第37話 門前払い
ラリッサたちが「門」と呼ぶそれは、物理的にはアーチ状の建造物にすぎず、建物や山肌に面してすらいない。
だが、その下をくぐった向こうは、いずこかへと続いている――そう推測する。
言わば、大がかりな魔導機。先に
門の表面を漂う微光が、そのことを物語っていた。
「三行目を入力すれば、門は開かれるはずなのに……!」
誰よりも失敗を自覚しているであろう
ラリッサが歩み寄ろうとした矢先、
「落ち着け、小僧。二行目は確かに合致していたはずだ――そうだな?」
「ああ。四人が柱に触れるたび門に反応があった。けど、三行目に入って以降は一度も反応していない」
「よく見ているな。さすがは
「そりゃどうも」
「聞いたな? 貴様らは何かを見落としている。前提を疑え」
悔しいが、百慶の指摘は的を射ている。
ラリッサたちは今一度、碑文を見返した。
the key is in the Fire of Babylon.
「一行目――大文字は『F』と『B』だけよね?」
献慈以外でユードナシアの文字を判別できるのは、ラリッサだけだ。
「うん……二行目と三行目も大文字だけを拾って…………いや、待てよ」
「献慈くん?」
SaDness for the DeaD, Delight of InvItatIon for 7 VictIms.
――この三行目を、
SD DD D III7 VIm
「大文字以外に『7』と『m』も拾っている……この二つが余計だったのか……?」
なまじ音楽知識があったゆえの勇み足だったのか。疑念に顔をしかめる献慈だったが、
「それはないな」イグナーツが反論する。「合わないのが四手目と五手目だけなら、途中までは門が反応を見せているはずだ」
「つまり……どゆこと?」
カミーユがやきもきした様子で皆の顔を見回す。
はっとした面持ちで、献慈が新たな答えを口にした。
「……逆だ。取りこぼしていた文字があったんだ、一行目――」
the key is in the ‘F’ire of ‘B’a‘b’ylon.
「――『F』と『B』と……『b』。三行目のキーは『
SaDness for the DeaD, Delight of InvItatIon for 7 VictIms.
SD DD D III7 VIm
E♭ C F D7 Gm
先と手順は同様に、ラリッサたち四人は立ち位置を左へ一つずつずらして、柱と台座に触れていく。
最後のコードを入力した瞬間。
門は、これまでで最も明るい輝きをほとばしらせた。
「ケンジ! 何か成功したっぽい!」
カミーユの第一声が、変化の訪れを告げた。
門のアーチに囲まれた内側が、水面のように揺らぐ遺跡内部の景色を映し出していた。
「ありがとう、みんな。イグナーツさん、それから
「……フン。立ち往生はわたしも望むところではないからな」
百慶はそう言い捨てながら、早くも門の方へと進み出ていた。
「おい、待てって! リーダー、いいのか?」
慌てたジャンルカが確認を求めるも、
「いいよ! みんな、出発進行~!」
前を行く三人に続いて献慈、そしてラリッサも門をくぐった。
「ふわっ……いなげな感じじゃ」
薄い膜を突き破る感覚がした。揺らめく境界を踏み越えると、石で出来た壁・天井・床――全体がほんのりと明るく、しんと静まり返った空間が広がっていた。
その直後、別の奇妙な出来事が一行を悩ませる。
最初に気づいたのは、ジャンルカだった。
「どうした? イグナーツ」
「そっちに入れん。膜に……押し戻される」
門の外ではイグナーツが、立ち止まったままパントマイムに似た動きをしている。困惑した表情を見るに、どうも冗談ではない様子だ。
「ぬわ~っ! あたしも入れねぇ~っ!」
カミーユの挙動も奇妙だった。こちらへ向かって体当たりをかましながら、門の直前でずるずるとくずおれている。
ラリッサは思わず、
「何が起こりよるん……?」
「わからない。でも、俺やラリッサが通れるってことは、多分……マレビトが関係してる」
そもそも、碑文を書き残したのはマレビトだ。今までの仕掛けも、同じマレビトが解除するのを見越していたに違いない。
ユードナシア生まれの献慈に、門は通行を許可した。同じ因子を祖母から受け継ぐラリッサも同様に。
「それなら、私たちは?」
皆が口をつぐむ中、最初に発せられた声は、門の外から聞こえてきた。
「なるほど。条件がわかった!」
物知り顔のカミーユが、気取ったポーズを向けていた。
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