ではない、例えば銀髪の魔人がいることも知っている。彼らがこことは「別株」の子孫だとすれば納得はいく。


 だが、それ以前に一つ問いが浮かぶ。


「生み出されたって、どうやって?」

「知れたこと」と、ひゃっけいは澪に向けて顎をしゃくる。「これら空っぽの素体に悪魔の魂を憑依させたのだ」


 それこそが魔人族の起源――だとしたら、自分たちは歴史的発見に立ち会っているのではないか。


「魔人族を生み出したのは、ドヴェルグ……」

「考古学ごっこはもう充分だろう。我々の目的を忘れたわけではあるまい」


 百慶は枷をつけた両手を顔の前に掲げた。


「待って。今『扉』を開いたら、ここにある素体に、向こう側から迷い込んだ悪魔が憑依する危険はないの?」

「危険は承知の上だろう。どのみち、ここ以上に『扉』の顕現けんげんに適した場所はないのだからな」

「…………わかった。みんな、注意してね」


 みおは仲間たちに、そして最後に百慶に合図を送る。


ひゃっけい……」

「……感謝するぞ。幽慶ゆうけいの頼み、それにお前自身のためとはいえ、わたしをここまで連れて来てくれたことを」


 百慶の全身に、呪法の紋様が浮かび上がっていく。


「我が命を糧とし、いざ開かん――異界の『扉』よ」

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