第10話 十字星
白妙の衣装に身を包んだ、長身の麗人であった。
その立派な躯幹と、額の片側に頂く鬼の角は――あるいは端然たる面立ちも――彼女が鬼人の母親から受け継いだものだ。
「
名を呼ぶや、
白百合の麗人――
「……おや? これは美味しそうなおまんじゅうだね――」
「ふぇ……っ!?」
潤葉は香夜世の体を優しく抱き寄せると、その頬に付いたあんこの粒を接吻して舐め取った。
(フォおおおぉオオオ――――ッッ!!)
「い、いけません……このような場所で……」
「何を恥ずかしがる必要があるの? 子羊ちゃん。僕はいつどこにいたって君に夢中なんだから」
「……香夜世も、あなた様を……ずっとお慕いしております」
「ああ。大好きだよ、僕のカヤ」
潤葉は歯の浮くような台詞を臆面もなく言ってのけながら、香夜世をそっと椅子へと座らせる。その間、二人は片時もお互いの目を逸らすことはなかった。
「尊い……尊いでござる……」
美しい光景に心打たれた瑠仁郎は、
そこへ差し出される、一枚の手ぬぐい。
「これこれ、男前が台無しではないか」
「和尚……かたじけない……ブフゥッ!」
瑠仁郎は泣き濡れた顔を拭い、仲間の方を振り向いた。
そこには、潤葉をさらに二回りほど上回る巨漢の老僧がそびえ立っていた。紅梅色の肌に二本の角。こちらは純血の鬼人族である。
「我ら〝
鬼面の大入道・
狐尾の忍者・
羊角の陰陽師・
そして――
「そうですね。早速皆で情報交換といきましょう」
腰には大刀、背中には大太刀を背負った半鬼の剣士・
テーブルについた四人。先の二人から報告を聞いた
「またしても後手に回らざるをえぬとは、何とも歯痒い……いや、お主らを責めておるのではないぞ」
「実のところ僕たちのほうも似たようなものでね。実家にも協力してもらってるけど、不審な取引先は見つかってない」
「邪教の徒は実に抜け目なく立ち回る。拙僧は痛いほど骨身に沁みておるでな」
かつて
その詳しい事情は、調べ上げた
「和尚ならずとも捨て置くことはできかねる。魔物を救い主などと崇める不届きな輩を世にのさばらせてはおけぬ」
冥遍夢の歴史は古く中世にまで遡る。
苦悩の淵に沈む一人の高僧がいた。相次ぐ戦乱と災害、飢饉。一心に仏の道を説こうとも、救えぬ衆生が世に溢れている。
ある時、魔物に我が子を喰い殺されたという信徒が訪ねて来た。気が触れていた。あの子はきっと、魔物の血肉となり、新しき生を得たのだと。
ゆくりなくも巡り会ってしまった絶望と狂気は共鳴し合い、歪な教義を生み出す。
あるべき秩序を逸した異形の魔物たちこそ、永劫なる輪廻の痛苦より解脱した理想の生命であると。
「連中は魔物を〝マガヨイ〟などと称して敬っているようですね。それが近頃の騒動にどうつながるのか、まったくもって理解不能ですが」
「混乱といえば、また不自然な魔物の発生が報告されていての。先ほど潤葉殿と組合で確認して来たところよ」
「東の山中にツチグモの群れが現れたそうだ」
「群れ……ですか?」
「ああ。二、三体とかそういう規模じゃない。明らかな異常さ」
そう言いながらも、潤葉に動じる素振りは微塵も窺えない。隊を統べる将としての頼もしさには瑠仁郎も感服していた。
「仮に十数体のツチグモを相手取るとして……」
「対処可能な烈士チームは、旧都でもわたくしたち十字星ぐらいでしょうね」
「うむ。ほかには新月組ぐらいでござろうな」
「むっ……」
その名を耳にした途端、香夜世があからさまに顔をしかめた。
成長著しい新星・
潤葉を当代一の烈士と信じて疑わない香夜世にとって、彼らの存在は目の上のたんこぶなのだろう。
「やってやりましょう、潤葉様! ツチグモの百や二百、華麗に
鼻息も荒く立ち上がる香夜世を諭すのは、ほかならぬ潤葉であった。
「カヤ……意気込んでるところ悪いけど、実はただの駆除依頼じゃないんだ」
「はい……?」
*
十字星がやって来たのは、街道から遠く離れた、旧都東の山中である。
大事な仏像を庵に残したまま逃げて来てしまった、取って来てほしい――依頼者である修行僧の伝言であった。
「結局本人には会えずじまいでござったな」
「寺社奉行の血縁らしい。あまり
隊列の後ろを行くのは
前方はリーダーの
「それなら手早く回収に向かいたいところだけど……」
「行きがけの駄賃に魔物退治も悪くはありませんよね」
獲物をつけ狙う数多の気配が、すぐそこまで迫っていた。
木の芽風に深緑の髪がなびき、蘇芳の瞳に闘志が宿る。
「ああ。十字星、出陣といこうか」
潤葉の右手が大太刀の柄へと伸ばされた。
* * *
★
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