第11話 不肖の弟子
山道の前方にツチグモおよそ十体、後方は五体。仲間たちへ知らせるや、直ちに陣形が組まれた。
「和尚、背中は任せました」
「うむ。好きなだけ暴れなされ」
交わす言葉はそれで充分だった。左肩から背負い太刀を抜き放った
三尺二寸、
いかにも、それは彼女の戦いぶりに相応しい得物であった。
「道を開けろ――」
横薙ぎの
軽妙にして豪快、イムガイ剣術とは趣を異にする立ち回りは、
「潤葉様……素敵です……!」
「
「二人とも、
反対側では
先に動いたのは瑠仁郎だ。組み合わせた両手で次々と印を結び、
「行きますぞ……忍法〈
発現した雷撃をツチグモの群れへと解き放った。総勢五体、一斉に動きを止めるには至ったものの、煙の
「むうっ……威力が分散してしまったか……!」
「上出来です」
入れ替わりに香夜世が前へ出る。ばら撒いた呪符が黒揚羽に変じ、敵陣の真上で隊列を成した。
その並びこそは北天に瞬く七つ星『玉琴』の星座図にほかならない。
「
不気味な鳴動を発し
やがて闇が晴れた向こうに、全方向から押し潰され、ボロボロにひしゃげた骸が五体分吐き出された。
振り返った幽慶の表情には、安堵と畏怖が入り混じって見える。
「ふぅ……香夜世殿は容赦がないのう」
「生憎と手加減ができませんもので。それより潤葉様は……」
行く先を見渡せば、死屍累々。仲間たちの残骸を踏みしだく最後の一体と、潤葉が今まさに対峙していた。
「あれが親玉でござろうか?」
一見して同じツチグモだが、黒光りする殻に覆われた脚は、刃が掠めた程度では傷一つ付かない。加えて、機敏な動きで太刀を制しながら間合いを測る狡猾ささえ窺えた。
潤葉がこちらへ呼びかける。
「ルジ! 二秒貰えないか?」
「承知いたした!」
意を察した瑠仁郎は、すぐさまツチグモの頭部へ
敵が動きを止めた一瞬の隙に、潤葉は右肩に大太刀を担ぎ、右腰に差した刀の柄へ左手を伸ばす。
「抜刀式――〈
大太刀での袈裟斬りと、抜刀の太刀筋がぴたりと交差する。圧縮された剣気が疾走し、親グモの巨躯を四つに引き裂いた。
「……わずかにズレたか。まだまだ未完だな」
納刀する潤葉のもとへ、香夜世が拍手を響かせ駆け寄って行く。
「お見事です! 潤葉様」
「ありがとう。けど今のツチグモ……」
「はい。尋常ではない強さでした。もちろん潤葉様にはまったく敵いませんでしたが!」
前後して瑠仁郎たちも二人に合流した。
「徒党を組んだことで、群れを率いる強力な個体が生まれたのでござろうか」
「環境が立場を作る――魔物も人も同じかもしれぬのう」
何気ない幽慶のつぶやきに、潤葉は物思う素振りを見せるも程なく。
「敵の気配も収まったことです。出発しましょう」
四人は再び山道を歩き出した。
目的の庵は、沢の流れる竹林のそばに見つかった。
「問題ござらん。さ、中へ」
皆を庵内へ招き入れた。
薄暗い屋内で、小さな影がうごめいている。
「
「この程度……んっ……!?」
飛びついて来たそれを懐刀で迎え撃つも、刃こぼれに唖然となる。
「
雷撃で黒焦げになったそれは、金属よりも硬い皮膚を持つ化けネズミ――
「ここまで小さいのは珍しいのう。何匹潜んでおるのやら……考えたくはないが」
「刺激しなければ襲っては来ません。それより目的のものを優先させましょう」
土足のまま中へ踏み入る。目立って荒れた様子はない。所々柱に傷が見えるのは、先ほどのようなテッソの仕業だろう。
しかしあれ以降遭遇することはなく、奥の部屋へ着いた。
「仏像というのは、あれでござるか?」
「まさか……」
「おや、想像よりだいぶ質素な――」
香夜世が手を伸ばそうとした時、瑠仁郎は産毛がざわつくような嫌な感覚を察知する。
「待たれよ!!」
ほぼ無意識に叫んでいた。潤葉が香夜世の体を引き寄せ、幽慶が皆の前へと躍り出る。
仏像が妖しき閃光を放つ。
「
大爆発とともに視界が炎と煙に覆われた。
跡形もなく吹き飛んだ庵の跡地に、十字星の四人は佇んでいた。
誰一人欠けることなくいられるのは、咄嗟に
「謀られましたね」
憎々しげに
「依頼人……寺社奉行の遠縁というのも偽りでしょう」
「いや。案外そっちは本当かもしれない」
「邪教の手がそこまで伸びているのでござるな」
「…………」
一人押し黙る幽慶を、皆が心配そうに見つめる。
「和尚……」
「あの木彫り、拙僧には見憶えがある」
続く言葉を、三人は黙して待った。
「
細められた眼に灯る老僧の想いを、瑠仁郎たちはまだ知る由もなかった。
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