第19話  ネト充のはじまり

武本誠人   ネト充の始まり



 笹木さんは本当に眠くて眠っているだけだった。ひとりで興奮していたぼくがバカみたいだった。いっそのこと腹いせに眠っている彼女にイタズラでもしてやろうかと思った。当然そんな勇気など無いのだけれども。

挙句、寝室の外では明日香ちゃんと須藤先輩が二人でどこかに行き、残った小堀君とエレナちゃんが猥褻な行為を始める始末だ。

そして彼らが帰った後、部屋には笹木さんとぼくの二人きりになった。気まずい空間ではあったが、二人でコーヒーを飲みながら少し話した。ぼくはその会話の中で糸口を探していた。

どうにか彼女に、ずっと前から好きだったということを伝えるための糸口。

でも、うまくいかなかった。ぼくが彼女に好きだと告げる前に、彼女は決定的な言葉を言い残した。

「わたし、武本君とは友達になれそうにないな…… じゃあ」

 告白をする前に、すでにフラれてしまうことなど考えてもみなかった。ぼくは両親のいる家に帰ることにした。そこに帰ったところで友達がいるわけではないが、今ぼくがここにいる理由もまた、なくなってしまったのだ。


 関東地方のとある場所。ぼくの生まれ育った実家に帰って来た。夏休みの間、一度も帰ってこないわけにはいかなかったし、そろそろ生活費も尽きてきた。(夏休みというやつは不思議なもので、特に何もしないでもお金が減っていくのだ)

 久々に帰って来た家は、匂いも景色も以前と何も変わらないままぼくを迎えてくれるのに、郷愁の念は感じなかった。そこがぼくの本当の家だという気はしない。それなのに両親はぼくがいない日々をまるで違和感を感じていないというように生活していることが憎らしく思える。

 ぼくが帰ってきたにもかかわらず、両親はいつもの通り仕事に行くし、いつもの通り残業で遅くなり、無駄に広い家にやはりぼくはひとりぼっちになる。元々この地域にさえ友達なんていない。

 ある日、須藤先輩から電話があった。その瞬間。一瞬だけどあっちに帰れば友達がいるのだとうっかり喜びそうになってしまったことがある。

「なんだ、いないのか…… ちょっとばかり頼みたいことがあったんだけどな。まあ、いないならしょうがないか」

 受話器の向こうで肩を落とす須藤先輩の姿が目に浮かぶ。それほど友達のいないぼくにとっては、誰かに頼られるなんてことはまずありえない。にもかかわらず、完璧ともいえる須藤先輩に頼まれることがあるというのなら頼まれたいと思ったのだ。

「ち、ちなみに、な、何だったんでしょうか……」

「い、いや、実はだな……よかったらお前のアパートを、す、少しの時間でいいから貸してもらいたかったんだが……」

「……あ、いや。そんなことでよかったら使ってくれたらいいですよ。ぼく、別に住んでもいないので」

「い、いやでも」

「むしろ誰かいてくれた方が防犯になりますから。鍵は郵便ポストの中に入ってますよ」

 ぼくのアパートの郵便ポストにはダイヤルの鍵がかかっている。鍵を無くした時のためにそこにスペアのキーを入れてあるのだ。ぼくは須藤先輩にポストのダイヤル番号を教え、夏休みの間、自由に使ってくれていいと言っておいた。

須藤先輩がぼくの部屋をなぜ借りたいと言ったのか、容易に想像できる。あの日、須藤先輩たちとぼくのアパートでパーティーをした時に小堀君は言っていた。


『こんな場所に一人暮らしなんて羨ましいよ。なあ、今度この部屋、俺に貸してくれないか』

『貸す?』

『ああ、だってほら、ここって学校からも近いわけだし、いろいろと便利いいだろ? それにさ、ラブホって、学生服のままだと中に入れてくれないんだよ』


 そんな会話をしたことがある。小堀君はそのあとで、そのままぼくの部屋をラブホ利用して帰ったのだったが、その話を聞いていた須藤先輩だってぼくのアパートをラブホとして利用したいと考えていたとしておかしくはない。ぼくはそれを理解したうえで須藤先輩に部屋を貸すことを了承したのだ。須藤先輩とは〝友達〟というわけにはいかないのだろうけど、それでも彼ほどの人物に貸しを作っておくということはわるいことではない。


結局どこに居ても、ぼくの友達は読書とネット上にしか存在しないのだ。

夏休みの間にSNSである人と友達になった。ぼくはSNS上でしか話をしたことのない友達を、〝ともだち〟として認識する感覚がいまいちよく掴めていなかった。そんなものは所詮嘘の友達で、嘘で塗り固められた情報しか公開していないSNS上で、嘘を言ってもばれることのない相手に対して友情など感じ得るはずがないと。しかし、出来てしまえばそんな違和感はすぐに感じなくなった。

〝逆恨みネコ〟というハンドルネームのその人物は口調こそ女性だが、実際にどうなのかはわからない。ネット上で性別を偽るオカマ、所謂ネカマという存在だって知っている。だからぼくは決してその相手に対し、間違っても恋愛感情など持たないようにと心がけている。そうしないと、笹木さんに失恋したばかりのぼくは、そのネット上の相手を好きになってしまうかもしれないと思ったからだ。

ネット上の〝文芸サロン〟で知り合った逆恨みネコさんは今現在、高校生らしいのだが、将来は小説家になりたいと考えているらしく、新人賞にも投稿経験があるらしい。しかも過去に読んだことのある本の意見を交わすうちに、互いの趣味がとても合うということがわかってきた。実際に一度もあったことがなく、嘘をついていてもばれない相手。さらに互いが実生活において無関係であればこそ言える相談というのもあるだろう。その点でおいても、ぼくは逆恨みネコさんに本音で話し、彼女(?)も本気でそれにこたえてくれた。もし、こんな人が恋人だったのならばどんなに素晴らしいだろうと考えることもあるが、その事にはなるべく頭を向けないようにした。ただ、いつか次の小説を書いた時は逆恨みネコさんに読んでもらって感想を聞くことができるだろうと期待した。きっとそれぐらいは許されるだろう。

あるいは、ぼくの中で勝手に想像する逆恨みネコさんをモデルに次の小説を書くことだってあるかもしれない。そう思うことは果たしてセーフなのだろうかと考えたりもする。

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