去る車
耳鳴りが治まり、
目を開くとそこは見覚えのある場所だった。
(ここは…スーパー?)
ここは子供の頃よく親と通ったスーパーだ。
店内にはパン屋も入っていて、たまにキャラクターの顔に作られたアンパンを買ってもらっていた。
でも、このスーパーは僕が高校生の時に無くなったはず。
ここで初めて自分の目線がかなり低い事に気づいた。
あぁ、そういうことか…
今回、僕は子供の頃に戻ってきている。
「ユウスケ!こっち早くおいで!」
聞き覚えのある声が僕を呼んだ。
(母さんだ。ていうか、母さん若いな。一体いつだよ。)
僕は母さんの方に行こうと足を動かしたが、全然進まない。
自分の身体があまりにも小さい。
窓に映った自分を見ると幼稚園児くらいだった。
妹が母親の抱っこ紐に巻かれているということは、僕は今3歳くらいだ。
こんな時のこと覚えてないぞ…
しかも僕は喋るのが苦手な子供だった。
なにを誰にどのタイミングで言い忘れてるんだ…
検討もつかない。
とりあえずは買い物に付き合うことにしよう。
僕は冷静だった。
一回目のクイズにクリアして自信をつけていた。
簡単な男だ。
そして子供のフリをしながら答えを見つけ出すヒントを探す。
母親は怪しむこともなく買い物を続ける。
こちらを振り返ることはない。
母親は忙しかった。
何が忙しかったのか具体的にはわからないが、とにかく忙しい記憶がある。
そしてそれを察した僕はできるだけ邪魔にならないように生活していた。
わがままは言わない。
怒ったり泣いたりしない。
もちろんスーパーで欲しいものがあったとしても引き止めて欲しいと駄々はこねない。
出来るかぎりの『我慢』をしてきた。
買い物していても答えが見つからない。
そもそも僕は答えがわからなかった場合、どうなるんだ…
まさか。このまま!?
まずい。それはまずい。
答えを導き出さないと、僕はまた子供から人生をやり直す事になる…
焦った僕はつまずいて転んでしまった。
その音を聞いた母は振り向いて声をかけた。
「もう!なにやってんの!ほら!立って!はやく!」
僕は
そうだった母さんはこんな感じだったわ
と、思い出した。
あまり心配なんてされなかった。
泣くのも叱られていた。
「男の子だからそんなことで泣くな」と
教えられてきた。
その教えは今も活きていて、僕はあまり人前で泣く事はない。それが美徳だと思っている。
そうこうしているあいだに
母はレジを済ませて袋に荷物を詰めた。
今日はお米も買っていたのでだいぶ重かったようだ。
母は出口まで荷物を運ぶと僕に荷物を持って待っててと伝え、妹と手で持てる荷物を車へ持って行った。
僕はお米と手で持てる荷物を自分の近くに置き、大人しく待っていた。
今考えると3歳の子供をスーパーの出口に置いていくなんて恐ろしい話だ。
しばらく待っても母は来ない。
出口から人がどんどんでてきて、立っている僕を眺めていく。
大人が黙って見ていくのが怖かった。
「あ…」
思い出した。
記憶が正しければ、この後
僕の目の前を母が運転する車が走り去っていく。
やっぱりな。
この日、僕は荷物を持って待っていたが
それをなぜか母は忘れ帰ってしまったのだ。
子供忘れるって
本当大事件だよなこれ…
これは
笑い話としてしばらく語られていた。
そして気づいた母親は戻ってきて、
僕に言った
「なにやってんの、もっとこっちがわかるように立ってなさいよ!」
僕は
重くて悲しくて怖くて辛かった。
だけど、僕はその時
「ごめんなさい。」と謝った。
でも、違うんじゃないか?
その時にちゃんと自分の気持ちを伝えるべきだったんじゃないか?
3歳の時の自分よ。
諦めるな!ちゃんと今の気持ちを「声」にだして
伝えるんだ。
僕が一緒に言ってやる!
いくぞ!せーの!
「「僕は頑張って待ってたのに!なんで忘れるんだ!すごく怖くて重くて、ずっとずっと泣かないで待ってたんだ!」」
と今までの我慢を吐き出すように大泣きをした。
出口から出てくる人たちは火のついた僕をみてびっくりしていた。
なによりも母は目を丸くしてこちらを見つめていた。
いつも通り叱られる。
まぁ仕方ないな
でも、それで叱られるならいいんだよ
ちゃんと言えたならね。
しばらく、驚いた表情だった母は
ゆっくり、しっかり、そして強く。
なによりも優しく。
泣き喚く僕を抱きしめた。
「ごめんね。そうだよね。ユウスケいつも一生懸命頑張ってるんだよね。本当にごめんね。」
そういうと母も少し泣いた。
僕は嬉しかった。
気持ちが理解された気がした。
そうか、
僕は気づいてほしかったんだ
泣かなかったら我慢していたのは、いつか母親がいつか誰かが気づいてくれると思っていたからだ。
でも、全てのことが気づいてもらえるだなんて有り得ないんだ。時には自分の弱さを認めて、それを声に出すべきだったんだ。
それが子供の頃にしっかりと理解できていたら
きっと小さな僕はもっと笑えていたのかもしれない…
母さんに伝えられてよかった。
僕は母さんと手を繋いで車に乗った。
「せーーーいかーい!たまには弱い自分を出してもいいんだよ!泣いちゃえ!さぁ次いってみよー!」
そして耳鳴りがまた僕を襲った。
呼ぶ声は遠くへ 河童敬抱 @ke222ta22
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