第16話 みんな宿題終わってるのに

~~~「バカな大人観察日記」~~~


 8月7日 日曜日


 ペットの大人の家に行ってたから、観察日記を書けていなかったから、5日と、6日と、7日の日記をまとめて書きます。

 ペットの大人には防犯ブザーをあげました。そのあとで、ペットの大人の家に行きました。ペットの大人の家では、ゲームとか読書をしたりしました。楽しかったです。

 でも、なんか、ペットの大人はちがうかもしれないです。私の話をちゃんと聞いてくれるし、だれも自分の話を聞いてくれないと思ってるみたいしでした。なので、ペットの大人は、本当は大人じゃないかもと思いましたが、名倉花香はあきらかにバカな大人なので、同じ年のペットの大人も、大人のはずなので、おかしいと思いました。


 なんか、私とペットの大人は、ちょっとだけにてるかもしれないです。でも、だまされてるかもしれないので、やっぱりまだ気は抜きません。でも、かわいそうなので、ちょっとだけ信じてあげてやっています。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「私、これやりたい」


「ああ、分かった」


 ゲーム機を起動しながら、女子小学生はコントローラーを手渡してくる。

 そのままゲームで昼頃まで遊ぶと言うのが、夏休みが始まってから続くルーティーンであったが、ここ数日はそこに名倉さんも同席していた。


 一緒に遊びたいのかと思いゲームに誘ったこともあったが、自分はゲームが下手だからと断られる。

 では何をするのかというと、彼女はただ無言で観察するように俺を見るのだ。


 どうにも彼女の目的が分からない。

 実際のところ家出以降は、女子小学生が名倉さんの部屋で寝るようになったことも合わさり、ぎこちないままに大した会話もできていないのが現状であった。


「……あっ」


 集中していなかったからだろう、俺のゲームキャラはあっさりと画面外に弾き飛ばされて死亡。

 隣に座っている女子小学生はニヤニヤしながらこちらを見る。


「ざーこ! バツゲームね!」


「待たないか、罰ゲームなどというルールの存在は聞いていないぞ」


「うるさいでーす! ざこの言葉は聞こえませーん!」


 そう言いながら、女子小学生は俺の膝上にドサッと腰掛ける。


「足しびれても、どいてやらないから!」


「勘弁してくれ。俺の大腿骨はラジオ体操の度重なる疲労によって骨折寸前なのだ」


 しかし、俺の命乞いも空しく女子小学生はニヤニヤするばかり。それどころか「えい! えい!」などと宣いながら、俺の膝上でぴょんぴょん跳ねる有様である。

 敗北者に発言権は無く、ただただ蹂躙される運命なのだ。


 俺は可及的速やかに勝者となるべく、膝上からの妨害に屈さずゲームに取り組む。

 背後からの視線が痛いのは気のせいか? どうあれ、現在進行形で膝破壊工作を受けている俺に、それを気にする余裕などない。


 そして数分後、遂に俺の操作キャラが女子小学生のキャラを谷底に叩き落す。

 リスキーながらも高い決定力をもった攻撃を成功させた。大金星である。


「さあ、膝から降りてくれたまえ」


「やだ!」


 一蹴であった。

 敗者の汚名は一度の勝利でそそげるほど甘くないようである。

 しかし、膝上ピョンピョンは止めていただけたため、一先ず俺の骨折進行曲線は緩やかなものへと変わった次第である。尤も、負荷が掛けられ続ける以上骨折の未来が変わらないのは悲しきところだ。


 その後もゲームは続行された。

 女子小学生は俺の膝が痺れるのも厭わずコントローラーと共に上体をフラフラさせるものだから、後半はひたすら足の痛みに耐えつつ、ボロ雑巾のように負け続ける結果と相成ったのも致し方あるまい。


「お昼ご飯できたよ~」


 いつの間にやら昼食を作りに部屋から消えていた名倉さんが、入り口から声をかけてくる。


「よし、昼食に行くぞ」


「え~、やだ」


「このまま続行していたら膝の痺れが増すばかりだ。これは公平な勝負と言えない。インターバルの意味も込めて、俺は今から昼食を摂りたい」


 果たして、女子小学生は「しかたないなあ」などと言いつつ俺の膝から降りた。

 少しばかり軽くなった腿を摩り、俺は立ち上がろうと足に力を込める。


「……っ!」


 痺れて立ち上がれなかった。


「すまないが、立ち上がるための補助を頼みたい」


 俺の要請に、女子小学生はニヤニヤと笑うばかりだ。嫌な予感がする。


「くぉっ!」


 足先から全体に向けて痺れが広がる。

 女子小学生が、つま先を指でツンツンしていた。


「止めないか、俺の足はぁっ!」


 二度目のツンツンに、もんどりうって地に転がる。

 俺の膝は遂に崩壊を始めたようだった。ニヤニヤと嗜虐的に足を突く様は、正しく鬼の所業である。

 しかし、どんな状況にも救いというのはあるもので、女子小学生がぴゅうと一階へ去った後、名倉さんが俺を横抱きにして運んでくれる。


「すまないね、重いだろう?」


「う、ううん。部活できたえてるし、大丈夫っ」


 名倉さんは本当に余裕そうにしながら、軽く俺を上下させる。しかし、その小さな衝撃でも足が痛むのだから敵わない。


 その時、名倉さんは俺の表情をじっと見つめていた。俺が上げ下げによって苦痛を覚えていることに気が付いたのだろうかとも思ったが、結局食卓に着くまで上げ下げは続けられた。


 やはり現実に救いなど存在しないのである。


+++++


「先にゲームの準備してるから! お前も早く食べ終わってよ!」


 そう言い残し、昼食を早々に食べ終わった女子小学生は二階へと引き返す。すると必然、俺は名倉さんと二人きりである。気まずい。


 数日前から二人きりになると始まる名倉さんの当たり障りない会話が、ただ気まずい。


「いや~、それにしても最近はずっと気温が高いよね。お家にいたらあんまり分からないけど、たまに外出ると暑くて暑くて」


「……ああ、うん」


 我ながら酷い返答である。

 別段、当たり障りの無い会話ができないわけではないのだ。ただ、少しだけ近づけていたはずの本音を思うと、吹けば飛ぶような言葉を吐く気になれない。そんな妙なプライドを守っている俺であった。


 ……かといって、あのとき女子小学生を優先して家出したことを謝罪するのも違う気がするし、何よりそれを名倉さんが気にしているのかさえ分からないのが現状である。


 そんな風に、ここ数日はグルグルと思考が回り続けていた。


 一言「おやすみ」と口にした程度では、俺も彼女も変わらない。

 であれば一歩先の踏み込んだ言葉を口にすべきなのだろうが「どの口が」と自分で思ってしまうので踏み込めない。


「ごちそうさまでした」


 気が付くと、彼女は手を合わせてそう言っていた。

 俺も合わせて、ボソリと食後の挨拶を口にする。


「浅野くんは、午後もあゆみちゃんと遊んでくれるの?」


「ああ、まあ、そのつもりだよ」


「うーん、あのね、あゆみちゃん最近あんまり宿題やってないみたいだし、浅野くんもやってないでしょ? だから、もしよかったらで良いんだけど、あゆみちゃんと一緒に宿題やってあげてくれないかな? あ、私はもう終わらせてるから、分かんないとこあったら教えるしっ」


「ああ、分かった。俺としてもそろそろ課題を進めなければと思っていたところだ」


 俺がそう言うと、名倉さんはニコッと上手に笑って見せた。


「じゃあ、お皿洗い終わったら行くから、先に始めてて~」


「……ああ、では」


 皿洗いを毎回させているのは申し訳ないが、手伝うと言っても断られることは学んでいる。俺は大人しく二階に上がり、女子小学生の部屋へ戻った。


「宿題をやる」


 扉を開け、開口一番に宣言する。


「そして、君も一緒にやる」


 続けてそう言い放った俺を、女子小学生は冷めた目で見る。


「もう終わってるし」


 すごすごと、俺は独りで課題を開始した。

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