第6話 友達の嘘
笹木紗輝 友達の嘘
『路地裏のたるとたたん』坂浦峰子
いつまでたっても心臓のドキドキが止まらない。
小学生のころから読書好きのおとなしい子だった。友達はいなかったが、本さえあれば別に寂しくなんてなかった。中学生になった頃から自分でも創作活動を行うようになった。意欲的に書いて書いて書きまくり、はじめて新人賞に応募したのは中学二年生の時。それからというもの、今までいくつの作品を書き、そして闇に葬り続けてきたことだろう。読むことと書くことがこんなに違うなんて思ってもみなかった。書きはじめて三年、高校二年生となった今年、ついに初めて一次選考を通過した。通年通りであれば発表は10日だと思っていたのだが、予定よりも3日早い7月7日、わたしの誕生日に合わせたその通知は、ささやかな十七歳の誕生日プレゼントになった。そしてそれと同時に、受賞へと続く因果を示すものかもしれないなどと壮大な妄想に胸を膨らませてしまう。
子供のころから読書ともう一つの趣味、お菓子作りの趣味が高じて描いたその物語は、りんごを砂糖で焦がして、型に詰め込んで焼いたお菓子、タルトタタンをつくった姉妹が、焼き立てのケーキをひっくり返したという失敗から生まれたという話を聞いて思い付いた物語だ。
新米パティシエの主人公が恋に青春に、失敗をすることで大切なことを学び、成長していく物語。連作短編形式で毎回、クレームブリュレやショートケーキなど、一つのケーキをテーマに展開していく物語はどちらかと言えば自分自身のために書いた作品だった。自分がこういう本を読みたい、それを心掛けて書いた作品。
――この喜びを誰かに伝えたい。共有したい。
スマホをタップして、友達のリストを一通り眺めて、そのままスマホを置いた。
別に友達がいないというわけではない。昔と違って今では少しだけれども友達もできた。だけど、その友達の中にわたしの趣味が読書だと知っている人は一人もいない。そんな地味な趣味では友達なんて出来やしないのだ。わたしは自分を偽って、少し背伸びをしながら、生まれて初めてできた友達とたのしく青春を過ごしていくと決めたのだ。
いざ、友達をつくろうと行動を開始さえすれば、それはさほど難しいことではなかった。余計なことは何もしゃべらなくっても、ただ何となくはにかんで見せるだけでよかったのだ。目を合わせるのはニガテだったけど、そういう時こそ眼鏡というものは役に立つ。あえて相手の目を見つめず、視線を少しずらしたところであまり目立たない。それどころか、視力が悪いからそうなることが当然といった対応を受けるのだ。会話もとくに盛り上げることも必要ない。ただ黙って聞きながら、時々相槌さえ打っておけばいいのだ。ただでさえ女という生き物は基本よくしゃべる。だからよくしゃべる相手よりも話をよく聞いてくれる相手を好む。読書好きのわたしは相手の言葉をそのまま聞き入れるだけの世界というものを特に不愉快には感じない。自分から何かを発信したいと思った時は物語として書けばいい。誰も読んでくれないとしても特に構わない。会話として友達に話したところでどうせ彼女たちは聞いていないのだから大した違いはない。
友達はみんな学校で会話をしているにもかかわらず、さらにSNSを使ってみんなに拡散する。ネット上に公開された彼女達の私生活はいつも決まって少しずつ嘘が混じっている。自分の写真は何度も何度も取り直して、奇跡的な一枚だけを公開しているし、友達ときらびやかなパーティーをしている様子だが、実際はそんなに大したことはしていない。写真として撮影されている部分以外は何もない、ショボいただの集会だ。いつも二人、仲良さそうに並んだ写真をアップしているが、その隣のイケメン君はただのクラスメイトに過ぎない。知らない人が見れば恋人同士に見えるかもしれないが……
みんながみんな、こぞって嘘つきだ。しかもその嘘は友達同士から見れば真実をお見通しなわけなのだし、かといってあったこともないネット上の無関係の他人たちにまでそんな嘘をつく必要が一体どこにあるというのだろうか。
わたしもSNSは使うけど、もっぱら見るのが専門で、友達がアップしたものに対してはとりあえず〝いいね〟をつけておく。他の友達もきっとみんな興味なんてまるでないはずなのに、皆同じよう〝いいね〟を押している。たぶんあれは〝どうでもいいね〟の略なんだと思う。
学校の授業が終わり、放課後友達と一緒にが駅へと向かう。わたしたちの通う芸文館高校は校外の辺境の地にあるのでほとんどみんな電車で通っている。東西大寺駅の南口まで来ると友達には手を振って「じゃあ、わたしは反対方向なので」と言って別れる。事実、わたしの家は友達とは反対方向なのだけど、そのまま反対方向の電車に乗るわけではなく、駅のホームを横断するとそのまま駅の北口へと向かう。こちら側は駅南口とは違い、住宅街なので学校の友達がこちら側に来ることはまずない。その地域の住民か、あるいは駅北口にある東西大寺高校の生徒がちらほら歩いてはいるが、ほとんど男子校同然の彼らがわたしやわたしの友達と絡むことはほとんどないだろう。したがって、駅の北側はほとんどプライベート空間と言っていい。
そんな住宅街の中、まるで隠れ家のようにひっそりとたたずむ喫茶店がある。『リリス』という名のその喫茶店は、ケーキのおいしい喫茶店だ。マスターひとりで経営しているらしいその小さな喫茶店にはいつも数種類のケーキがある。どれもマスターの手作りらしいが、どれをとってみてもとてもおいしい。とくに派手に飾り付けられているわけではないが、シンプルながらもバランスがいい。コーヒーの味はいまいちよくわからないがケーキとの相性がいいのでこれもまた欠かせない。静かに流れるモダンジャズと木目のテーブルは落ち着いた空間で読書には最適だ。その店のマスターも読書家らしく、暇そうなときはカウンターの向こう側の隅っこに置かれたスツールに腰かけてこっそりと本を読んでいることが多い。
正直、そんなマスターのことを素敵だなと思っていたりなんかする。学校にいるクラスメイト達とはまるで違う、落ち着いた大人の雰囲気の中年男性。わたしは日々、そんなマスターを時々眺めながら読書に耽る。
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