第28話 タマやんと逆恨みネコ
タマやん すいません、ちょっとお聞きしたいのですが、逆恨みネコさん
って女性ですよね
逆恨みネコ はい、まあ、一応メス猫という設定ではありますが……
タマやん えーっと、設定とかそういうことではなくて、その書きこみを
している人のことなんですけど
逆恨みネコ えーっと、そこ、言わなくっちゃいけません?
タマやん いえ、よくよく考えてみればそんなことはどうでもいいことか
もしれません
逆恨みネコ なんでしょう、何か相談でもあるんですか?
タマやん ええ、まあなんというか、ちょっとですね。どうやら思いを寄
せる相手がビッチみたいなんですけど、何でもお金払えばすぐ
にやらせてくれるらしくて
逆恨みネコ へえ、やったじゃないですか。タマさんもお金払えばやらせて
もらえますね
タマやん ハハハ。きびしいですね。でもですね。ぼくとしてはどうもそ
ういうのは違うんですよ。そりゃあ別にやりたくないわけじゃ
あないですけど、お金払っちゃったら意味ないじゃないです
か。そこに愛なんてまるでないです。まあ、男社会ではそうい
うのってなんか軟弱に感じるみたいで周りには言いにくいんで
すけど……
逆恨みネコ なるほどね。やっぱりタマやんさんとは気があいそうです。実
は私の身の回りにも、ビッチな女がいっぱいるんです。そいつ
らときたらまるでやった男の相手の数が自分の魅力の数値化し
たものみたいに考えてるみたいで…… そんなこともあってさ
っきはつい、冷たく当たってしまいましたごめんなさい
タマやん いえいえ、気にしてませんから。逆恨みネコさんはビッチな女
ってどう思っていますか
逆恨みネコ うーん。女っていう生き物は生物的に言えば男とは違って、一
度に子供を一人しか産めないわけですからね、男のそれとはや
っぱり根本的にちがうんですよ。つまり一度に複数の相手と交
際しようとする女性っていうのは根本的に信用できない。って
いうのが私の持論です。悪いことは言わないので、その相手の
ことは早々に諦めた方がいいのではないのでしょうか
タマやん うーん、でもですね。たぶん彼女は彼女で何らかの理由がある
と思うんですよ。本当はとても地味な子で、そういうことする
子じゃないんです
逆恨みネコ そう思いたい気持ちはわかりますけど、女なんてものをそう簡
単に信じちゃだめですよ。女は息を吸って吐くくらいに簡単に
嘘がつける生き物だから
タマやん ありがとうございます。肝に銘じておきます。しかしホント、
逆恨みネコさんとはとても考え方の相性がよく会う気がしま
す。もし、リアルで出会っていたら好きになっていたと思いま
す。でも残念。僕はやはりネット上でしかあったことのない相
手を本気で好きになることができるほど器用じゃありません。
それはやはりネット上の友人というのは、本音で語り合うこと
ができると言いつつ、どこか嘘の関係だと思っているからかも
しれません
逆恨みネコ 本当に、タマやんさんとは考え方の相性がよく会いますね。実
は私も同じことを考えていました。ネット上の友人とは恋愛で
きないと思っていることも、もちろんタマやんさんとリアル出
会えていたら好きになっていたかも。というところも
結局、リアルの世界でしか恋愛が出来そうにないぼくにとって、笹木さんこそが唯一無二の存在なのだ。そしてよくよく考えてみれば、なにも良太が言っていた噂が事実だという証拠なんてどこにもない。一度笹木さんに会って、それとなくそのことを聞いてみる必要があると思っていた。
放課後ぼくは、リリスへ行ってみようと思った。もしかするとそこに笹木さんが来ているかもしれないと、そう思ったからだ。荷物をまとめ、教室を出ようとした時、良太がやってきた。
「ねえ、まーちゃん。あのさ、お願いがあるんだけど……」
「なんだよ急にあらたまって」
「うん、あのね。実はさ、今日、これからまーちゃんの部屋を借りられないかな。ちゃんとお金も払うし」
その日は誰からの予約も入っていない。しかも今からしばらく、ぼくはリリスにこもって笹木さんを待つ予定だった。ならばその時間に収入があるというのなら断る理由はない。
「本来なら予約制なんだぜ、あの部屋……」
「わかってるよ。でもさ、チャンスなんてそうそうめぐってくるってもんでもないでしょ? そしてそのチャンスというやつが今日、突然やってきたんだ」
「ま、まさか……」
「うん、まあ…… いまからちょっと童貞捨ててくる」
「……なら、しょうがないか。まあ、しっかりやれよ」
ぼくはまるで非童貞になって久しい人間という上から目線な態度で良太の肩をたたいた。本心ではこれで良太に先を越されてしまうのだという悔しさがあったが、そんなことは当然言えない状態だ。キーケースを取り出し、部屋の鍵を外しながら言う。
「今日は鍵を持って出てないんだ。これを渡しておくから、あとで――」
「ああ、いいよいいよ。そんなの面倒だし、部屋ならピッキングでもしてはいるから大丈夫だよ」
「おいおい、いくらなんでも……」
「だいじょうぶだって。おれの腕はプロ並みだし、あの部屋の鍵なら開け慣れているから」
――まったく。なんという友人だ。
部屋を出たら連絡を入れてくれと良太に伝え、リリスへと足を運んだ。運命とはこういうことを言うのだろう。昨日と同じように、笹木さんはいつもの席に座り、いつものように本を読んでいた。ひとつだけ、いつもと違うところを挙げるとすれば、それはぼくが到着次第、すぐさまぼくのことに気付き、本を伏せて「こんにちは」と言ってくれたことだ。しかし、それっきり彼女はまた恥ずかしそうに視線をそらし、再び手に持ち直した本へを視線を落とした。
ぼくはそんな彼女の向かいの席に座り……というのは嘘で、相変わらず度胸のないぼくは隣のボックス席に座る。通路幅約1メートル。それがぼくと彼女との絶対的な不可侵領域……
ぼくはひとり文庫本を開く。文字列はまったく頭に入ってこない。ちらちらと横目で笹木さんの姿をうかがうのは、あの夏の日以前と何も変わらない……わけではない。視線の脇でさっきからちゃんと見えているのだ。笹木さんもまた、ぼくのことをちらちらと横目でうかがっているのだ。あと、必要なのはぼくのわずかな勇気なのだろう……
「あ、あの!」
「は、はい!」
通路幅一メートルを挟んで視線がぶつかる。彼女の顔が耳まで真っ赤になり、ぼくの心臓が早鐘を撃つ…… そしてそれを邪魔するような彼女のスマホの着信音。凍り付いた空気から逃げるように彼女は鞄の横のポケットからスマホを取り出した。黒いスマホ、画面の液晶にひびが入っている。鼻髭を生やした猫のマスコットが右手を挙げ、ぼくに向かってバカにしたような笑みを浮かべていた。
「あ、武本君ごめんなさい。今からちょっと用事があるので……」
笹木さんはまたしても足早にその場を立ち去ってしまった……
翌日、良太はすがすがしい顔で学校にやってきた。
「おれもついに捨てたぜ、童貞」ぼくの方に腕を回し、すり寄ってくる。スマホをタップし、一枚の画像を表示した状態で差し出してきた。「これ、証拠写真」
そこに写っていたのは、ぼくの部屋、ぼくのベッドの上に女性と二人並んでいる良太の姿。となりにいる女性は黒髪のショートカットに黒縁の眼鏡といういでたち。言うまでもなく、その女生徒はぼくの恋焦がれる笹木紗輝……
「いやぁ、さすがはまーちゃん。見る目があるよね。まさか彼女があんなにテクニシャンだなんて思わなかったよって……なんだよ、まーちゃん」
「だ、だまれ……」
いつの間にか、良太の胸ぐらを掴んでいた。溢れ出す感情を自分でも抑えることができなかった。いつでも冷静沈着で思慮深く、伊達と酔狂でフラフラ生きていきたいと願っているぼくがまさかこれほどまでに感情的になるなんて自分でも思いもしなかった。
「な、なんだよう。ひょっとしてまだ彼女に惚れてたのか? おれはまーちゃんがもうどうでもいいなんて言うからしたんだぜ。そんなに悔しかったらお金払ってやらしてもらえばいいじゃん。彼女さ、テクニックの割には安いと思うんだけどな」
その言葉で、さらに襟元を閉める手首に力が入る。いっそこのまま……なんてことを思い、次の瞬間、すべてがバカバカしくなってしまった。すべては自分が蒔いた種だ。ぼくのつまらない邪知奸寧が今の状況を生み出した。あるいはぼくが笹木さんをこんなにしてしまったのかもしれない。ぼくが、あの部屋を貸してお金を稼ぐなんて方法を思いつかなかったら……
今すぐにでもこんなことをやめてしまいたいと思った。
しかし、今のぼくがこうしてのうのうと暮らしていけるのは、あの部屋の貸し出しをしているからに過ぎない。あの部屋の利用客のおかげでぼくは家賃を払っているし、あの部屋の利用客のおかげでぼくは不良グループから身を守るすべを手にしている。そしておおよそぼくの友達と言えるものはあの部屋を貸し出すことで成立している……
あの部屋のビジネスをやめるということは、ぼくはそれらすべてを捨てるということを意味する…… しかし、ぼくはそれでも……
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