3月31日 長男の旅立ち(その五)
新しい通信制の学校は、確か週に何度か学校に顔を出せばいいというクラスだったと思う。最初こそ長男は学校に行ったが、そんなに日も経たないうちに、長男はその学校にも行かなくなった。
理由は色々考えられた。登下校にバスを乗り継いでいくのだが大きなバスセンターで行先を間違えてバスに乗るなど長男には難しかったり、クラスに友達もできなかったようだ。そしてこの新しく選んだ通信制の学校に通う事も断念せざるを得なかった。
長男には部屋にも入れてもらえず、会話が成立しない中、じりじりと時間は過ぎていった。このまま学歴が『中卒』になってしまう事だけは避けなければと考え、短い会話のチャンスを捉えては長男が何をしたいのか探った。その結果、長男がパソコンで可愛い女の子の絵を描くことに興味がある事を知った。私たち夫婦はインターネットで絵の勉強ができる通信制の学校を探した。その結果、一つの通信制の学校を長男に紹介する事が出来た。
その通信制の学校は普段は全く学校に行く必要がなく、年に数回の登校日とレポートの提出で単位を取ることが出来た。この高校に行く事にも消極的な長男に対し、「今後の事を考えても高校の卒業証書だけはもらっておいた方がいい」と私は必死で説いた。そして長男は何とか新しい学校へ行く事を決めた。
この2校目の通信高校はそもそも学校に行かなければならない日が少ない事もあり、長男はゲーム中心、完全な夜型生活ではあったが、レポート提出は粛々とこなし、平穏な日々が過ぎていった。三年間はあっという間に過ごさり、卒業の季節が近づいた。ここで私たちは就職という問題に直面した。
この2校目の通信高校では長男がそれを求めなかったのか就職先の斡旋などは全くなかった。このまま何も武器がない状況、しかも個人で就活しても大した仕事にはつけないと考えた。夫婦で考えに考えた末、あと数年遅れたとしても、手に職をつけてからの方が就職口が広がると考え、専門学校等のホームページを必死で探した。その結果、道立の専門学校で旋盤やCADの資格が取れそうだという事が分かった。
長男に話をしたが正直乗り気ではなかった。「どうでもいい」的な発言もあったと思う。でも粘り強く「お金を稼がなければ生きてゆけない。」「私たち親も、30歳以上歳の差がある以上、ずっとあなたを養い続ける事は叶わない。」と懸命に諭した。その結果、長男は前向きではなかったが精密機械系のクラスに行く事に同意した。
通学はし始めたものの、今までの長男を見てきた親として、また通えなくなるのではないかという不安は常に付きまとった。特に今まで、中学校にしろ、一貫校を辞めたあとの最初の通信教育の学校にしろ、夏休みに生活のペースを崩して学校に行けなくなったのでその時期は本当に不安だった。しかし今回の専門学校に関して言えば、夏休み後も通学し続けた。夜更かしを止めないせいか体調を崩して休むことは度々あったが体調が戻るとまた学校に通ってくれた。順調に学校を生活を進める中で、最後の最後でやはり長男に驚かされる事になる。
学校から就職に向けてインターンさせてもらえる企業を紹介してもらったのだが、それが神奈川県だというのだ。学校に行けなくて引きこもり、最初の中高一貫校を辞め、その後移った通信学校に行けなくなり、更に移った通信学校でやっと高校の卒業証書に辿り着いた。そんな長男がいきなり親元を離れるのは現実的ではないと思われた。しかし、聞けばその神奈川の会社を紹介して欲しいと学校に頼んだのは長男だった。
親として神奈川行きには強く反対し、札幌近郊での就職を勧めた。しかし、長男の次の言葉を聞いて私は決断を迫られた。「北海道には俺の友達は一人もいない。俺の友達はゲームで知り合った友達で、皆、東京の方にいる。北海道に残るという選択肢はだけは無い。」この理由を聞いて私は愕然とした。そしてリスクはあるが長男が北海道を離れるのを止める事が出来ない事を悟った。
先週の金曜日(3月24日)、長男は神奈川に向けて旅立った。LINEや電話で今も札幌から遠距離ではあるがサポートをしている。何より嬉しいのは長男が前向きである事だ。暗い部屋に引きこもって澱んだ目をしてほとんど反応が無かった時期からすると別人のようだ。社会的な経験不足はきっと彼の前に様々な試練を与えるだろう。だが遠くからではあるが、親としてできる限りのサポートをしてあげるつもりだ。
送り出す最後に「本当に困ったら、とにかく札幌に帰ってこい」と言って片道の飛行機代を渡した。それに対して「うん」と頷いた長男の照れた笑顔に、私は幼く天真爛漫だった頃の彼の笑顔が重なって胸が熱くなった。
がんばれ、わが息子。
おわり
M’s Essay【まさのりのエッセイ】 内藤 まさのり @masanori-1001
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