二章 一輪の美しい花を育てる者
第6話
「ん、んん…」
何やら長い夢を見ていた気がする。
彼女は目をこすりながら、起き上がる。風が彼女の髪を微かに靡かせ、そのまま何処かへと向かっていった。
寝ぼけていた彼女はやっと、今の状況を把握した。
「ここは?ど、どこ?」
彼女は立ち上がる。しかし、場所がわからない。瓦礫だらけの廃墟となった地だ。これだけは把握した彼女だが、その他の情報が全く読み取ることができない。彼女は自分の服を見る。全く汚れておらず、むしろ新品のような白いワンピースだった。
「な、なんで、私はここに?」
キョロキョロと周りをもう一度、見渡す。
廃墟になっている建物にはいくつものつる草が巻きつき、葉を育て、瓦礫だらけの地には、草が芽を出し、既に成長を遂げている草は逞しく、風に揺れていた。
わからない。
なぜ、私はここに?
わからない、
誰か、私を知る者は?
わからない。
何も思い出せない。
怖い。不安だ。誰か、私を見つけて。
そういくら願い、願っても、ここに来る者はいなかった。
彼女は勇気を振り絞り、少し、歩いて見ることにした。しばらく、瓦礫の上を歩く。煉瓦と煉瓦同士が擦れる音がする。
「ひっ…こ、これは…」
彼女は何か見つけたらしく、少し近寄ってみる。崩れた屋根であろう物の下に何やら白く丸いものが見えた。
彼女は、もう少し近寄る。やはり…
「骨…よ、よね…」
屋根の下敷きになっていたのは頭蓋骨だった。その頭蓋骨は穴が空いており、そこから顔を出しているのは小さな青い花だった。
彼女は突然、何かにでも撃たれたかのように下を向き、歩き出す。何かが芽生えそうだった。彼女の中で何かが掘り起こされようとしていた。
開きっぱなしのつる草に埋もれようとしている大きな門を通り、まるで体が覚えているかのように、その先の花畑に向かった。
「わあ…綺麗な花畑…」
彼女はその緑色の瞳を輝かせて独り言を呟く。
花びらが風にのって、舞い、踊っていた。誰もが息をすることを忘れ、見惚れてしまうほど、美しく、儚い光景だった。
「なんだか、懐かしい…」
彼女の中に何かが芽生え始めていた。何かは、まだわからない。しかし、埋もれてしまった何かが顔を出そうとしていた。
そして、彼女は美しい花々の中からいくつか花を摘み、まとめていく。
時間をかけ、ゆっくり、丁寧に、思いを込めて。
何処かで聞いたことのある言葉を彼女は噛み締めながら『花束』を作る。
「できた!」
喜びに満ちた表情で、彼女は先ほどの場所へと走って向かった。もちろん、作った花束を手に持ちながら。
「はあ、はあ、着いた…」
屋根の下敷きになったであろう人の頭蓋骨の近くに、彼女はそっと花束を置く。
「どうか、どうか、安らかな眠りに…」
地に膝をつき、頭をさげ、手も地におき、重ねる。
これはキャメル王国独自の拝み方だった。しかし、そのようなことも今の彼女にはわからない。しかし、もう体に埋め込まれている動きなのだ。
時間が経ち、彼女は立ち上がる。そして、その場を去る。
その時だった。
「っ!」
頭が痛くなり始める。
彼女の中で埋もれてしまっていた何かが完全に顔を出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……さん、この花をいただけるかしら?」
「いいですけど、枯れていますので、別のと交換しますね。」
「いえ、これをください。一輪のみでいいわ。」
「そ、そうですか。では、どうぞ。3キルラになります。」
「えっと。一、二、三…これで。」
「ちょうどでもらいますね。ありがとうございました。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女の瞳から一粒の涙が流れた。
「な、なんで…?」
ポロポロと止まることなく、涙が流れていく。
止まらない。止めようとしても、止まることはなかった。
会いたい…
その一言が、徐々に頭の中に浮かび上がってきた。
しかし、彼女は首を傾げ、「誰に?」と頭の中で問う。
返事が返ってくることはなかった。
彼女は、消えてしまった。
温かく幸せな思い出も、冷たく苦しい記憶も、全て消えた。
今の彼女には、何もなかった。
私が忘れて欲しくなかった思い出だって、彼女にはないのだから。
話してあげたい。思い出させてあげたい。
そんな儚い願いは叶うことなく、「私」の中から消えていく。
もう、「私」は死んでしまったのだから…あのキャメル城と共に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます