第9話 置かれた場所では咲きません


坂田忍    置かれた場所では咲きません



 ――サクラサカズ。


 完璧な面接結果だったと思っていたにもかかわらず、一次面接の結果を伝えるメールには、今後の成功と発展をお祈りされてしまう始末。八月に入り、猛暑が振舞う中、オレは未だに内定の一つもとっていなかった。

 昼過ぎまでベッドの上に寝転がっていたのはそれなりの理由がある。オレは2LDKのアパートに両親とともに三人で暮らしている。その中の四畳半という一番小さな部屋がオレの部屋になっているのだが、いかせん安アパートのため壁が薄い。その薄い壁一枚隔てた向こうには高校生の男子が住んでおり、どういうわけか両親がいつも不在だ。そして、そのことをいいことにいつも決まってボリューム全開でアダルトビデオを見ている。高校生男子がほぼ毎日のようにアダルトビデオを見るということに対して理解できないということはない。しかし、近隣の迷惑も考えずにこうも毎日最大ボリュームで観賞されたのではこっちだってたまったものではない。

 昨夜、オレはパソコンの前に座って『吝嗇化の薔薇』の続編を書きはじめていた。受賞後、すぐにベストセラーとなる本作の続編を読者はいち早く読みたいと願っているだろう。その期待に応えるべく、今のうちから取かかり、受賞が決定するころまでには諸侯初稿をかきあげてしまいたいと思っていた……にもかかわらず、薄い壁の向こうであんあんあんあん声が聞こえたのでは集中できるはずがない。おかげで原稿を書くために開いたパソコンはそのまま動画ファイルの再生用機械となってしまった。そして一通りことが終わってから再び予定量の文章を書き終えた頃にはもう、明け方近くになっていたというわけだ。

昼過ぎに、スマホを片手にようやくベッドから降り、Tシャツにデニムパンツ、サンダル履きで家を出る。

「今、お前の家のすぐ近くまで来てるんだけど……」

 渉の呼び出しに応じ、しぶしぶに家を出た。黄色い太陽が馬鹿みたいに笑いながら、紫外線と赤外線というビーム攻撃で遠慮なく襲いかかってくる。基本、インドア派のオレにとってみれば家の近所の喫茶店に出向くまでが命にかかわる危険を伴う季節だ。挙句にアブラゼミどもがみんみんみんみんみんみんと内定の取れないオレをあざ笑う。奴らのすみかかと思われる木の幹を思い切り蹴飛ばすと、ジ―――――と音を立てて数匹のアブラゼミが飛び立つ。短く切った頭にしょんべんを引っかけられ、怒り狂うが、あいにく奴らは空の上。オレなんかがいくら足掻いても到底手が届かない。あきらめたくもないが、どうにかする手立てすら思いつかない。


 家の近くにある喫茶店リリス、小説のネタに行き詰ると時々訪れるその店は、小さな音でジャズをかけている、いつ行ってもほとんど客のいない店だ。オレはコーヒーの味などわからないが、手間暇だけはかけられている様子のその店のコーヒーを飲みながらボーっとしていると、なぜだかみるみるアイディアがわいてくる。いつでもペンとメモ帳とは持ち歩いているので、アイディアが思い付けばメモを取り始めるのだが、いつも途中でいてもたってもいられなくなり、飲みかけのコーヒーをほっぽり出して家に帰り、ノートパソコンの前に向かう。

 しかし、そんなオレのラッキースポットでも、渉との待ち合わせ場所というのであればやはり足取りは重い。

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