上へ/下へ
「そこから落ちたのか? ったく、ナニやってンだ。オマエちゃんと見とけよ」
魔王を抱き留めたままイルは上を見た。階段の周りには柵があるが、魔王の小さな体躯ならすり抜けるのは容易だろう。
軽く睨まれて尾狐はブンブンと尻尾を振った。
「ニャニャン。いや~咄嗟に魔法で助けようと思ったらココ
「イルたん…………」
「あ、ねえ! ルインは無事!? 死んでないよね!?」
こちらをじっと見て叫ぶ魔王。その両目の湖は今にも溢れそうで。
それをこぼさないように、イルは優しくポンポンと頭を叩いた。
「オウ、無事だ。ヤバそうな傷は治しといたから。今はたぶん寝てる」
「そう、よかった……」
「へえ~~~~。ルイたんの傷を、ね……」
「……ンだよ。いいだろ、別に」
真っ青な細い目をさらに細めてこちらを見つめる尾狐から視線を逸らし、イルは魔王を下に降ろした。そのまま連れ立って階段を上る。
「あの翼鳥の身体の動きは止めた。――だが、あの魔法がまだ使えるなら次が来ないとも限らねェ。早いとこ宝玉を壊すぞ」
「ああ、それは――たぶん、大丈夫」
階段を上りきった魔王は足を止めた。
見上げる先には最上層――宝玉へと続く最後の道。
「もともと
「覚醒……? どォいうことだ」
繰り返すイルに魔王は下を向いた。
「……さっき、初代様の
初代を倒したというのにその顔には一切喜びがない。それを誤魔化すように歩き出すが、その声は沈んでいた。
イルはその背を追って横に並んだ。
「あの時初代様についてる精霊の数は、器となったリアが生きてた時とそう変わってないように見えた。たぶん、リアについてた精霊がそのまま初代様に流れて言うことを聞いただけで……元の初代様に惹かれていた精霊はまだそんなにいなかったんだ」
「まだ、ってことは、放っておけば増えるってことか?」
「うん……。時間が経てば経つほど、彼が顕現したことに気付いた精霊が寄ってきて、彼の魔法は強力になるはずだ。……それに、リアは女性で魔人だ。年も離れてる。もともと男性で人間だった初代様とは相性がよくないはず。
「あれで、か……」
さっきの戦いを思い出す。
自分、翼竜、魔王の三人で挑んでほぼ互角だった相手が、まだ全力じゃなかっただと?
さすが、最初の魔法使いと言われるだけはある。眩暈がしそうになるが、それでもイルは笑顔を作った。
「でも、俺たちは勝った。相手が全力じゃなかろうがなンだろうが、勝ちは勝ちだ。行こうぜ」
「……うん、そうだね。進もう。宝玉を壊そう。この戦争を終わらせよう」
お互いの声に引かれるように。
イルと魔王は宝玉への最後の階段を見上げた。
「あァ。全部、ここで終わらせよう」
この先の道を見つめるふたり。
その後ろ姿を見て尾狐はビュンと尻尾を一振りし、
「ニャニャン。どっちにせよこの先に行けるのはまおーたんとニンゲンだけ。ボクは下でルイたんの様子でも見てくるよ」
「あ、うん、わかった。ルインのことお願いね」
尻尾を左右に揺らしながら階段を下りていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、
「さあ――行こうか」
ふたりは一歩を踏み出した。
♢ ♦ ♢
「ニャハハーン。ルイたん、生きてる?」
「……メイ。貴方は元気そうですね……」
最上部、最下層。
階段を下りてきた尾狐に、仰向けに倒れたままルーイは目を向けた。あの人間に大きい傷は治してもらったとはいえ、痛みは消えていないし魔力も底を尽きている。動けるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
その満身創痍の身体に高らかな声が響く。
「ニャハ。まぁねぇ~。もしかしてボクが戦闘に参加しなかったの怒ってる?」
足音はしない。気配だけが近づき、間もなくその顔がルーイの目に逆さまに映り込んだ。彼あるいは彼女は、立ったまま翼竜の顔を覗き込んでいた。
顔周りで短く切られた金色の髪。細く閉じた瞼の奥の、真っ青な瞳。
こちらを射貫くその目は笑っているようにも見えるけれど――ひどく冷酷にも見える。
翼竜は半分閉じた目でそれを見つめ返し、ゆっくりと首を振った。
「いえ……それに関しては、特に。俺も貴方もやられたら魔王サマを守る者がいなくなってしまう。賢明だと思いますよ」
「そ? 一応謝っておこうかと思ったんだけど、怒ってニャいならいっか~」
尾狐は、うーんと大きく身体を仰け反らせて伸びをした。
「それより、魔王サマは?」
「無事に上に向かってるよん。初代様は倒したし、あのニンゲンもいるし、大丈夫でしょ」
「そうですか……」
翼竜がほっと息をついたのを見てから、尾狐は歩き出した。下へ続く、あの長い螺旋階段へ向かって。
「メイ? どこに?」
「一応、下まで戻って他の敵がいニャいか見てくるニャン。ここまで来るにはあの階段を上るしかニャいんだし、敵がいたら途中で鉢合わせるでしょ。その状態のルイたんを巻き込むわけにもいかニャいし、ささっとボクがやっつけてくるよぉ~」
首だけ動かして尾狐の姿を追う。
そう言って進む背中が、なぜだか一瞬ぼやけて見えて。
「……戻ってくるんですよね?」
尾狐は答えず、ただ尻尾を一振りした。
「そうですか……」
階段へと消える影を見送り、ルーイは再び真っ直ぐに天井を見上げた。
最後の戦いをしているであろう自らの主を想いつつ。
「……貴方も、ご自分の王に会えるといいですね。メイ」
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