第24話  壁ドンにドン引きDQN


「あれ? 武本君じゃね?」

 帰り道の自動販売機の前で、ジュースを買おうとした時、再び後ろから声を掛けられた。

 佐伯君たち悪党三人組は夏休みの間にさらに凶暴性を増したと言わんばかりによりデンジャラスなスキンヘッドで姿でぼくの前に現れた。周りを警戒していたにもかかわらず、再びこんな目に遭ってしまったのは、佐伯君たちが明らかに身を隠したうえでぼくを待ち伏せしていたからだ。ぼくは自動販売機を背に、三人に囲まれように追い詰められた。

「ねえ、武本君。噂聞いたよ」

「うわさ?」

「なんでもさ、この付近にヤるための部屋貸してくれるやつがいるらしいじゃん」

「へ、へえ、そうなんだ……」

「武本君ってさ、いつもこのへんうろうろしてるよね。もしかしてその噂の部屋って、武本君の家だったりして」

「は、はは。な、なに言ってんですか、そんな……」

 ドン!

佐伯君は睨みながらぼくの顔のすぐ左側に、一瞬頬をかすめるように勢いよく腕を突出し、自動販売機のアクリルのケースに平手をついた。大きな音とともに背面のアクリルケースが揺れる。

まあ、これが世に言うドS男による壁ドンというやつらしい。とてもロマンティックだとは思えないが、たしかにぼくの胸はドキドキと高鳴った。

「しらばっくれてもわかってんだよ。お前の家なんだろ!」

 もう、逃げ道なんてない。ここは素直に佐伯君たちに従うしかない。そう覚悟した。

「あ、は、はい。あ、の……よかったらいつでも部屋は貸しますので……」

 ドン!

 二度目の壁ドン。さすがにこれにはドン引きだ。

「そう言うこと言ってんじゃねえよ。お前さ、誰の許可得てそんな商売やってんだよって言ってるわけ」

「商売だなんて……」

「しっかり稼いでんだろうがよ! お前さ、このあたりで商売するならよ。上納金ってのが必要なんだよ。わかるか? じょ・う・の・う・き・ん」

「あ、え、えっと…… ど、どれくらい……」

「そうだな、とりあえず五万だな。月に五万だ」

「そ、そんな…… そんな金額なんてはじめから稼いでもいないし……」

 ドン! 

三度目だ。もうこうなりゃやけだ。どんと来い。

「稼いでないならもっと客引いて稼げばいいだけの事だろ」

「そ、そんなこと言って……」

 地獄だ。さすがに地獄だ。さすがにこの時ばかりは早々に親のいる実家に帰ろう。そう考えるに至った。


 その時、遠くの方から威勢のいい掛け声が聞こえてきたのだ。

 言わずもがな、その掛け声はこのあたりをランニングしているレスリング部員達だった。レスリング部最強の須藤先輩を先頭に筋肉バカども……訂正、筋肉自慢の部員二十名ほどが列を作って走っている。先頭の須藤先輩は自動販売機に前で小さくなっているぼくの姿に気づき、駆け寄ってきた。その後ろをレスリング部員達がついてくる。ぼくと佐伯君たちのさらに周りをレスリング部員の筋肉の壁が囲む。

「あれ、武本君? オレの友達の武本君じゃないか。こんなところで何してるのかな」

 ぼくに話しかけるような口調だが、その目は明らかに佐伯君たち悪党三人をにらんでいる。その目はぼくの知っている須藤先輩のものではない。そのきれいな顔立ちに似合わず、明らかに野性的で凶暴な目つきで佐伯君たちをにらんでいる。

「なにおまえら? オレの友達の武本君に何か用か」

「い、いや、その…… なんていうか、僕らも、武本君の友達でして……」

 さっきまでの勢いはどこに行ったのか。まるで借りてきたねこのようにしおらしくなった佐伯君たちは、小さくなってうつむいている。

 無理もない。相手はレスリング部最強の男で、さらにその後ろにはその仲間たちが二十名がいる。

「ふーん。そうか。じゃあ、まあ、オレの友達の武本君とも仲良くしてやってくれや。もし、オレの友達の武本君になにかあったらさ、俺らはそいつを許すつもりはねえんだわ。お前らもそう思うだろ」

 そう言いながら、須藤先輩は佐伯君の肩に大きくてごつい手のひらを置く。その瞬間、小さくなった佐伯君は少し飛び上がった。

「は、はい。僕たちも、そう思います」

「そうか、それならいいだよ。ほら、どっかいけよ」

「は、はい。失礼します……」

 佐伯君たち三人は逃げるようにその場を立ち去った。

「だいじょうぶか、武本」さっきまでとはまた雰囲気の違う、ぼくの知っている須藤先輩に戻り、優しい声で語りかけてくれる。「なんかあった時はいつでも言えよ。オレ達、友達なんだからよ」

「す、須藤先輩……」

 さすがにその時ばかりは抱きついて泣きなくなった。須藤先輩、カッコ良すぎだ。ぼくが女だったら間違いなく惚れてしまう……


 かくしてぼくは須藤先輩という絶対的な味方を身につけ、ガラの悪いほぼ男子校での生活の中で安全な生活を確約された。そしてその時々に、須藤先輩が自分のアパートを貸してほしいと言ってくるようになったことは言うまでもない。そしてそれを断るような友達がいのないぼくではない。

 須藤先輩はぼくの部屋を借りる際、かならず三千円をくれた。助けてくれた礼もあり、一度はお金を受け取ることを断ったが、それとこれとは別のことだと頑なに三千円を払った。

 もちろん、ぼくとしてはその方がありがたかったし、もし、そのお金を受け取らないでいたらきっと後悔していただろうと思う。新学期が始まる際に、ぼくは父親とけんかして、アパートの家賃は自分で払うと啖呵を切ってしまったのだ。

 九月の仕送りが届き、通帳の金額を確認すると、いつもよりちょうどアパートの家賃分が減らされていた。こうすればそのうちぼくが音をあげ、実家に帰ると言い出すことを期待したのかもしれない。だとすれば僕も見くびられたものだと言いたいところだが、食費などの生活費や電気代、ガス代などは一切減らされることなく仕送りされているというのだから、これはいささか父に分のある話だろう。強制的に連れ戻すつもりはないという意思の表れだと取れる。

 しかし、家賃分の約五万円分を稼ぐためにはさすがに須藤先輩だけに部屋を貸していたのではまかないきれなかった。ぼくはこのアパートラブホテルビジネスを小堀君にも話を持ちかけた。

小堀君の通う芸文館高校はぼくの高校と同じく東西大寺駅のすぐ近くにある。女子が多めという理想的な共学高校で、年中盛りのついた男女が色めきあっていた。校外ということもあり、近くにラブホテルはほとんどない。あったとしても制服で立ち入ることなどできないし、どこで教師の目が光っているかもわからないという状況で、そんな危険な場所に堂々と入っていく度胸のある生徒などいないだろう。

しかしながら、街中まで出かけて、制服を着替えてからラブホテルに向かうというのは思春期の男女にとってあるときは拷問に等しい。

このビジネスは大盛況だった。ぼくは会員制にしたその部屋をの利用者を顧客リスト化して管理徹底をしながら貸し出すことにした。料金は二時間で三千円。宿泊はナシ。高校生が相手だからその点は問題がない。もちろん完全予約制だ。予約はメールで執り行うが、同じ時間帯でブッキングした時は抽選をしたという名目で、ひいきのお客さんを優先させた。

予約のある時間の少し前になると、ぼくは貴重品と数冊の本を持ち出し、アパートの鍵をその時の気分でどこかに隠す。隠し場所は予約客にメールで伝える。これは連れ込む相手の顔を誰にも見られないで済むようにというぼくの配慮だ。そして家の近所にある行きつけの喫茶店、リリスでコーヒーを飲みながら時間をつぶす。読書が趣味のぼくにとってそれはなんの苦でもない。しいて残念なことを言うならば、これほどまでにリリスに通い詰めるようになったというにもかかわらず、あの日以来笹木さんとはすっかり会わなくなったということだ。まあ、あれほどまでにあからさまなイメージチェンジをした彼女だ。もはや文学乙女というわけでもないのだろう。まあ大体ぼくは彼女にフラれてしまっているわけでもあるし、会ったら会ったでどう対応していいのかわからない。

すっかりマスターとは顔見知りになっているわけだが、マスターはマスターでやはりぼくとあまり顔を合わせようとはしない。おそらく少し前に読んでもらったぼくの小説に対し、とても辛辣なコメントを書いて返してくれたことがある。それはそれでとても的を得ていて、ぼくとしてはとてもありがたいと思ったのだが、マスターの方は少し厳しく書きすぎたと少し後悔しているのかもしれない。そういう感情ってのは理解できるつもりだ。そんなわけでおそらくマスターもぼくにはあまり話しかけにくくなっているのだろう。


三時間ほど読書をしながら時間をつぶし、アパートへと帰る。時間はすでに九時に近い。しかしアパートの照明はついていた。「ちっ」と舌打ちをして、アパートから遠ざかり顧客へと電話をかける。こういうことはたまにあるのだ。ことが終わり、疲れてしまったのだろう。そのまま眠りこんで時間をオーバーしてしまうことはままあることだ。だからと言って追加料金を取るようなことをするわけではない。あくまでも厳重注意で終ることで、なにしろ信頼が第一の商売だ。それにこっちが口うるさく言うまでもなく、会員の間で互いのルールを作り、部屋の持ち主であるぼくにあまり迷惑をかけないように心掛けてくれているようだ。まあ、それに関して言えば、ぼくがいつこのサービスをやめると言い出さないように気を遣ってくれているわけで、さらに言えばぼくの背後には最強のレスリング部がいるということも知れ渡っているからだ。

結局その日は、利用者が居眠りをしているわけではなかった。単に電気を消し忘れていただけに過ぎない。しかし万が一のことを考えれば、ぼくは玄関のドアを開けるべきではない。気まずい場所で鉢合わせするというのはどうしても避けたいのだ。

部屋に戻ったぼくは一応部屋の中を見渡す。ゴミが放置しているわけでもなければベッドのシーツでさえきちんと整えられてある。いつしか出たごみは持ち帰るという暗黙のルールもできていた。利用者との信頼関係は完璧だ。だから僕だってそれなりに部屋に気を遣うようになった。男のひとり暮らしにもかかわらず、部屋ではナチュラルなアロマオイルを置いている。きついものはダメだ。そのにおいで頭がいたくなるという人だっている。バスルームのタオルはいつだってふかふかだし、トイレのペーパーは三角に折り、ナプキンだって常備している。

冷蔵庫にはいつでも数種類のジュースを入れていて、好きに飲んでいいことになっている。(ごみは各自が道返ってくれているようだ)

ともかく、こんなことに気を遣いながら、いつでも部屋を清潔にする習慣がついたものだから、それは自然と良い結果を生む。元々がだらしない性格だったぼくはいろんなことに気が使える、気の利いた、几帳面な人間へと日々成長していったのだ。

全てがうまくいっている。

――あの事件が起きるまでは。



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