第26話 アイドルシンデレラ
読者選考期間も半分ほどの期間が過ぎ、オレの作品『哀(アイ)・人形(ドル)シンデレラ』は堂々の一位の座をキープしている。このままいけば、この作品の受賞と書籍化は間違いないだろう。それは、成功するために手段を択ばない、強くも悲しい少女の物語だ。
田舎町の貧しい家庭で育った主人公は人目を惹きつけるような美しい少女。都会での華やかな世界を夢見て単身上京するが、洗練された東京の街において、美しいと言われ育った主人公でさえも美しいには美しいが、特別と言えるほどのものではなかった。
しかしながら、そんな彼女に声を掛ける一人の男がある。男は地下アイドルをプロデュースする若手実業家を名乗り、主人公に近づく。やっと夢への道が開かれたと信じる主人公は必死に夢にしがみつき、努力する。
一方男は集めたアイドルの卵たちにPR活動の一環として、様々な仕事を押し付ける。アイドルが直接接客をしてくれる〝アイドルカフェ〟では、明らかに割高な金額設定のドリンクを注文したお客さんすべてに投票権が与えられる。ひいきのアイドルがある常連のお客さんは一度に飲めもしないドリンクを大量に注文する。当然、その投票の結果次第でアイドルユニットでの立ち位置が変わってくるため、アイドルたちはその喫茶店では最高のサービスでお客さんに接する。自分のひいきのお客さんをつくるためにやや過剰ともいえるような接客をするアイドルさえいるのだ。しかもアイドルたちは時給すら発生しない喫茶店での勤務を進んで出勤する。
また、アイドルユニットの手売りによるオリジナルCDには特典ポイントが付いており、そのポイントをためると、豪華な賞品がプレゼントされる。アイドルの激レアな私物から、中には好みのアイドルと一泊二日のデートプランなんて言うものまである。一歩間違えれば重大な事件が起こるかもしれない、一歩間違えなくても明らかにブラックなにおいの漂うビジネスだが、その企業を訴えるものは誰もいない。世間では目標を設定して、みんなで頑張ろうと言うだけでパワハラだと訴えられかねないというにもかかわらず、この企業は、アイドルを目指す者たちと、アイドルたちと仲良くなりたいと思うお客さんの両方を食い物に、いや、両方の夢を実現させる企業だと称賛し、アイドルの卵たちは無給で法外な仕事を自ら請け負っていく。
主人公はその現実に疑問を感じながらも、夢をかなえるために手段を選ばず汚れた仕事をこなしていく…… その姿に、読者は愛と信念を感じながらも涙し、世の中の不条理に疑問を投げかける……だろう。
人気ランキング一位の作品だ。おそらく5チャンネルなんかでもすごい評判になっているかもしれない。あるいはたとえそうでなくても自らが匿名で『哀・人形シンデレラ』の絶賛書き込みをしておけばいいことだ。そんな気持ちでそっと5チャンネルを覗く。
自らの想像をはるかに絶するほどの書き込みに唖然とした。オレの『哀・人形シンデレラ』はまさに注目的だった。しかし、その内容としては……
ナイス坂田、気に入らん
あれ、絶対違反だろ。運営、なんとかしろよ
ランキング一位のくせにクソつまらん
絶賛どころか罵詈雑言の数々だ。しかし……まあ、言ってみれば所詮妬み嫉みのようなものだ。人気作家は多くのファンとそれと同数のアンチファンを抱えることになるというのもまた人気作家であるがゆえだ。だいたいどんな手段を使おうとも、こんなただ僻みを言っているだけのやつらよりもはるかに多くの一般読者からのポイントを稼いでいる以上、オレの作品が優秀であることに違いはないのだ。
でもさ、結局ナイス坂田のやってる事って何ひとつ違反行為はしてないんだよな。それに作品自体が面白いということも認めざるを得ない
と、まあ、自分自身を擁護する書き込みを残して立ち去り、マルヨミサイトのマイページにアクセスする。依然、『哀・人形シンデレラ』はランキングの一位を維持している。そして『哀・人形シンデレラ』にポイントを入れてくれた人の名前と手元のリストとを突き合わせる。〝寺山安吾〟というペンネームがどこにも見当たらない。まったく。ぶしつけな野郎だ。
寺山安吾はネット小説大賞に随分前から投稿しているやつだが、どうやら奴の作品を読んでいるやつはほとんどいない。ちらっとだけななめよみをしたのだが、文章力もあり、センスも抜群だった。しかし、ネット小説の世界で何よりも大事なことは、読んでもらう努力をすることだ。ただ書いてほったらかしにしていてはいけない。編集がついていない分、セルフプロデュースを心掛けることが大事なのだが、心の広いオレは寺山安吾の作品に最高評価の3ポイントを入れてやったのだ。しかし、それから一週間たっても寺山安吾はオレの作品にポイントを入れてこなかった。これは何というマナー違反だろうか。オレは警告の意味を込めて、寺山安吾の作品につけたポイントを2ポイントに減らした。
それから一週間、いまだもって寺山安吾はポイントを入れてこない。しかるべき処置としてオレはやつの作品のポイントをさらに1ポイント減らしておいた。さすがにこれに対してたら山安吾もビビったのだろう。次の日にはオレの作品に、寺山安吾の名前で3ポイント投下してあった。めでたしめでたしだ。
その出来事から約一週間後、読者選考期間はもう間もなく終了に近いもにかかわらず、『哀・人形シンデレラ』はぶっちぎりの一位を独走していた。そんなころ、オレのもとへ一件のダイレクトメールが来た。何と、差出人の名は〝寺山安吾〟となっていた。
『先日は、ポイントを入れていただいたにも関わらず、ポイントのお返しをしないという礼儀に反する行動をしたことを深くお詫びたいと思っております。こちらとしてもしばらくプライベートでバタバタしており、気が付かなかったということもあり……つきましては、先日ポイントを入れさせていただいたので1ポイントに減らされてしまったわたしのポイントの分を……』
まあ、何と虫のいい話だろうか。ポイントのお返しをしなかったことに対し、忙しかっただの何のとつまらないいいわけを並べ立て、挙句、ポイントを入れたから減らした分のポイントを返せと言うのだ。
『申し訳ありませんが、ポイントのお返しすることはできません。コンテストも間もなく終了の日を間近に控え、皆さんポイントを稼ぐために必死で駆けずり回っている状況です。プライベートが忙しかったと言うあなたの気持ちもわかりますが、皆さんそれでも時間を割いて頑張っているようです。ポイントのお返しも素早くなさる方がほとんどです。
にもかかわらずこれを放置しておいたのは明らかにあなたの過失としか言いようがありません。そもそもどうなんでしょうか。本気で小説家を目指しているというのならばプライベートがどうのなどと言っているのではなく、寝る間をも惜しんで作家活動に専念すべきではないでしょうか。そのように中途半端な考え方で、プロの作家になどはたしてなることができるのでしょうか。今回のことを機に、心を入れ替えて作家活動に専念することをお勧めします』
まあ、随分と上から目線の返信だなと自分でも思う。オレもちょっとばかりトップ作家ということで天狗になってるのかもしれない。それにこんな文章をおくってしまえば寺山安吾は怒ってオレの作品に入れた3ポイントを全部剥奪するかもしれない。まあ、だからと言ってどうと言うことではないだろう。ぶっちぎりのトップを走り続けるオレからしてみればたかだか3ポイントなどものの数字ではない。
しかし数日後、再び寺山安吾からメールが来た。
『坂田さん。私は思うのですが、やはり私たちのやっていることは不正じゃないでしょうか。たしかに相手にポイントを入れて、そのお返しをするように強要しているわけではないかもしれません。しかし、あなたは脅迫をしているのですよ。暗黙の脅迫です。入れたポイントを一つづつ減らしていくという行為は、暗黙の脅迫と同じです。そしてそれに屈してしまい、あなたにポイントを入れてしまった私もやはり同罪です。わたしはしかるべき懺悔をして、その後ネット小説家から身を引こうと思っています。坂田さん。あなたもやめるべきだ。あなたは罪を犯した。ネット小説家として存在してはいけない。わたしと一緒に辞めましょう』
なんというくだらないメール! オレのやっている行為が不正だと! 言いがかりも大概にしてほしい。それに自分が辞めるからお前も辞めろとはなんだ。底辺作家の寺山安吾がトップ作家のナイス坂田と同列だとでも考えているのだろうか。まるで話にならない!
『あなたは何か勘違いをしているのではないでしょうか。わたしは別にあなたにポイントを入れるように強要したわけでもなければ脅迫したわけでもありません。ただ単にあなたの作品を拝見しておもしろかったのでまず3ポイントを入れました。しかし、しばらく考えてみれば色々なところに落ち度があるようで、そのため1ポイント減らしました。また、しばらくして同様にポイントを減らしたに過ぎないのです。あなたが単にそう勘違いして、勝手にわたしを巻き込もうとしているにすぎないのです。わたしには不正も落ち度もなく、ネット作家をやめる道理なんてありません』
『どうやら分かり合えないようですね。であれば仕方ありません。わたしはひとりで静かに去ります。しかし、よく考えておいてください。あなたのやっている行為の意味を、皆は理解しています。あなたを嫌っている者だって多くいるでしょう。そしてあなたがいつかプロとしてデビューした時、おそらくあなたが過去にやったことは表舞台で暴かれるでしょう。その時、本当の意味であなたは終わりです。あなたのペンネームはすでに汚れています。そのペンネームでの成功はありえないでしょう。だったら今のうちに立ち去るべきです』
まったく。この寺山安吾というやつは何様のつもりだというのだ。まあいいさ、所詮は負け犬の遠吠えでしかない……はずだった。
数日後。ネット小説大賞のランキングに大きな異変が起きた。
『哀・人形シンデレラ』は2位にランクダウン。そして、一位に躍り出たその作品のタイトルは……
『小説家の品格』寺山安吾
そ、そんなバカな。いくらなんでもこんな短期間でオレのポイントを上回ることなどできないに決まっている。これは不正だ。絶対に不正を行ったに違いない。
オレはすぐさまその作品をクリックして、その詳細を見た。言うまでもなく、完全な不正だ。こともあろうに、その作品に3ポイントを入れたアカウント名を見れば一目瞭然。もはや不正を隠すつもりさえどこにもない。
複製アカウント1号、複製アカウント2号、複製アカウント3号……明らかにこれは不正行為でランキングの上位に挙がっているのだと主張せんばかりのユーザー名からの3ポイント評価が次々と並ぶ。しかし、それに交じって通常アカウント名も、よく見ればその中にはオレとポイントを淹れあったやつの名前まで入っている。「こいつら絶対に許さない。チェックしておいて、あとでポイントを全部剥奪しておいてやる!」しかし、今はともかくこの作品の詳細の方が気になる。
文字数は約一万文字とある。まったく、これでは話にならない。たかだか一万文字では話にならない。そもそもこのネット小説の募集要項は10万文字以上だ。いくらポイントを稼ごうともこれでは失格だ。堂々と不正もしている。つまり、結局のところオレの『哀・人形シンデレラ』がトップだという事に変わりはない。
しかし、それにしてもこの小説、一体どういった内容なのか……
その内容にオレは絶句した。そこに書かれているのは小説なんかではなく、ここ最近にオレと寺山安吾との間でやりとりされたメールのコピーだった。
寺山の問答に対し、オレが不正ではないと主張をしていることに対し、その審を皆に問うといったものだった。そしてその結果がランキングの一位。その下、2位のところにオレの『哀・人形シンデレラ』が表示されている。これは……何という茶番だ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます