第27話 王子様は休業中

 四人で買い物に出かけよう。


 最初に提案したのは誰だったか。

 はっきりと憶えてはいないが、年頃の女子が四人集まれば、誰が言い出したとしてもおかしくはない。


 引っ込み思案な自分――ぶね香夜世かやせを除いては。


「可愛らしい髪飾りだね」


 うるが褒めたのは、ラリッサのサイドテールを彩るシュシュであった。なるほど、桃色の髪に水色の布地がよく映えている。


「ありがとー。これなー、みおちゃんにもろうたんよ」

「誕生日だったし……作ってみた」


 澪はうつむき加減におちょぼ口で付け加える。出来に自信がないのか、単に照れているのか。

 香夜世が様子をうかがかたわらで、潤葉はお構いなしに二人へ近寄っていく。


「へえ、すごいじゃないか。もっとよく見せてみて――」

「潤葉様っ、早く出発しますよっ」


 香夜世は慌てて潤葉の腕を引き寄せた。少し目を離すとすぐこの調子だ。


 潤葉は自分とは違って社交的である――良くも悪くも。とくに女性との距離感が近いのには、毎度やきもきさせられる。


「そう急がなくても……いや、カヤの言うとおりだな」


 近代建築の建ち並ぶグ・フォザラの新市街は人通りも多い。

 そこへ、一際ひときわ目を引く長身の美女が三人も現れればどうなるか。


 潤葉は、吊りズボンにジャケットの男装姿。艶めくショートヘアの片側から覗いた、鬼人の角も凛々しい。


 澪は、流行り柄のおめし行灯あんどんばかまのいでたちである。結い上げた黒髪にくしかんざしがお似合いだ。


 ラリッサは褐色の肌を大胆に露出した南国風のカジュアルコーディネートだ。厚底のグラディエーターサンダルは、自慢の長い脚をより一層際立たせている。


(皆さん、揃いも揃って目立ちすぎなんですよ……!)


 とっておきの銘仙めいせんと羽織で目一杯お洒落を決めて来た香夜世であったが、いざこの三人と並ぶと気後れしてしまう。


 そうでなくとも、これ以上人目を集めないうちに、一刻も早く目的地へ移動したかった。




 四人が向かった先は、先月開店したばかりの百貨店であった。


「……みんなこっち見てるね」


 みお香夜世かやせに耳打ちしてくる。言われずともわかる。理由も察せられた。


「僕がいるせいだな。すまない」


 うる谷津田やつだ財閥の令嬢として顔が知られている。店員からは敵情視察と疑われるのもやむを得ない。


「変装してみたらどうじゃろ?」


 ラリッサの発言に、みおが色めき立つ。


「いっそのこと可愛い格好してみるとか?」

「……っ!? それはいいですね!」


 脳裏に浮かぶ「王子様」の「女装姿」――香夜世は一も二もなく賛同した。潤葉包囲網の完成である。


「なっ……みんな急にどうしたんだっ!?」

「潤葉様……ご覚悟ください……!」




 一時間後――。


 フリフリのワンピースにリボン、そして金髪のウィッグを装着したうるを取り囲む三人は、皆一様にホクホク顔であった。


「潤葉、すっごく可愛いよ?」

「ほんまじゃ。銀幕のスタアにも負けとらん思う」

「服装に合うアクセサリーも必要ですね。さ、行きますよ、潤葉様」

「今日の予定って、こんなだったっけ……?」


 一人戸惑う潤葉を連れて、香夜世かやせたちは百貨店の売り場を渡り歩くのであった。




「仕上げのメイク決めに行こうかいね」


 ノリノリのラリッサを先頭に、四人で宝石店から出て来た時だった。


 何かを見つけたように、うるが素早く柱の陰に身を隠す。

 案の定、そこには知り合いがいた。スレンダーなすいと、グラマラスな褐色エルフの女性二人組である。


「あら、皆さん。ごきげんよう」


 先に声をかけてきたのは、烈士組合受付の那海ナミだった。

 こちらが返事をするより早く、重力の魔女・エヴァンが続ける。


「こりゃ奇遇だこと。みんなでお洒落してショッピングかい?」

「そんなとこ。お二人もここでお買い物?」


 一時不在の潤葉に代わってみおが前に出る。


「アタシは妹分へのお土産を買いにね」


 エヴァンは元々大陸で活動していた烈士である。チームメイトがおうで武術の修業中らしく、その間だけ自分も見識を広げにイムガイを訪れていたと聞く。


「もう帰っちゃうんだ……那海さんは付き添い?」

「ううん。この子はジャンルカのプレゼント選びだってさ」


 含み笑いするエヴァンの横で、那海はしきりに眼鏡を上下させていた。


「た、ただの昇級祝いだし! そんな深い意味はないから!」

「ふーん。ジャンパイとお幸せに~」

「もぉ……君たちはぁ……」


 ネコ耳を忙しく動かしながらもう二言三言弁解した後、那海はエヴァンとともにその場を去って行った。


 二人の姿が見えなくなったタイミングで、うるが柱の陰から出て来る。


「もう行ったかな……?」

「そがぁにコソコソせんでもええじゃろ」

「だ、だってぇ、恥ずかしいし……」


 ワンピースの裾を掴んでもじもじする潤葉の仕草に、香夜世かやせはかつてない情動が身体の内側から沸き上がるのを感じていた。


(くっ……! これはっ……い、一旦落ち着かなくては……っ!)


「そうよね。まだメイクが完成しとらんもんね。こうなったら口紅から香水までうちがばっちり決めちゃるけぇ、はよう売り場行こうやー」


 急ぎ立つラリッサに、香夜世は待ったをかける。


「ま、待ってください。わたしはちょっとお手洗いに――」

「私も」


 言葉を割り込ませたのは、みおであった。


「後で追いつくから、二人とも先に行ってて」




  *  *  *




うる(女装)/香夜世かやせ イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330669455512041

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