呼ぶ声は遠くへ

河童敬抱

声は遠くへ

困った。

僕は頬杖をついて、テレビを眺めている。

とても困っていた。

テレビのボリュームは昨日よりも遥かに上げている。しかし、わからない。

テレビの中のタレントの『声』が聞こえないのだ。


BGMや周りの音は聞こえる。


ほら、今電話が鳴ってる。

液晶には彼女の名前が表示されていた。すぐに手にとり、通話ボタンを押した。

ほら、何も聞こえない。


状況だけ伝えよう。

「〜〜〜…!?」聞こえないだけじゃない。

僕も声がでなくなってる…

これじゃ伝えられない。

あとでメールをしよう。そして病院へいこう。

申し訳ない気持ちで電話を切る。

そして謝罪メールを急いで送ろうとした時、

また着信が入る。液晶には彼女の『ラナ』ではなく『声を失ったきみへ』と全く知らない表示がでていた。


これは怪しすぎると着信拒否のボタンを押しても反応もなく

まるで泣き止まない子供のようにさらに着信音が大きくなっていった。

わかった…わかったからもう泣き止んでくれ。と困りながら

電話に出た。

ほら、どうせ聞こえない。

「やあ、こんにちは。ユウスケくんだね?」

電話の向こう側から、子供のような声で話しかけてきた。

僕は

「どちらさまですか?」とおそるおそる聞いた。

声が聞こえているし、自分もちゃんと声を出していることにすぐに気づいた。



これは治ったのか?


「ううん、治ってないよ。今だけ聞こえているんだよ!でもユウスケくんが頑張ったら治せるかもよ」


「なんなんだよ。これ。治してくれよ。本当に困っているんだ!頼む!」

僕は電話の向こうにいる子供に恥など忘れて縋った。


電話のむこうから

「そしたらね。今からいくつか出すクイズにユウスケくんが答えられたら治してあげるよ。」と意地悪な返答がきた。


「なんだそれ。いいかげんにしろ!」

おとなげなく大きな声を出してしまった。


それに怯むことなく、電話の声は話を続ける。


「まず、ユウスケくんはこれから過去に戻ってもらうんだ。そこでちゃんと過去の自分と向き合って僕が出したクイズに答えるんだ。それがちゃんと正解したらユウスケくんの声はちゃんと元通りさ。どう?わかった?」


流行りのデスゲームばりに意味がわからなかった。

これは全て夢だと思いこむことにして、しばらく間をあけてから答えた。

「わかったよ。やるよ。クイズをだしてくれ」


「おーけー!じゃあ。いくよ?第一問!」

『この日ユウスケくんが言えなかった言葉はなーんだ』

「なんだそれ!この日ってなんだよ!」


「頑張ってね!いってらっしゃーい!」

電話が切れて、耳鳴りと眩暈に襲われて

僕は意識を失った。


ハッと気づいた時、僕はなにも変わらず今の部屋に座っていた。


なにも変わってない。やっぱり夢だったのか…

バン!

その時

勢いよく部屋ののドアが開いた。


そして彼女のラナが怒りの表情で入ってきた。

僕はすぐに違和感に気づいた。


この前会った時と比べて髪型が短くなっていた。

切ったのか?

いや、これはここに引っ越してきた時の髪型ではないか?

すぐにカレンダーを探したが見当たらない。

ポケットからケータイを取り出す。やっぱりそうだ。2年前だ。

彼女が入ってきてからここまで30秒くらい。

状況を把握するには充分だった。


僕はタイムスリップしてる。


ラナは怒っていた。

「人にばっかり、やらせてないで自分も働け!」

今日は引っ越してきた当日だ。

かなりハッキリ覚えてる。荷物の整理とか片付けをラナに任せっきりになってた。でも、自分は何かをしているつもりになっていた。そして、この一言に腹が立ってこのあと僕が

「俺だっていろいろやってんじゃん。お前に引っ越し手伝って欲しいなんて一言も言ってねぇよ。なんだよ。お前もここに住むつもりなのかよ。ちげぇだろ?」

と吐き捨てて大喧嘩に発展する。


僕は片付けるのも苦手で、ラナに物の整理だけではなくいろいろな事を押し付けていた。

本当は感謝していて、少し大きめな部屋に引っ越したのも一緒にいずれ住むことを考えてのことだった。

なのに、僕はそんな一言で彼女を傷つけた。

すっかり忘れていたけれど、この喧嘩のあと今も「一緒にここで住まないか。」と言い出せずにいた。


それを後悔している。

夢でもなんでも今しかないと思い、

僕は

「あーそうだよな。ごめん。ラナ一人にやらせてたわ。本当にごめん。俺もちゃんとやるからもう少し手伝ってもらえるかな?早く終わらせて美味しいもの奢らせてよ。」

と、返事をした。

ラナは怒りの表情が少し緩んで

「ふう。わかってんじゃん。じゃ仕方がないもう少しだけ手伝ってあげるよ。でも、外で食事はまた今度でいいからさ、コンビニで簡単に買って家で済ませよう。」と笑った。


「うん。そうだね。俺があとで買ってくるよ!もちろん走ってね!」

「当たり前でしょ?ほら、こっちの部屋全然片付いてないんだから急いで!」とラナは部屋に向かった

その後ろ姿に僕は

「ラナ!」と呼び止めたあと、


「本当にありがとう。」

と伝えた。

ラナは驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った

僕も微笑んだ。

その瞬間、また耳鳴りがして

遠くからあの子供の声で

「せーいかーい!もっと素直に生きろよなー、

じゃあー次のクイズもいってみよー!」

と聞こえてふたたび意識を失った

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る