第11話 不肖の弟子

 瑠仁るじろうはすかさず高木の梢まで登り詰め、地勢と敵の分布を確認する。

 山道の前方にツチグモおよそ十体、後方は五体。仲間たちへ知らせるや、直ちに陣形が組まれた。


「和尚、背中は任せました」

「うむ。好きなだけ暴れなされ」


 交わす言葉はそれで充分だった。左肩から背負い太刀を抜き放ったうるが矢のごとく飛び出して行く。


 三尺二寸、ほうりゅういん寿満としみつ大太刀。両手持ちを想定した柄は肘の長さと同等、大陸で使われる双手刀に酷似している。

 いかにも、それは彼女の戦いぶりに相応しい得物であった。


「道を開けろ――」


 横薙ぎの一文いちもん。行く手を塞ぐ牛馬大の化け蜘蛛二体がまとめて両断された。間髪を入れず、それらの骸を跳び越えての斬り下ろし、返す刀で計四体を瞬く間に屠る。


 軽妙にして豪快、イムガイ剣術とは趣を異にする立ち回りは、おうに伝わるミョウトウジュツのそれであった。


「潤葉様……素敵です……!」

香夜世かやせ殿、見惚れている場合ではござらぬぞ!」

「二人とも、はよう手を貸してくれい!」


 反対側では幽慶ゆうけいが錫杖を手に孤軍奮闘していた。鬼人の屈強な巨体をもってしても、その倍はあるツチグモ数体を食い止め続けるのは厳しい。


 先に動いたのは瑠仁郎だ。組み合わせた両手で次々と印を結び、


「行きますぞ……忍法〈雷燦らいさん〉ッ!!」


 発現した雷撃をツチグモの群れへと解き放った。総勢五体、一斉に動きを止めるには至ったものの、煙のくすぶる体からは戦意が消え失せていない。


「むうっ……威力が分散してしまったか……!」

「上出来です」


 入れ替わりに香夜世が前へ出る。ばら撒いた呪符が黒揚羽に変じ、敵陣の真上で隊列を成した。

 その並びこそは北天に瞬く七つ星『玉琴』の星座図にほかならない。


詠応えいおうきゅうおん堂爛どうらんりつりゅうしょう……相奏あいそうせよ、〈大禍鬨おおまがとき〉!!」


 不気味な鳴動を発しひろげられた蝶のはねが、漆黒の闇となって敵群を呑み尽くす。

 やがて闇が晴れた向こうに、全方向から押し潰され、ボロボロにひしゃげた骸が五体分吐き出された。


 振り返った幽慶の表情には、安堵と畏怖が入り混じって見える。


「ふぅ……香夜世殿は容赦がないのう」

「生憎と手加減ができませんもので。それより潤葉様は……」


 行く先を見渡せば、死屍累々。仲間たちの残骸を踏みしだく最後の一体と、潤葉が今まさに対峙していた。


「あれが親玉でござろうか?」


 一見して同じツチグモだが、黒光りする殻に覆われた脚は、刃が掠めた程度では傷一つ付かない。加えて、機敏な動きで太刀を制しながら間合いを測る狡猾ささえ窺えた。


 潤葉がこちらへ呼びかける。


「ルジ! 二秒貰えないか?」

「承知いたした!」


 意を察した瑠仁郎は、すぐさまツチグモの頭部へナイを投げ放った。

 敵が動きを止めた一瞬の隙に、潤葉は右肩に大太刀を担ぎ、右腰に差した刀の柄へ左手を伸ばす。


「抜刀式――〈じゅうりゅうせい〉!」


 大太刀での袈裟斬りと、抜刀の太刀筋がぴたりと交差する。圧縮された剣気が疾走し、親グモの巨躯を四つに引き裂いた。


「……わずかにズレたか。まだまだ未完だな」


 納刀する潤葉のもとへ、香夜世が拍手を響かせ駆け寄って行く。


「お見事です! 潤葉様」

「ありがとう。けど今のツチグモ……」

「はい。尋常ではない強さでした。もちろん潤葉様にはまったく敵いませんでしたが!」


 前後して瑠仁郎たちも二人に合流した。


「徒党を組んだことで、群れを率いる強力な個体が生まれたのでござろうか」

「環境が立場を作る――魔物も人も同じかもしれぬのう」


 何気ない幽慶のつぶやきに、潤葉は物思う素振りを見せるも程なく。


「敵の気配も収まったことです。出発しましょう」


 四人は再び山道を歩き出した。




 目的の庵は、沢の流れる竹林のそばに見つかった。

 瑠仁るじろうは周囲を警戒しながら、入口の引き戸に手をかける。


「問題ござらん。さ、中へ」


 皆を庵内へ招き入れた。

 薄暗い屋内で、小さな影がうごめいている。


香夜世かやせ殿、気をつけ――」

「この程度……んっ……!?」


 飛びついて来たそれを懐刀で迎え撃つも、刃こぼれに唖然となる。


ニン!」


 雷撃で黒焦げになったそれは、金属よりも硬い皮膚を持つ化けネズミ――テッの死体だ。


「ここまで小さいのは珍しいのう。何匹潜んでおるのやら……考えたくはないが」

「刺激しなければ襲っては来ません。それより目的のものを優先させましょう」


 土足のまま中へ踏み入る。目立って荒れた様子はない。所々柱に傷が見えるのは、先ほどのようなテッソの仕業だろう。

 しかしあれ以降遭遇することはなく、奥の部屋へ着いた。


「仏像というのは、あれでござるか?」


 経机きょうづくえに木彫りの如来像がぽつりと置かれている。

 幽慶ゆうけいがかっと目を見開いた。


「まさか……」

「おや、想像よりだいぶ質素な――」


 香夜世が手を伸ばそうとした時、瑠仁郎は産毛がざわつくような嫌な感覚を察知する。


「待たれよ!!」


 ほぼ無意識に叫んでいた。潤葉が香夜世の体を引き寄せ、幽慶が皆の前へと躍り出る。

 仏像が妖しき閃光を放つ。


ぁあああァ――――つッッ!!」


 大爆発とともに視界が炎と煙に覆われた。




 跡形もなく吹き飛んだ庵の跡地に、十字星の四人は佇んでいた。

 誰一人欠けることなくいられるのは、咄嗟に幽慶ゆうけいが障壁を張ってくれたおかげだ。


「謀られましたね」


 憎々しげに香夜世かやせは歯噛みする。


「依頼人……寺社奉行の遠縁というのも偽りでしょう」

「いや。案外そっちは本当かもしれない」


 うるが重々しく答える意味を、瑠仁るじろうもすぐに悟った。


「邪教の手がそこまで伸びているのでござるな」

「…………」


 一人押し黙る幽慶を、皆が心配そうに見つめる。


「和尚……」

「あの木彫り、拙僧には見憶えがある」


 続く言葉を、三人は黙して待った。


ひゃっけい――かつての弟子にして、拙僧を陥れた張本人よ」


 細められた眼に灯る老僧の想いを、瑠仁郎たちはまだ知る由もなかった。

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