第28話 あなたとわたしは友だちだから

 所変わって、百貨店の化粧室。

 洗面台の鏡を見つめる香夜世かやせの隣では、同じくみおが正面を向いて身繕いをしている。


「らしくないですね。澪さんが居残るなんて」

「カヤちゃんこそ」

「わたしはその、慣れない外出で人酔いしてしまいまして」


 とっさの言い訳だが、まったくの嘘でもない。根っからのインドア派といえども、仕事で出歩くのと遊びで出歩くのでは、気持ちの割り切りが違う。


 そんなことよりも香夜世が気になるのは、澪の様子である。


「私も。ちょっと疲れたかも」

「気のせいでなければ、先ほどから――」


 香夜世は澪と顔を見合わせ、思わず言葉を呑んだ。

 乱れた前髪の隙間から覗く、生え際の片側が白く染まっていた。


 表情の移り変わりで、互いの心情は察し合えたように思う。


「……バレちゃったね」

「それは……『扉』の影響ですか」


 多分、と澪はうなずく。その間も微笑みは絶やさない。


 注意深く、顔色を、目の動きを、仕草を窺う。こんな場合、師であればどう観察するだろう。

 だが生憎あいにく、門派は霊障の対処には明るくない。呪禁じゅごん師や僧侶に相談するのが賢明だ。


「誰にも言わないで」


 こちらの考えを見通してか、澪の言葉が機先を制した。


「しかし……」

「話し合いを」

「……話し合い?」

「試してみたいの。私の中にいる存在ものと」


 異界の存在が中にいるのだと言われても、確かめるすべはない。除霊や祈祷で片が付くものならば、とっくに試しているはずだ。


 現時点で導き出される推論はただ一つ。


(まさか……霊体同士の融合が始まってしまっている……?)


 おそらくは、それを澪自身が実感しているからこその言い様なのだ。


「……わかりました。この場はあなたの気持ちを尊重します。ですが、手に負えないと判断したらすぐに相談してください」


 それが精一杯の譲歩だった。


「優しいんだね、カヤちゃんって。何となくけんと似てる気がする」

「わたしはあんなお人好しではありませんよ」


 褒めてくれているのはわかる。最愛の人に似ていると言われて、どう振る舞うのが正解かがわからない。


「あなただって、私の様子がおかしいって気付いてくれたじゃない」

「すると献慈さんは……」

「うん。知ってるよ。言ってないけど多分、リッサも気づいてる。私から打ち明けるのを待ってるんだと思う」


 新月組しんげつぐみの信頼の厚さには羨ましさすら覚える。彼らは仲間である以前に恋人であり、友人同士でもあるのだ。


 胸がざわつく。


「澪さん。もし……わたしを友人だと思ってくれているのなら」

「思ってる。カヤちゃんもうるも友だちだって」

「ならば約束してください」


 香夜世は護符の束を取り出し、澪の手に預ける。


「毎日、連絡を下さい。どんなさいな変化でもいい。ちゃんと知らせてほしいのです。友人の身体を心配するのは当然のことでしょう?」

「……うん。約束するね」


 心が通じ合ったとわかったとき、なぜこんなにも晴れやかで満ち足りた思いがするのだろう。


 今日、香夜世は友を得た。その素直な喜びは、同時に生まれた友を失うかもしれない不安を、ほんの少しでも和らげてくれる。




 化粧品売り場では、したり顔のラリッサがうるを従えて待ち構えていた。


「見て! ぶっち可愛うなっとるよね!?」

「…………」


 自信なさげにうつむく潤葉であったが、身長差が仕事をする。

 ちょうど見上げた香夜世かやせの位置から、照れ顔の潤葉と目が合った。


「はい。すごく可愛らしいです」

「カヤが……そう言うなら……」


 潤葉はゆっくりと顔を上げた。


 普段より丸みを帯びて見える顔立ちは、白粉おしろいと頬紅のおかげだ。ウィッグの金髪に合わせた色選びを意識しつつ、アイメイクや口紅は主張を程よく抑え、全体での柔らかい印象を与えることに重点を置いている。


 ――というのは、横からみおが語った内容の要約だ。


「リッサはさすがだなぁ。あ、もちろん潤葉の素材がいいのは前提だけど」

「詳しいんですね、澪……は」


 香夜世が感心の声を漏らすや、俄然ラリッサがこちらへ目を光らせた。


「何か……二人ともさっきから距離近ない?」

「えっ? そんなことないと思――」


 澪が答え終えるより先に、潤葉が香夜世を体ごと抱き寄せる。


「抜け駆けは許さないぞ、澪君! カヤは僕のなんだからなっ!」

「潤葉様……落ち着いてください……」


 揉みくしゃの香夜世に注がれる、ラリッサの申し訳なさげな眼差し。


「ごめん。こがぁ嫉妬する思わんかったけぇ……」

「わかってる」澪が助け船を出す。「私ね、カヤちゃんに話したんだ」


 黙ってうなずくラリッサと、目を丸くする潤葉をそれぞれ一瞥いちべつしてから、澪は言葉を続けた。


「だから、やっぱり二人にも聞いておいてほしいの。私の……秘密を」


 四人で囲んだその日の昼食は、香夜世にとっても忘れられない席となった。

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