最上階

 最上部、最上層。


 正真正銘、魔王城の最上階。


 三層目、二層目と同じくそこは円形の部屋だった。ただし壁は一定間隔でくり抜かれ外が見えるようになっているし、天井は高く円を描くように湾曲している。


 階段を上りきり二重扉を抜けたイルは、思わず外の景色を見つめた。この城の中にいたのはたかだか数時間のはずなのに、もう何日もここで過ごしていた気さえする。外の景色がなんだかひどく懐かしい。


 そうして眺めて、ふと違和感に気が付いた。


「風が――入ってこない?」


 いつの間にか夜明けが近づいていて、外は薄っすらと明るくなってきている。もやが幾層にもかかった光の中で、木立がわさわさと揺れているのがはっきりと見える。


 それはもう、枝葉が荒れ狂い幹がしなっているのまではっきりと。


 かなりの強風のはずなのに、けれどこの部屋の中には一切それが感じなかった。


「言ったでしょ。この部屋には外部からの侵入を阻む魔法が掛けられている。それは生き物だけじゃなく、雨や風にも影響する。ほとんど外界と隔絶されてるみたいなもんさ」


「フゥン……。ならなンでわざわざ壁をくり抜いてるンだろうな。手間が増えるだけだろうに」


「景色が見たかったんでしょ。といっても、この国の天気は半分以上が曇りだけど。残りの四割強は雨か雪。晴れの日なんて数えるくらいしかない。――ま、下を見下ろすだけなた天気なんて関係ないかもね」


 言いながら魔王はコツコツと歩く。外界と隔絶された部屋の中、それはやけに大きく響く。


 イルは慌ててそれを追った。


 そして間もなく足を止め――


「見なよ、これ。この悪意に満ちた光の色。――これが宝玉だ」


 魔王は振り返ってこちらを見た。


 部屋の中央、そこにはポツリと台座が立っていて。


 精神属性パープル共有属性マゼンタ


 ふたつの色が入り混じる丸い石がそこにはあった。


「これが宝玉――。千年続く呪いの鍵――」


 イルは恐る恐るそれに近づいた。


 光は一定ではなく、ドクドクと脈打つように怪しくうごめいている。


 そして石には、それを囲むように細かな装飾が付いていた。


 守るように蜷局とぐろを巻くドラゴンと、こちらに向かって吠えたてる大きな犬。

 それはライラプス王国この国の象徴ともいえるもので。


「本当に――。人間の国ライラプス魔人の国テウメスは根っこのとこから繋がってたンだな……」


 イルはどこか感慨深く呟いた。


「――さあ、行くよ」


 宝玉の光に下から照らされ、怪しい影を作りながら。


 魔王は力強く言う。


「宝玉に手を載せて。僕が精霊に呼びかけながら魔力を注ぐから、イルさんもそれに合わせて魔力を注いで。そんなにいっぱい注ぐ必要はないけど……ある程度の魔力は残ってるよね?」


「オウ。任せとけ」


「――それと。宝玉には安全対策セーフティがかかってるから。深層心理に働くものだから大丈夫だとは思うけど――。宝玉を壊すぞ! って念じながらやってね」


 頷き言われた通りに手を載せる。ひんやりと冷たい石の感覚が伝わってくる。

 その上から魔王は手を載せた。重なる小さな手のひらから、じんわりと体温が伝わってくる。


「いい? 行くよ。――天上住まう精霊ども。愛しているなら、力を貸せ」


 厳かに魔王が精霊への呼びかけを始める。それに合わせて魔力が流れていくのを感じ、イルも同じように魔力を注いだ。


 ――宝玉を壊す。この戦争を終わらせる。千年に渡るくだらない茶番に幕を引く。

 そう強く念じながら。


 魔王と人間。


 ふたつの魔力が混ざり合い、ゆっくりと宝玉に注がれる。


 ――とその時。


『――ならぬ! ならぬ、ならぬ! 宝玉を壊すなぞ、この魔法を壊すなぞ!! やってはならぬ!!』


 突如声が響き、ふたりは思わず顔を上げた。


 呼びかけが途切れ、注いでいた魔力の流れがプツリと切れる。


 上がった顔が揃ってこわばる。


 ――その声は初めて聴くものだったけど。


 その喋り方には覚えがあったから。


「――初代様!? まだ邪魔をするなんて!」


「――シリウス! まだ生きてたか!? ――どこだ!?」


 同時に叫び振り返る。


 くぐってきた扉の方を見るが人影はない。


 キョロキョロと辺りを見回して、


『ならぬ、ならぬのだ……。この魔法を壊したら……母君と父君が喧嘩をしてしまう……』


 その声にまた振り返る。


 そしてふたりが見たのは、


「え? 初代様……?」


「浮いてる……? てか透けてる……?」


 後ろの景色が透ける身体で。

 魔法陣もないのにふわふわと浮き。

 うつ伏せの姿勢で宝玉を抱えるようにして。


 ただ、泣きじゃくる。


 まだ年端もいかない、子どもの姿だった。


 体つきは小柄な魔王よりもさらに小さい。服装は彼と同じような仕立てのいいシャツとズボンで、けれど灰色の髪はぴょんぴょんと跳ね散らかしている。


 そして瞳も同じ灰色をしていて、それを見た瞬間、


(雪みたいだ)


 すべてを覆い一面を自分の色に染め上げる雪。

 湖を凍らせ大事なものを奥底に閉じ込める雪。


 そんなふうにイルは思った。


『母君が出て行ってしまう……父君が知らぬ女を連れ込んでしまう……。そんなこと、あってはならぬ……』


「この姿、幽体……!? まだこちらに干渉してくるつもり……!?」


 緊張した声をあげる魔王。


 反対にイルはやや毒気を抜かれていた。


「……なァ、コイツ。本当にシリウス様なのか?」


「間違いないよ。他に誰が出てくるっていうんだよ」


「そりゃそォだけどさ……」


 宝玉これを壊したら両親が喧嘩すると泣く子ども。


 その姿は本当にもう、ただの子どもにしか見えなくて。


(実は大量虐殺者だった教祖様。千年続く戦争を仕掛けた初代魔王。とても、そンな風には……)


「つーかなンで子どもなンだよ。シリウス様といえば魔獣狩りの時の青年の姿だろ」


「どうでもいいけど、それで言うなら初代様といえばもっと年寄りの腰の曲がったいけ好かない老人のはずだよ。こんなの僕らを惑わそうとしてこの姿を取ったに決まってる」


『グスッ……。この姿は、僕の最初の身体だ……。正真正銘、僕、シリウス自身の身体。その死ぬ直前の姿。幽体になると何度やってもこの姿になる……』

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