第14話 嘘つきビッチの笹木紗輝

「そう、ついに紗輝も本気になったのね。よし、じゃあ、アタシを友達に持ったことをラッキーだったと思わせてあげるから」

 平べったい胸を突き出した明日香が自信満々に言った。

明るく社交的な明日香は小柄で、それほど美人というわけでもないが誰に対してでも物怖じしない、ちょっと豪快な性格は誰からも好かれるタイプ。誰とでもすぐに友達になってしまう性格上、本来高校入学時にぼっちになっていたっておかしくないはずのわたしにまで声を掛けてきて、その後すっかり友達のように付き合ってきた。


「紗輝はさ、別にブスってわけじゃないんだからもう少し自信を持った方がいいわね。あと、それに服装のセンス。それさえどうにかすればモテないってことはないと思うわ」

 明日香のの隣に立っていたエレナが口をはさむ。ブロンドのウェーブヘアーをなびかせるエレナの本名は『佐藤英玲奈』。母親がイギリス人で、いわゆるハーフの彼女はそのハーフという属性をアピールしたいらしく、高校生になった今でも署名をするとき〝エレナ〟とわざわざカタカナで書く。いうまでもなく背は高く、色白でとびきりの美人だが、母親譲りなのか、そのあまりにもはっきりとものをいう性格が日本人コミュニティーでうまく馴染めず、友達は少ない。しかし、社交的な明日香の傍にいれば彼女がフォローしてくれると理解しているらしく、いつも二人は行動を共にしている。そしてそれはおそらく明日香からとっても好都合なのだろう。エレナと二人でいれば否が応でも男たちが寄ってくるからだ。そしてそんなちょっと変わったコンビがわたしの唯一の友達だ。


「自分を変えたい」


 わたしの意思表明にふたりは二つ返事で協力してくれた。学校の近くにある唯一のショッピングモール(と、いえるほどのものかは知れない小規模なもの)で洋服を新調した。言われるがままに試着室に持ち込んだ服に着替え、鏡の中の自分に赤面しそうになる。白のチューブトップにデニムのショートパンツ。何と布地の少ない服装なのだろうか。にもかかわらず、値段が驚くほど高い。この生地一平方センチメートル当たりの価格を計算したならば、たぶん「詐欺だ!」と叫びたくなることだろう。

ほとんど裸に近いと言ってもいいくらいのこの格好では恐ろしくて試着室のカーテンを開けられない。「ねー、はやくみせてよー」という明日香の声が聞こえないではないが、やはりカーテンを開く勇気はおきない。

「えいっ!」

 外で待ちきれなくなったエレナが突然カーテンを全開に開く。「きゃ」と、自分でもおかしくなるような乙女チックな声を出して自分の体を隠す。

「なんだ、ちゃんと着替えてんじゃん」

 着替えていなかったらどうするつもりだったのだ。

 わたしの赤面をよそにふたりはわたしの格好にそれなりに満足している様子だった。薦められるがままにその服を購入。しかもその場で着替えて、家から着てきた地味なブロードシャツとロングスカートはたたんでショップの紙袋へ。さらに底の分厚いサンダルまで購入。足が長く見えると褒めてくれるが、正直歩きにくくてしょうがない。たしかに朝着てきた服装に比べれば、各段に夏らしくあかぬけたとは思う。あとは、この重苦しい黒髪と黒縁眼鏡。まるで首から下がアイコラ写真みたいにアンバランスだ。

 言われるがままにカラー入りのコンタクトレンズに変更。さらにエレナ行きつけのヘアサロンへと向かう。エレナと仲の良さそうな若い男性の美容師はわたしと同じ眼鏡スタイルでしかも無精ひげだらけ。それなのになぜかとてもおしゃれに感じてしまうのはなぜだろう。わたしと、彼らとの違いが一体何なのかはわからない。わからないからこそ、言われるがままに、されるがままに任せるしかないのだ。おしゃれでスマートな美容師は遠くでエレナと相談をして、わたしには何一つ聞くことなく、わたしの長い黒髪にバッサリと鋏を入れた。

一瞬、泣きたくなった。

 別に長い黒髪に特別な思い入れがあったわけでもなく、ずっと切るつもりもなく伸ばしてきたわけでもない。だけど、首から下にあったその長い黒髪がなくなった瞬間に目頭が熱くなったのは、おそらく過去にしがみついていた自分自身の何かのせいだろう。だからこそ、尚更にエレナには感謝しなければならなかったのかもしれない。ショートカットになってしまったわたしの足元に散乱している長い黒髪は、こうしてみればわたしを縛り付けていた鎖だったのかもしれない。

二時間後にライトブラウンに染め上げられた、美容室の大きな鏡の中に写るわたしは、髪型と言い、服装と言い、すっかり軽くなった印象を受ける。朝とはまるで違った人間みたいだ。

「でも、この色。さすがにヤバいんじゃないかな。学校で絶対怒られる」

「なにいってんのよ、夏休みが終わる前にもう一度染め直せばいいだけのことよ」

 エレナは簡単に言ってくれるが、それでは数週間後にまた染め直すためのお金がかかる。生まれつきがブロンドのエレナはいいが、わたしにはそうそう染め直すお金なんてない。ただでさえ今まで貯めていたお小遣いを今日一日で使い果たしてしまったというのに。これでもう、しばらくは本を買うお金なんて捻出できそうにない。

――それにしても、人は変われば変わるものだ。鏡の中の自分自身を見て、改めて感心する。この姿を知らない人が見ればきっと別の人間に思えてしまうだろう。中身は何一つ変わったというわけでもないというのに。


この瞬間、わたしの知らないわたしが生まれた。嘘つきビッチの笹木紗輝。

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