第7話
「…い」
微かに聞こえてくる。
「…ーい」
少しずつはっきりと聞こえ始める。
「…おーい!」
男性の、、、いや、少し声が掠れている。まるで老人のような、そんな声だ。
彼女は目を開く。そして起き上がる。
「お!起きたかの?」
彼女の憶測どうりの老人で、シワだらけで髭や髪も真っ白だ。
「えっと…」
彼女がわたわたとしていると、老人はにっこりとして彼女の頭を軽く撫でた。
「日が暮れるでのお、こんな所で寝ていると風邪をひくぞい。」
優しい風が吹く。どうやら彼女は瓦礫の上で眠っていたらしい。眠っていた覚えがないため、彼女はポカンとして、老人を見る。
「お前さんや、そんなポカンとしてないで、家に帰りなさんな。ここは夜になると危ないからのう。」
老人はポンポンと彼女の肩を優しく叩く。彼女は、小さく心細い声で言った。
「家がない。」
と。老人はその声が聞こえなかったらしく、何も言わずに彼女の目の前で去ろうとしていた。そんな老人を彼女は止める。
「待って…」
礼儀がなっていない彼女の言葉を聞いた老人は怒ることなく、笑って、
「はっはっは!なんじゃ、あんた、わしとそんなに一緒にいたいのかい?まあ、いいけどのう。だったら、少しわしの話に付き合ってくれるかいのう?」
と言った。彼女は軽く頷く。老人はホッとしたような、嬉しそうな、そんな表情を彼女に見せた。
「じゃあ、少し歩きながらでも話そうかの。」
そう言って、老人は彼女と共に歩いた。
「お前さん、若いから、ここでの出来事を知らんじゃろ?」
老人の問いに彼女は、頷く。
「そうじゃろうな。ここはもう忘れられた地じゃからな。かつてはのう、あの門の前の花畑が観光地だったのじゃが、妙な噂やらで人は完全にこの地に近づかなくなったんよ。はっはっは!ほんとにのう、人間は臆病じゃな!わしは昔、若い頃は兵士をしていてのう、全然、噂なんぞ信じないからな、こうやって毎日ここに来とるんじゃ。」
日は徐々に山に顔を隠し始めた。空はまるで麦畑のような色をしていた。
風が吹く。小鳥は寝床を探して、舞い踊り、狼であろう鳴き声が遠く彼方から聞こえてきた。
老人は今でも崩れそうなつる草だらけの城を見て、表情を暗くした。
「何があったのかは知らない。でも、ここは昔、とても栄えていた。そんな気がする。」
彼女言った。老人はそんな彼女を横目から見ていた。
「のう、お前さんや。あんた、家に帰らんくていいのかのう?」
「家がない」
彼女は即答だった。『家』という存在すらも彼女は分かっているのか不明だが、彼女は美しい瞳に光を宿すことなく、老人を見た。
「い、家がないのか⁉︎」
頷く。
「本当か?両親はおるじゃろ?」
首を左右に振る。
「本当かい?」
頷く。
「そうか。分かった。じゃあ、わしの家に来なさい。」
老人はやけにすんなりと、彼女を家におくことを決めた。
彼女は目を丸くする。
風が吹く。とても強い風だった。彼女と老人の後ろから吹いてきた。まるで、前に進めと言ってくるように。
この時、彼女はどう気持ちを伝えれば良いのかわからなかった。しかし、感情は素直で、とても温かな気持ちになっていたのだった。それを彼女は言葉にできなかった。言いたくて、言いたくてたまらない気持ちであり、感情だというのに。彼女は黙り込む。
老人はそんな彼女を見て、優しく微笑みかけてくる。
「ははっ、そんな不安かのう?大丈夫じゃよ。わしの家にはお婆さんもいるし、若い侍女もいるんじゃよ。わしだけではないからの。」
彼女は、不安がっているわけではなかった。ただただ、この感情を老人に伝えたかっただけだった。それを口にできない悔しさが込み上げて、黙ってしまっただけなのだ。
「そ、そう。」
返事だけを返した。
「それじゃ、帰りながらでも何か話そうかの。そうじゃな…」
老人と彼女は廃墟となった、瓦礫だらけとなった城に背を向けた。そして歩き出す。
彼女は、この光景に何も感じることなく、かつて育ち、幸せを感じ、苦しみを抱え、そして何より、一番大切な人と出会えたこの地から、彼女は今、背を向け歩き出した。もう返ってくることはない思い出と記憶をこの地に置いて。
「おい!あんた、大丈夫かい⁉︎」
老人は焦った口調で言った。
やはり、『何も感じない』は嘘であった。彼女は思い出に残っていなくとも、感じていた。ここは、とても…とても大切な場所だと。
「あんな所で寝てたんだ、疲れたじゃろ。わしの家でゆっくりしなされ。」
「うん…」
溢れる涙を袖で拭き、老人と共に歩いた。
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