第15話 つまらない見栄


少しばかり調子に乗って、ショッピングモールを練り歩く。上げ底サンダルのせいで背の高くなった視線は知っているはずの世界をまるで別世界へと変えてしまった。わたしの身長はエレナとそんなに変わらなくなっている。明日香は相変わらずぺたんこのスニーカー姿でわたし達の一歩前を歩く。彼女は自分が背が低いことに対して、それは充分に武器となることを知っている。それはそれで彼女の強さなのかもしれない。

しばらくぶらぶらしたところで、明日香は遠くの方で友達を見つけたらしい。三人組の男のところへ一人小走りで駆けて行った。

明日香に「小堀君」と呼ばれるその友人はいわゆるイマドキの子。ゆるくウェーブのかかった髪型はスタイリッシュでまるで王子様のようだ。よく見れば決して美形というわけでもなさそうだが、大体男なんて言うものはなんとなくの雰囲気だけでカッコよく見えたりするものだ。その点で言えばたしかに明日香と友人だというのにもうなずける話。そして、そんな小堀君が皆の目を引くほどの友人を連れ歩いているのは、やはり明日香と同じような理由なのだろう。

 須藤君というその友人はわたしたちの通う芸文館高校の近くにある東西大寺高校のレスリング部のキャプテンらしい。すでに夏休みの夕方過ぎという時間。こんな時間まで毎日練習をして、それから友人の小堀君と会って遊びに出かけたところらしい。なんてアクティブなことだろうか。

 それからあともうひとり。さっきから何もしゃべらずにずっときょろきょろしている男子、別におしゃれというわけでもなく、顔がいいわけでもない。内気で挙動不審。さっきからちらちらとわたしの方を見ているようだが、こちらが視線を向けると慌てて視線をそらす。ひとりだけ完全に場違いな友人のグループに入り込んでしまった迷子の仔犬のようだ。それはまるで……わたしみたいじゃないか。なんとなくそんな場違いな彼に対しては親近感さえ感じる。……というより、どこかであったことがあるような気がする……が、思い出せない。これといって特徴のないどこにでもある顔だ。気のせいかもしれないし、気のせいではないかもしれない。

 いつの間にか話は盛り上がり、場所を替えてゆっくり話をしようということになった。しかし、わたしにしても今日はお金を使いすぎてしまったし、高校生である以上、皆が皆似たようなものだった。

「そう言えばお前の家、この近くだよな」

 須藤さんの言葉に戸惑う彼の名は武本というらしい。

「え、でも今から行って、家の人に迷惑がかからないかな」

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。こいつんち親いねーから。ひとり暮らしだってよ」

「えー、なんでー、うらやましー」

 話はどんどん進んでいき、その武本君の家にお邪魔することになってしまった。

 武本君の家は学校最寄りの駅を挟んで北側にある。住宅街で、人通りも少ない。行きつけだった喫茶店、リリスの前を通りかかった時、男性陣と距離を取ったところでエレナにそっと囁く。

「ねえ、いくら明日香の友達の家だとはいえ、一人暮らしなんでしょう? こんな時間にお邪魔するのって……」

「もう、なによそれ。いつまでも処女ってわけじゃあるまいし」

「え……」

「え、なに? 紗輝って、まだ処女だったわけ?」

「う、ううん。そんなことないけど……」

 ――嘘だった。処女どころか、キスだってしたことないし、男性と手をつないだこともない。エレナの〝まるで当たり前のこと〟のような発言に気負わされて思わず嘘をついてしまったけれど……

「ふーん、まあいいわ。そういうことなら協力してあげる」

 エレナは大きな口の口角をにっと吊り上げて不敵に笑う。その言葉を聞く限り、わたしの嘘は簡単にばれてしまっているらしい。


 高校生の一人暮らしというからきたなくて小さいボロアパートかと思いきや、まるで家族で住むような2LDKのそれなりに立派なアパートだった。途中、コンビニで買ってきたスナック菓子やジャンクフード、ジュースを並べてちょっとしたバーティー気分だ。さすがに今日はばんごはんは食べられそうにない。他愛もない雑談をしながら人間観察をしていればわかってくることだってある。

 明日香はイケメンレスリング部の須藤さん、そしてエレナは明日香の友達の小堀君が狙いだ。するとわたしの相手は必然的に武本君、ということになるのだろうか。

 ――じょうだんじゃない。

 決して武本君が嫌いだとか、顔が好みではないとかそういうことではない。ただ何となく興味のわかない。というか個性がないという感じ。〝好き〟の反対は〝嫌い〟ではなく、〝興味がない〟だと思う。

 結局のところ、わたしは明日香とエレナにとって上手く頭数を合わせるために都合よく利用されているに過ぎない。こんなものが本当の友達だなんて言えないのかもしれないけれど、わたしだって文句を言えるような立場でもない。どのみち、彼女たち抜きではおそらくわたしはこんな経験をするチャンスなんてなかっただろうから。今日の、この経験を今後の執筆に活かせればいいくらいに考えて友達を利用しているにすぎないのだから。

 現に、なんだか今日はとても楽しい気がする。体温がいつもよりも少しだけ上がり、気分が高揚してきた。ときどきぼんやりとすることもある。ふと気づけば、コンビニでエレナのチョイスしてくれたジュースをもう二本も飲み干してしまった。こんなにおいしいジュースを飲んだのは初めてだ。せっかくだからちゃんと銘柄を覚えておこう。と、手に持った缶を注視する。

〝これはお酒です〟

と、書いてある。銘柄以前の問題だ。知らなかったとはいえ、未成年のわたしはお酒を飲んでしまっていた。たしかにブロンドヘアーのハーフであるエレナは年齢不詳だ。彼女ならコンビニのレジを通過してもおかしくはなかったかもしれない。

「ちょっとお、エレナあ。これ、おしゃけじゃなーい」

「うん、わかった、わかった。気にしなくてもいいのよ。紗輝」

 わたしの必死の訴えに対し、エレナは意味不明な言葉でわたしをなだめる……ま、いっか。特に気にしなくても…… さっきから上手く思考が廻らない……

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